サマンサタバサが紳士服コナカに買われる意味
若い女性に人気のサマンサタバサが紳士服のコナカと資本提携したことによって、サマンサタバサはブランドのV字回復を果たせるのだろうか?(記者撮影)
長期的に株主価値を下げ続けている会社を、同じぐらいの大きさで同じように長期的に株主価値を下げ続けている会社が買収する。そんな一見不思議な資本提携が発表されました。ガールズに根強い人気を持つサマンサタバサジャパンリミテッドを、紳士服のコナカが関連会社化することになったのです。
ミランダ・カーやサラ・シュナイダーといったガールズ憧れのセレブモデル御用達のカワイイブランドを、失礼ながら暑苦しいほどに熱い松岡修造さんのイメージがウリで、地味ファッションで職場に向かうサラリーマンが主力顧客の紳士服ブランドが買収する。いったい、それに何の意味があるのだろうかと疑問が湧くのではないでしょうか。
高い期待感のある資本提携という理由は?
先に結論を言えば、ブランド的にはまったく相乗効果が感じられない今回の資本提携劇ですが、経営戦略的には「ある意味」を持つ提携です。そしてその「ある意味」には、経営に通じた人たちにとっては高い期待を感じさせるストーリーがあります。
その証拠に資本提携が発表された翌日から両社の株価は急上昇しました。コナカ株は翌日の高値で10%株価が上昇し、サマンサタバサ株は2日連続で急騰し高値は56%の上昇となったのです。今回はなぜここまで株価が上がったのかについて解説してみたいと思います。
サマンサタバサの業績が、なぜ長期低落していったのかについては東洋経済オンラインでもこれまで詳しく報道されていますが、簡単にまとめてみましょう。2015年2月期まではサマンサタバサの経営は絶好調で売上高で約400億円、本業の儲けを示す営業利益は約33億円と日本発のファッションブランドとしては勝ち組の一角にありました。
その業績がおかしくなりかけたのが翌年で、売上高は約434億円と伸びたのですが営業利益が約21億円に減少、最終(純)利益にいたっては前年度比9割減の約1.2億円と大幅な減益を記録します。そしてそれからの3年間、サマンサタバサは最終赤字に転落して現在に至ります。
この転落は2つの経営判断ミスが重なったものによるといわれています。1つは多角化で進出したアパレル事業の苦戦による赤字。もう1つは、主力のハンドバッグ事業の顧客層を拡大したことによる赤字です。世間的にはそれに加えて「海外のセレブモデルを起用した宣伝戦略に限界がきている」ことが業績凋落の要因と分析する方もいらっしゃいますが、私は後述するようにこの点については違う意見を持っています。
サマンサタバサの業績の足を引っ張った最初のきっかけは、2013年から2015年にかけて買収したアパレルブランドの不振です。これは経営コンサルタント的には非常によく理解できる戦略的な失敗です。
もともとサマンサタバサはガールズ向けのハンドバッグ事業で大成功を収め、それで東証マザーズに上場しました。株式の時価総額も400億円を超えて経営も順調なときに、残酷なことに株主は「もっと成長しろ」と会社に望む。ここに成功企業の転落のきっかけがあります。
本当は成長せずに、サマンサタバサを支持してくれているガールズ層のハンドバッグへのニーズだけに向き合っていれば強さは揺るがなかったのではないでしょうか。しかし上場すると株主が成長を要求する。じゃあどこで成長できるのかというと、ハンドバッグで別の顧客層や海外市場を狙うか、別の商品で成長するのか、ということになります。こういったことで、大概の成功企業は転落し始めます。
失敗要因はバッグブランドの多角化
サマンサタバサは「ガールズ向けのアパレル事業のM&A戦略で成長しよう」という戦略を描いてしまったことで失敗が始まります。こういった「よく似た隣接市場への買収による多角化進出」は、会社が思っている以上にうまくいかないことがわかっています。
サマンサタバサが展開したバーンデストローズのブランドはやっぱりというか、ガールズの支持を得られず業績の足を引っ張ります。2015年度には121店あったバーンデストローズの店舗を70店まで減らすリストラをして、ようやく落ち着いたが成長領域にはなれなかったというのが1つ目の失敗です。
ここで2つ目の経営判断ミスが加わります。アパレルをリストラする一方でハンドバッグ事業を拡大しようとしたのです。この時期バッグのお店の出店が加速した。それもバッグブランドを多様化させる形で進めてしまったのです。
具体的には三越伊勢丹で展開する10万円台の高級バッグの「ラプリュム」、主力商品の「サマンサタバサ」、1.3万〜1.8万円の「サマンサベガ」、郊外のショッピングセンターで売る7800〜9800円の「&シュエット」などブランドラインはどんどん増え、それに応じて店舗数が増えていくのです。
伊勢丹でガールズではない上の層に高級品を売る一方で、地方のショッピングモールではガールズほどおしゃれやカワイイに敏感ではない層に安いバッグを売る。それでどうなったかというと、売り上げはそれほど増えない中で販売管理費がかさみ赤字転落に至るのです。
この状況とよく似た危機に陥って、その後、V字回復で復活した海外ブランドがあります。それはイタリアのグッチです。1980年代にグッチは多角化展開を進め、高級路線だった商品も大衆路線へと舵を切りました。
その結果、グッチはスーパーマーケットで売っている海外ブランドとなり、商品ラインもハンカチ、タオルからボールペンまで多岐にわたる状況になりました。そうなるとブランドのありがたみもなくなり、当時のグッチは「終わったブランド」だと言われたものでした。
結局グッチは、そういった多角化と大衆化を放棄して、創業時の強みのある高級路線に戻るため大リストラを行います。当然売り上げは大幅に減りますが、高級路線をつらぬいた結果、みなさんが知っている憧れの高級ブランドである今のグッチの位置まで、1度堕ちたブランドは再生されたのです。
サマンサタバサもやらなければいけないことは同じで、主力のハンドバッグブランドはいちばん強い部分に原点回帰することです。
そうだとすると、絶対に削ってはいけないのは、商品開発へのこだわりの部分、そして海外セレブに対する憧れを生む広告宣伝の部分です。ガールズがカワイイと思うサマンサタバサこそが、この会社の決定的な財産であり強みなのです。この強みは決して廃れてはいないというのが私の見方で、前述した「セレブを使った広告戦略が転換点にきている」という説に私が賛成していない点です。
コナカとの資本提携は必須だった
そこで冒頭のコナカによる資本参加に話が戻ります。
今回の資本提携の発表をまとめると、サマンサタバサの創業社長である寺田和正氏が会長兼社長を退くともに、経営はずっと一緒に戦ってきた藤田雅章・新社長に委ねる。そして株式はすべて旧知の友人であったコナカの湖中謙介社長に預けるという判断をしたわけです。
私はここでコナカがどういう会社なのか、というのがこのストーリーの鍵となると考えています。
コナカの主力事業の紳士服は失礼ながら、私はオワコンだと思っています。日本社会が変化をする中でスーツ需要は明らかに先細りになっていく商材です。昭和の時代の和服市場と同じような運命を、紳士服はこれからたどっていくと思います。この点はあくまで私見ではありますが。
それでもコナカが企業として興味深い点は、そもそもサマンサタバサよりも早い段階で業績の悪化が始まり、それをまがりなりにもしのいできたという実績です。ここのところコナカは1年ごとに黒字と最終赤字を行ったり来たりしていますが、それほど致命的な赤字ではない。そもそも経常利益は毎年2ケタの億円単位の黒字を続けています。企業として利益の出し方を知っている会社の決算だと私は捉えています。
ただし、です。単体業績は5年続けて赤字が続いている。紳士服事業はどうしても儲からない。そこを連結で黒字にもっていっている。つまり、紳士服よりも勝ちやすい土俵の関連会社を黒字にもっていく力がある企業なのです。
これは今のサマンサタバサに必要な条件です。財務中心に見ればやるべきことは明らかで、ハンドバッグ事業について、サマンサタバサブランドの強いラインに商品ラインを絞り込み、それ以外のサブブランドはリストラしてキャッシュの出血を止める。一方で主力事業には徹底的に投資をする。サマンサタバサブランドについてはデザインにも品質にも宣伝にも店舗にも、です。
ハンドバッグ事業を担うサマンサタバサ社では2019年までに店舗数を2割強削減しています。ただ厳しい言い方をすると各ブランド横並びで店を閉鎖してきたのが実情です。本当はブランドの廃止に踏み込まなければいけないのに事業部組織が逆に抵抗勢力になる状況が生まれています。
そしてこれは過去に成功した創業社長には絶対にできないタイプの仕事です。過去を否定する仕事であり、社員たちとの過去の約束を破る仕事だからです。
それで描かれたのが今回の資本提携のシナリオでしょう。サマンサタバサ創業者の寺田氏は持ち株をコナカに譲渡して一線を退く。とはいえこれだけサマンサタバサを大きくした人ですから、株式の譲渡益で悠々自適の暮らしもできますし、新ブランドで再チャレンジもできる年齢でしょう。
経営の実権はサマンサタバサをよく知る藤田新社長が引き継ぐ。そしてコナカは株主として財務コントロールと、過去に経験してきた大規模な事業リストラのノウハウを提供する。それに加えて外圧として積極的にリストラ関与することも期待できます。
今年の4月に寺田社長が退任を表明したときには、先行きの不透明感があって株価は下がった。しかし今回のニュースでは、経営のプロからみればむしろ先行きが見える新しい「構図」が示された。この点がサマンサタバサの株価が上昇した1番のポイントではないかと私は捉えています。