試合後、ノニト・ドネアと抱擁する井上尚弥【写真:荒川祐史】

写真拡大

米紙コラムニストが興奮「ここ何年かで一番面白い試合だった」

 ボクシングのワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)のバンタム決勝でノニト・ドネア(フィリピン)に判定勝ちを収めたWBAスーパー&IBF王者・井上尚弥(大橋)。互いに譲らず第12ラウンドまで戦い抜いた死闘は、英メディアから「ドラマ・イン・サイタマ」と称される名勝負となった。世界的な評価を一層高めた井上だが、実際に海外の記者はどう見たのか。「THE ANSWER」では、米紙「ロサンゼルス・タイムズ」のコラムニスト、ディラン・ヘルナンデス記者を直撃インタ。「生中継を見るために朝4時に起きた」というヘルナンデス記者は「ここ何年かで一番面白い試合だった」と高く評価した。

 直近3戦は3ラウンドの声も聞かずに勝ち名乗りを上げていた井上だが、世界5階級王者のドネアとは流血しながら第12ラウンドまで戦った。井上が第12ラウンドを戦ったのは、2016年5月8日のデビッド・カルモナ(メキシコ)戦以来、3年半ぶりのこと。36歳ベテランと拳を突き合わせた一戦は「井上にとっていい経験だったと思う」とヘルナンデス記者は言う。

「井上はこれまで同じ階級、同じ世代の中で、1人レベルが高すぎた。だから圧勝することが多かったけれど、ドネアは年は取っていても技術と頭の良さがある。今までと違ったタイプの選手を相手に、攻め込まれながらも勝ちきったことはいい経験になったと思うよ」

 この一戦の中でヘルナンデス記者が注目したのは、井上のアジャスト能力の高さだ。その非凡さが光ったのは、第2ラウンドで経験した初めての流血の後だった。

光った井上の「アジャストする能力」

「いくら5階級制覇のドネアとはいえ、36歳。井上は最初、KO狙いだったと思う。でも、第2ラウンドで左フックを食らってから、それが変わった。ドネアが25歳だったら、間違いなく畳みかけられてKOされていた場面。(井上は)ドネアが2人に見えたって言っていたけど、感心するのはそこでも冷静にアジャストしたことだね。あそこから足をしっかり動かして、ジャブをうまく使いながら距離を取り、タイミングを図って右を打っていった。試合中に思わぬアクシデントがあっても、そこから勝ち方を見つけられる。このアジャストができるのが、トップ選手の証拠だと思う」

 ここでヘルナンデス記者が引き合いに出したのが、プロ戦績が50戦50勝のフロイド・メイウェザー・ジュニア(米国)だ。メイウェザーが対戦した相手は「実力差がある選手も多かった」としながらも、試合中のアクシデントに即対応し、偉大な成績を残したことを指摘。「アジャストと言うと、頭の良さや機転の良さが重視されるけど、実行できるだけの技術がなければ成り立たない」と話し、メイウェザーも井上も、頭脳と技術を伴った類い稀な存在だとした。

「ドネアもアジャストしたね。第2ラウンド以降、明らかに左フックを避けてきた井上に対して、右を投げ始めた。9回には右を当てて、クリンチされる場面もあったでしょう。あそこは井上のアジャストに対して、ドネアがアジャストした場面。ここまで簡単に倒せない相手と、井上は今まで戦った経験はなかったんじゃないかな。最終的には、若くて体力のある井上が手数を増やす形でアジャストし直して勝ったけど、彼にとってはいい経験になったと思う」

 一筋縄ではいかない老獪なドネアを相手に、キャリア初流血というアクシデントに見舞われながらも、冷静さを失わなかった井上。これまでにない試合を経験し、さらに選手としての器を広げたと言えそうだ。(THE ANSWER編集部)