2000年にデビューしたお笑いミレニアム組の本業以外での活躍がめざましい。自身も“副業芸人”の1人である平成ノブシコブシ・徳井健太に「芸人の副業論」について聞いた(写真:梅谷秀司)

昨今、芸人が本業である「お笑い以外の活動」を精力的に行うことが珍しくなくなっている。

キングコング・西野亮廣は、絵本作家やクリエーターとして、相方である梶原雄太はYouTuberとして、ピース・又吉直樹は作家として、同じく相方である綾部祐二はニューヨークに活動拠点を移した。オードリー・若林正恭、南海キャンディーズ・山里亮太は、定期的に著書を発表するなど文筆家としての側面も併せ持つ。

実は、彼らには共通点がある。それは2000年に活動を開始した“同期”という点だ(NSCなどの養成所を経ている芸人は1999年入学、2000年活動開始)。もちろん、オリエンタルラジオ・中田敦彦、渡辺直美など、この期以外にもお笑い以外で才能を発揮している芸人はいる。しかし、2000年にデビューしたミレニアム組は、とかく異彩を放つ芸人が集中している。

ウーマンラッシュアワー・村本大輔の政治風刺ネタは大きな話題を呼び、意外なところでは三瓶がサッカー日本代表・長友佑都の専属料理人見習いとしてトルコへ移住した(が、現在は帰国)。

「俺たちはお笑い氷河期世代だからなぁ」

そう達観したかのように、徳井健太はつぶやく。同じく2000年に活動を開始した平成ノブシコブシも、彼らと同期にあたる。相方・吉村崇は、ボーイレスク(バーレスクの男性版)のイベントを開催し、無人島を購入した。ミレニアム組を境に、本業以外で活躍する芸人が増えたのは偶然なのだろうか。

『ゴッドタン』(テレビ東京系)を機に、悟り系腐り芸人としてじわじわと注目を集める徳井健太に、「芸人の副業論」について話を聞いた。

2000年にデビューした芸人特有の苦労

「俺たちより上の世代、お笑い第四世代と呼ばれる人たちまでは、結構好き勝手にやっても許される時代だったと思うんですよ。でも、『次は俺たちの番だ』って息巻いているうちに、気がつくと時代は、そういったことを許容しないものに変わっていった」

ミレニアム組の立場について尋ねると、彼は落ち着いた口調でこう答える。

「テレビの視聴者層は高齢化が進んでいるから、今後は彼ら彼女らにとって安心感のあるタレントさんがより主流になっていくと思います。一方、ネットテレビは、若い世代を意識した作りになるだろうから、お笑い第七世代と呼ばれている若手を起用する機会が増えてくるはず。俺たちの世代は、上からも下からも脅威にさらされる立場ですよね」

ゆえに、徳井は「俺たちはお笑い氷河期世代」と、清々しさと自虐がないまぜになったトーンで表現する。実は、彼は昨年1月に車両系建設機械の免許を取得。重機を駆使して、台風21号による西日本豪雨被害の被災地、愛媛県西予市宇和町でボランティア活動を行う姿は、10月の特番『千鳥のドッカン!ジブン砲』(フジテレビ系)でも放送された。彼もまた、本業以外のことに視野を向けているミレニアム組の1人なのだ。

「芸人を続けていて、俺なんかは『何ができるんだ』って考えるんです。しかも、俺たちはネタで笑いを取るようなタイプでもない、言わばタレント芸人。

誰かを喜ばせるとか、誰かが困っている場面で、漫才師、モノマネや歌がうまい芸達者な人、楽器を弾ける人などに比べると、『実は何の役にも立たないんじゃないのか』って。もっと根本的な原動力として役に立つことはできないかなって考えたとき、重機を扱える人だったら、何かの役に立てるだろうって思ったんですよね」

芸能界は新陳代謝もポジション争いも激しい。「武器を増やすことで、自分の付加価値を高めるといった感覚とは違う?」と尋ねると、「本業だけで食っていけない芸人は、計画性もあるでしょうね」と前置きしたうえで、「俺たちの世代が本業であるお笑い以外にも関心を持つのは、武器がほしいといった副業的な観点とは異なる別の理由からだと思います」と分析する。

みんなダウンタウンに人生を変えられた

その理由を語る前に、まずミレニアム組の価値観を、徳井は次のように語る。


徳井健太(とくい けんた)/お笑い芸人。1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属(写真:梅谷秀司)

「俺たちの世代は、ダウンタウンさんを筆頭に大物芸人って、むちゃくちゃカッコいい存在の筆頭格であり、憧れの対象として確立されていた。芸人に魅せられたことで、本来だったら立ち寄る必要のない寄り道をした人もいるんじゃないのかなと思うんですよ。

西野であればそのまま実業家になっていたかもしれないし、又吉君であれば作家を目指していたかもしれない。でも、あまりに芸人という存在がカッコよかったから、吸い寄せられるように芸人を経由してしまった」

確かに、あの頃のテレビの中のダウンタウンは、ギラギラしていて憧れそのものだった。ザ・ブルーハーツに憧れてバンドを始めるように、ダウンタウンを見てお笑いを志すことは珍しいことではなかった。

「2000年デビュー組は、そのど真ん中世代。衝動に駆られて芸人を目指しただけで、他の分野でも成功したかもしれない人が、芸人になってしまって、お笑いでも結果を出したのではないかと思うんですよ。だから、副業というよりも、その人の本質的なものや人間的なもの……又吉君で言えば作家性みたいなものが、ごくごく自然に表舞台へとにじみ出しているだけだと思う」

さらに、徳井は「面白いの定義が変わってきたことで、本質性を出しやすくなったような気がする」と付言する。

「俺たちより上の世代までは、やっぱりボケてナンボっていう感覚が強かった。実際、松本さんが“サブい”という言葉を使い始めて以降、あの時代は『面白い=サブくない』という認識があったと思うんです。

だから、芸人が本気で歌を歌う、本気で絵を描くなんてことは、『なにマジでやってんの?』というサブい(=面白くない)こととして認識されていた。俺たちも、『サブい』って言われたくないから、面白いことをしなければという強迫観念みたいなものがあったように思いますよ」

レギュラー番組の終了から気づいたこと

ところが、今や芸人が本格的なバンドを組むことは珍しくないし、正統派な小説を出版することも珍しくなくなった。料理も作れば、クイズも作る、何でもアリだ。

「西野が絵本作家としてデビューしたときや(2009年)、品川さんが『ドロップ』で監督・脚本を務めたとき(2008年)って、まだ『芸人なのに何やってんの?』という風潮があったからこそ、イジられていましたよね。でも、そういう道を切り開く人たちがいたからこその、(渡辺)直美のニューヨーク留学を経てのパフォーマーとしての成功や、又吉君の『火花』での芥川賞受賞だと、俺は思う」

渡辺の短期NY留学は2014年、又吉の『火花』は『文學界』2015年2月号に掲載された。もはや芸人の副業をイジる風潮はない。やりたいことに全力で取り込む芸人の姿は何も珍しいことではなくなっている。2010年代中頃を境に芸人の副業が注目され始めたのは、「偶然じゃないと思う」と、彼は答える。

「俺たち平成ノブシコブシも出演していた『ピカルの定理』(フジテレビ系・2010年10月〜2013年9月)が終わったんですよね。終わったことによって、コント番組でしたから、面白いことを考えることから解放された感じがしました。

しかも、世の中はネット文化が浸透し始めていて、テレビが求める“面白い”が、必ずしも世の中の“面白い”と一致しなくなってきた。フジテレビ伝統の深夜からプライムタイム、そしてゴールデンタイムへと成長していくコント番組が終了するって、そういうことだったと思うんですよ。ああ、“面白い”の定義が変わった、広がったんだなって」

“面白い”の定義が広がったことで、かつてはサブいと言われていたことが、そうとは認識されなくなってきた。芸人たちが、本質的なパーソナリティーに付随するやりたいことを表現できる時代に変わったといえるかもしれない。

「コント番組って、その時代の“面白いこと”を映し出す鏡みたいなところがあるじゃないですか。コント番組がなくなったことで、面白いを測るわかりやすい時代の物差しがなくなったんじゃないですかね。共通言語としての“面白い”の定義がなくなっていったというか。その過渡期と、俺たち氷河期世代の『何かしないと』という気持ちが重なったことで、結果的に副業的な表現をする人が増えたんじゃないのかなと」

自分が「面白そう」と思ったことをやればいい

面白いではなく、面白味が求められている――徳井健太は、悟りの末に、今の時代をこう評する。

「やりたいことをやってもいいんだから、結果的に副業的なことをする芸人は増えるでしょうね。でも、さっき言ったように、その人のパーソナリティーが表面化しただけ。面白そうとか、興味があるからやってみるくらいのほうがいいのかもしれない。バラエティーにしても、俺が大好きな千鳥さんの番組って、基本的にあの2人がやりたいことしかやってない(笑)。

俺の子どもはYouTubeが大好きだから一緒に見るんですけど、やっぱり自分たちが面白そうと思ったことにトライしている番組が多い。『キングオブコント』で、にゃんこスターが準優勝になる時代ですからね、面白いだけを追い求めても疲れるだけだと思います」

面白いは大事かもしれない、でも、注目すべき観点は「面白そうなこと」。芸人の副業、いや、広義になった“面白い”へのアプローチは、この言葉がキーワードになりそうだ。

「今までだったらナシだったことが、アリになっているわけだから、張り詰めて『面白いとは何か?』なんて考えなくていい。後輩には、『尖らなくていい』とアドバイスをおくりたいですよ、ホント。自分が面白そうと思ったことをやってみたほうが、案外、結果を出すかもしれないですからね。一方で、そういう時代感の中で、芸人が面白いと再び向き合ったとき、どんな笑いが生まれるのか……楽しみですよね」