2019年の「G20大阪サミット」で満面の笑みを見せるトランプ大統領。数々の「暴露本」で困っているのは必ずしも「トランプ陣営」ではない(写真:AP/アフロ)

さて、どうしたものか。前回の持ち回り連載で山崎兄(山崎元氏)から「7月25日に登場予定のかんべえ先生には、『大統領は、やっぱり阿呆だった!』という米軍の最高機密を暴露した、ジョン・ボルトン氏の新著のご解説を是非期待したいところだ」とのリクエストを頂戴している。

「ボルトン暴露本」でわかったトランプ訪日の舞台裏


この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています)。記事の一覧はこちら

いや、確かにボルトン氏のメモワール”The Room Where It Happened”(邦題『それが起きた部屋』:9月に朝日新聞出版社から発行予定)は、発売1週間で78万部を売り上げたとのことで、世間の注目度は高い。しかし出版から1カ月以上が経過し、既に多くの書評が出てしまっている。

ただし、そんな中でも意外に触れられていないのが、昨年のドナルド・トランプ大統領訪日時の描写である。注目点をいくつか紹介してみよう。

5月末、トランプは「令和」時代初の国賓訪問として日本を訪れた。令和とは「美しい調和」を意味し、徳仁天皇が自らの在位のために選んだ元号である。公式には5月1日に始まり、その前日にその父である明仁天皇は退位したのである。(筆者訳:以下同じ)

いやいや、日本の天皇陛下はそんな権限は持ってないんですよ〜。全体にオタク的な正確さで書かれている本なのだが、この手の細かな事実誤認は少なくないのである。トランプさんが国賓待遇をいかに喜んでいたか、赤坂の迎賓館はベルサイユ宮殿を模した素晴らしい建物だが、日本国内では評判が悪いらしい、といったことが描かれている。

それに続くこんなところも、笑える部分である。

6月にトランプは大阪G20サミットのために日本に戻り、28日金曜日午前8時30分に安倍首相と面談した。私の見るところ、トランプが世界のリーダーの中で最良の個人的関係を築いたのは安倍である(ゴルフ友達でもある)。ボリス・ジョンソンが英国首相になってからは、両者は「同率首位(タイ)」になったが。

トランプは、安倍の父が第2次世界大戦の神風パイロットであったと好んで語ったものだ。つまり日本人はそれくらいタフな連中であり、特に安倍はそうなのだと。ときにトランプは、安倍の父は「カミカゼ」を果たせなかったことを悔やんだが、その場合は安倍晋三(1954年生まれ)は存在しなかった、と述べることもあった。歴史上の一コマであろう。

安倍晋三の父・晋太郎は戦時中に東京帝国大学に進学しているが、同時に海軍滋賀航空隊の予備学生にもなっている。これを「カミカゼ・パイロットであった」と称するのはかなり強引な解釈だが、とりあえずトランプさんはそう信じ込んでいるようである。そんな誤解を安倍首相は知っているのか、それとも敢えて放置しているのか、ちょっと興味深い。

板門店会談前のドタバタ劇も「ギャグ」のよう

さて、G20大阪サミットの翌朝、ボルトン氏がトランプさんへのブリーフィングの準備をしていると、ミック・マルバニー首席補佐官代行が血相を変えて駆け込んできた。携帯電話を差し出して「これを見たか?」と尋ねる。そこにはトランプさんのこんなツイートがあった。

「中国の習近平主席との会談を含め、多くの重要会合を終えた後、これから日本をたって韓国に向かう(文在寅大統領と一緒だ)。もし北朝鮮の金正恩委員長がこれを見てくれたら、DMZの国境地帯で握手して、”Say Hello”できるだろうか?」

いや、懐かしい。ほんの約1年前のこと(6月30日、板門店)なのだが、確かにそんな騒動があった。「コロナ後」の今となっては、まるで遠い昔のことのように思えてしまう。

もちろん、ボルトン氏以下の大統領随行団は大混乱に陥る。マルバニー補佐官が、「北朝鮮が正式な招待状を求めている!」(ツイッターでは金委員長が行かれないと言っている!)と騒いで、本物の招待状を用意するあたり、ほとんどギャグのような世界である。

さらに大阪からソウルに入ったトランプ大統領は、米朝首脳会談に割り込みたくて仕方がない文在寅大統領との間で、奇妙な駆け引きを演じることになる。北朝鮮もアメリカも、これは2国間会談だという了解である。しかし文大統領もここは譲れない。自国内で米朝首脳会談が行われて、自分がその場にいないという屈辱だけは我慢がならない。

もっともトランプさんと金正恩氏の間では、「お前が両方に対して楽観的な情報を流したから、2月のハノイ会談が決裂したんじゃないか!」てな思いがあったものと拝察する。何しろ金正恩委員長は、寧辺の核施設を爆破したことで、「さあ、これで経済制裁が解除される!」と勘違いしていたというから、まことにお気の毒である。その後、北朝鮮が韓国に対して「怒り心頭」モードに転じたことには、何の不思議もない。

暴露本のダメージはトランプ陣営より各国外交関係者に

少しだけ個人的所見を挟ませていただくと、いやしくもアメリカの国家安全保障担当補佐官ともあろうものが、ほんの1年前の国際政治の内幕をここまでばらしてしまって良いものだろうか。韓国の外交当局にとっては大打撃であろうし、北朝鮮も相当に困っているはずである。

そんなことなので、本書によるダメージはむしろ各国の外交関係者にとって重いものがあり、アメリカ国内政治に対する影響力は軽微なんじゃないかと思う。トランプ嫌いの人たちは「ああ、やっぱりな」と言うだろうし、トランプ支持者はそもそもそんな本は読まないだろう。

察するにボルトン氏の立場になってみると、過去に多くの共和党政権に仕えてきた身ではあるけれども、さすがにこの次に政権に仕える機会があるとは考えにくい。なおかつ、目の前に著作権料をドンと積まれた日には(約2億円と言われている)、抗しがたい魅力があったことだろう。トランプ氏に対する私憤、もしくは「こんな大統領を再選させてはならない」という公憤は、執筆動機としては後付けだったんじゃないだろうか。

それにしても、トランプさんくらい「暴露本」が出る大統領はめずらしい。2018年1月に登場したマイケル・ウォルフ著“Fire and Fury”(邦題『炎と怒り』:早川書房)は、就任1年後の大統領に対し、皆がうすうす感づいていたことをぶっちゃけてしまった。すなわち、下記のような事実である。

「トランプ陣営ではドナルド氏本人も含めて、誰もが選挙戦では敗北を確信していた」
「トランプ氏はそれでもオッケーで、なぜなら彼の目標は『世界でもっとも有名な男』になって、自分のビジネスに役立てることであったから」
「選挙期間中に、マイケル・フリン補佐官がロシアとの不法行為を怖れなかった理由は、『だって、どうせ負けるんだから』であった」

それから半年後に、アメリカン・ジャーナリズムの大御所、ボブ・ウッドワードが”Fear”(邦題『恐怖の男』:日本経済新聞出版社)を送り出した。ゲイリー・コーン経済担当補佐官やレックス・ティラーソン国務長官など、「大人」と呼ばれる側近たちがいかに大統領を止めるか、面従腹背で仕えている様子が描かれていた。

もっともこのウッドワード作品、『大統領の陰謀』以下、描いてきた歴代の大統領モノに比してボルテージが低いように感じられた。あまりにも中身がくだらなくて、怒るに怒れなかったのではないだろうか。

「げに恐ろしき」はトランプ家

さらに7月になって、新たに登場した暴露本がある。トランプさんの姪に当たるメアリー・トランプ氏が上梓した“Too Much And Never Enough-- How My Family Created the World's Most Dangerous Man”だ。発売前から予約が殺到し、発売1週間で95万部が売れたというからただ事ではない。『これだけあっても満足できない〜私の一家は、いかにして世界で最も危険な男を生み出してしまったか』という書名は、カネや名声や成功を追い求めるトランプ氏の心情を形容しているのであろう。本書もさまざまな暴露を行っている。

「名門・ウォートン校に入るときに、替え玉受験を行っていた」
「非情な性格で、兄が死んだときには病院を抜け出して映画を見に行った」
「信じられないほどのドケチで、贈り物を包み直して他人に進呈する(なおかつキャビアなど高価なものは抜き取る)ことがある」

この本の売りは「身内からの告白」であるという点だ。著者はドナルド・トランプ氏の実兄、フレッド・トランプ・ジュニア氏の長女で、現職は臨床心理士である。それが自分の叔父さんのことを、「ナルシシズムの9つの構成要件をすべて満たしている」などと評しているのだから面白い。

そんな風になってしまったのは、冷たい母親と厳しくて口汚い父親の下で育ったからだという。長男のフレッドは、父の期待に沿えないと感じてアルコール中毒となり、42歳で早死にしてしまう。次男のドナルドは、上手く立ち回って父の不動産業の後を継ぐことができた。そしてもちろん、兄が死んだときには何もしてくれなかった。祖父が死んだ際には、もちろん遺産相続で意地悪をされている。他人に情けをかけるのは弱さである、というのがトランプ家の家訓であるらしい。

てなわけで、大統領選挙を間近に控えたタイミングで身内から新たな暴露本が飛び出した。げに恐ろしきはトランプ家といえよう。これまでに散々、メディアとSNSの注目を一身に集め、世間を騒がせ、見る者を楽しませてきたトランプ劇場だが、そろそろ終幕が近づいているのかな、と感じさせるひとときである(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

ここから先はおなじみ競馬コーナーだ。

7月25日からは、札幌と新潟が主戦場となる。週末のメインレースとなるアイビスサマーダッシュ(G3、26日の新潟競馬場11R)は、広い新潟競馬場を活かした「千直」(1000メートル)のコース。まっすぐなコースを走るのだが、お馬さんはかならず右側によれて走る。従って外枠の馬が有利になる。夏の風物詩というべきレースで、これを得意とする馬や騎手が居たりする。

アイビスの軸はライオンボス、菜々子騎乗馬は「危険」

「千直の鬼」といえばライオンボスで、今年は連覇を狙う。断然の1番人気だが、7枠13番と外枠に入ったので、さすがに連は外さないだろう。

だったらここは相手探し。まずは順当にジョーカナチャン、次に叩き良化型のダイメイプリンセス、「千直男」西田雄一郎騎手が騎乗するモンペルデュ、それから8枠のクールティアラの4頭に流してみよう。

先日のCBC賞で大復活を遂げたラブカンプーも気になる存在で、しかも「もう一人の千直マイスター」こと藤田菜七子騎手が騎乗する。

しかし1枠2番を引いたことと、斥量の5キロ増を考えると難しいか。テレビユー福島賞で目が覚めるような勝ち方をしたアユツリオヤジと併せて、「危険な人気馬」認定としておこう。