■尖閣、周辺海域には中国の主権が及んでいると主張

「数百隻もの中国漁船の尖閣周辺での航行を制止するよう、日本が要求する資格はない」

中国当局がこうした高圧的な“宣言”によって、8月の休漁期間解禁後に漁船で大挙して尖閣沖に押し寄せると予告した――。産経新聞が独自情報としてこう報じたのは8月2日。茂木敏充外務大臣は4日、「そうした(予告を受けるといったような)事実はない」と会見で述べ、そのうえで「様々な状況に適切に対処できるように必要な体制を構築している」と主張した。産経新聞の報道を否定した格好だが、一方で尖閣諸島について茂木外相の言うような「必要な体制」が構築されているのかといえば、疑問が残る。

写真=iStock.com/walk_bao
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/walk_bao

コロナ禍の渦中にあった今年5月には、中国海警の2隻の船が日本漁船を追尾・接近、海上保安庁の船が間に入って事なきを得るという事態も発生した。中国側は「日本漁船が中国の領海内で違法な操業をしたため海域から出るよう求めた」(中国外務省報道官)と述べており、尖閣、周辺海域には中国の主権が及んでいると主張する状況に至っている。今年は8月3日に途切れるまで、111日連続で中国海警の船が接続水域に侵入していた。

■安倍政権は尖閣をどう守るのか

尖閣周辺水域での領海内・接続水域内への中国船の侵入が激増したのは、2012年9月、日本政府による「尖閣国有化」以降だ(海上保安庁HP参照)。もちろん「国有化」以前から日本の領土であったが、「国有化」とは尖閣諸島のうち3島(魚釣島・北小島・南小島)の民法上の所有権を、民間人から国に移したことを指す。

「国有化」そのものは民主党・野田政権時になされたものだが、同年12月に自民党・安倍政権に交代して以降も中国公船の侵入は減っていない。政権交代時の自民党の政権公約には「尖閣諸島の実効支配強化と安定的な維持管理」を掲げ、「わが国の領土でありながら無人島政策を続ける尖閣諸島について政策を見直し、実効支配を強化します。島を守るための公務員の常駐や周辺漁業環境の整備や支援策を検討し、島および海域の安定的な維持管理に努めます」としていたが、ご存じの通り公務員の常駐は今なお行われていない。

安倍政権は尖閣をどう守るつもりなのか。これだけの中国公船の侵入を許すのは、政府による不作為ではないのか。政府は海上保安庁の予算増など、体制強化は行ってはいるが、中国の「海洋覇権」に対する姿勢に至っては、腰砕けしたと見られても仕方がない状況にある。

■安倍政権対中政策の方針転換

安倍総理は第2次政権発足直後、「セキュリティ・ダイヤモンド構想」と題する対中安全保障構想を「プロジェクトシンジケート」に英語論文で発表。以降、しばらくは「法の支配」を掲げ「力による現状変更」をもくろむ中国を批判し、太平洋の安全、安定を守ることに日本も協力するとサミット等で述べるなど、中国の海洋覇権のもくろみを牽制してきた。尖閣諸島のある東シナ海での振る舞いだけでなく、南シナ海での中国の勢力拡大をも批判していた。

ところが、ある時期からは対中融和姿勢に舵を切り、日中関係の安定を重視する姿勢に転じた。この転換が、新型コロナ対応で「中国からの入国禁止」などの強硬姿勢をとれなかった一因になっているともいわれるが、こうした対中政策の方針転換は、「法の支配」を掲げる安全保障・外交政策を主張してきた谷内正太郎・国家安全保障局局長が、2017年の官邸と二階幹事長主導の「中国・習近平宛親書書き換え事件」に激怒し、外交方針への影響力を失ったうえ、2019年9月に退任したことが影響していると指摘する識者もいる(産経新聞論説委員長・乾正人『官邸コロナ敗戦』)。

■今更自制を求めても中国にとってはただの雑音

一方で、数字を見る限り日本の対中姿勢が厳しかろうと融和的であろうと、尖閣にやってくる中国公船の隻数に変化はない、ともいえる。

連続111日にわたった中国船の侵入は8月3日に途切れたが、これは台風の影響ではないかといわれており、外交的圧力が奏功したわけではなさそうだ。7月29日に茂木外相が中国の王毅外相と電話で会談し、尖閣周辺での中国公船の動きとその常態化に対して自制を求めたというが、そのこととの関連を指摘する報道はない。日中外相の電話会談は4月21日以来と報じられているが、遅すぎるのではないだろうか。

常態化がすっかり定着した後になって自制を求めているようでは、この程度の抗議など中国にとっては蚊の鳴く音にも及ばない程度の雑音でしかないだろう。

毎年8月の禁漁解禁直後に中国漁船と、それを監視するという名目での中国公船の“襲来”が増えた事例はこれまでにもあった。だが、こうした現状を前に、「政府は何をやっているんだ」との国民のフラストレーションは高まっている。インドネシアがかつて自国の排他的経済水域内で違法操業していた中国漁船を「爆破」「水没」させたことをもって、「日本も中国漁船を撃沈すべきだ」との声すら上がる現状だ。政府の不作為が招いた不満だが、一方でこうした強硬論も行き過ぎれば害になりかねない。

中国の“海上民兵”という存在

そもそも、インドネシアは操業中の漁船に攻撃を加えて撃沈したわけではない。インドネシアは自国の排他的経済水域内で違法操業を行った中国を含む各国の漁船を拿捕(だほ)し、司法に基づいて船を差し押さえ、最終的に爆破処分・水没処分を行ったものだ。こうした処分を行ったインドネシアのスシ海洋水産大臣はネット上で「女ゴルゴ」「女傑」などと評価され、その強硬姿勢を見習うべきだとの書き込みも散見されるが、こうした「強硬論」がかえって中国を利する面もあることは踏まえておく必要がある。

中国は「海洋強国」となるべく、着々と海軍力を増強するとともに、軍の力によらない組織を使ってこの目標を達成するための下地をも整えてきた。それが海上民兵の存在だ。

米海軍大学中国海事研究所が海上民兵の実態について詳述した『中国の海洋強国戦略――グレーゾーン作戦と展開』によれば、海上民兵は中国海軍に組み入れられた「海上産業労働者」であり、日常の業務(漁業)をこなしながら、一方で適切な訓練と装備を与えられ、海軍の指示によって海上の監視、偵察能力を補完し、通信や補給の支援、さらには外国の民間船や軍艦に対するいやがらせといった幅広い任務を行うという。

しかも、一見、トロール漁船を操業する民間人であるために、時には中国海軍や中国海警よりも挑発的な任務を実行することも可能だとしている。

■誘いに乗るのは中国側の思うツボ

海上民兵は日本では「海上民兵を乗せた偽装漁船が、悪天候などに乗じて尖閣に漂着し、民兵が上陸。あくまでも軍人ではなく民間人であるため、日本側がうかつに手を出せないというジレンマを突き、任務を遂行する」というシナリオをとともに語られることが多い。

軍が出動する有事と、民間人と警察権力が対峙する平時の間の「グレーゾーン」を突き、自らの目的を達成しようというわけだ。海上民兵と呼ばれてはいても、身分はあくまで「民間人」である以上、先に手を出せば、「尖閣紛争は日本側が先に、民間人に対して攻撃してきた」と言われかねない。中国はじわじわと尖閣に迫りながら、「日本側が先に引き金を引く」ことを手ぐすね引いて待っているのだ。

2009年の時点で、アメリカの海軍調査船インペッカブル号に対し、中国民兵船が公海上の航行を妨害する事件が起きている。このときアメリカ側は中国漁船に放水してこれを退けたが、尖閣沖で挑発的に動き回る、漁船を含む中国船に日本側が「堪忍袋の緒が切れた」とばかりに強硬的なアクションをとってしまえば、それこそ中国側の思うツボというわけだ。

中国の論理を超え、国際社会の理解を得なくてはならない

日本でも中国の「超限戦」思想は広く知られているが、これは端的に言えば軍事と非軍事の領域で動員できるすべての力を使って目的を達成するというものだ。従来の中国の「人民戦争理論」の発展形でもある。

こうした中国の戦略に対抗するには、「中国漁船を撃沈しろ」という短絡的な論調ではなく、中国側を超える論理を構築し、「グレーゾーン」を巧みに利用し、粘り強く、しかも国際社会の理解を得やすい手法で尖閣の実効支配を強めることが重要になる。また、尖閣や東シナ海といった自国の国益のみに関する部分ではなく、南シナ海を含め広く国際社会の安定を図るための施策を持つ必要がある、との視点が重要になるだろう。香港問題やウイグル族への弾圧について中国への非難の声が高まっている今、「セキュリティ・ダイヤモンド構想」に立ち返り、主体性をもってアジア・太平洋地域の安定に貢献する姿勢を、行動も伴う形で示さなければならない。それがひいては尖閣を守ることにもつながるのだ。

任期が残り1年ほどに迫った安倍政権下でそうした政策が実現可能なのかどうか、注視したい。

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梶井 彩子(かじい・あやこ)
ライター
1980年生まれ。大学を卒業後、企業勤務を経てライター。言論サイトや雑誌などに寄稿。
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(ライター 梶井 彩子)