今大会でなでしこジャパンの守護神を務める山下。好セーブを連発してチームを助ける。(C) Getty Images

写真拡大 (全2枚)

[女子W杯グループリーグ第3戦]日本0-2イングランド/6月19日/ニース
 
 なでしこジャパンのグループリーグ最終戦は、ニースでのイングランド戦。高倉麻子監督が、この日、先発11名に選んだうちの7名は、高校女子サッカー出身選手だった。近年では、稀にみるような偏り。この日の高体連OGオールスターも、対戦順やピッチへの慣れでイングランドに分がある中、よく戦った。
 
 ゴールキーパーの山下杏也加も、そんな高体連出身のひとり。2011年ドイツ大会の優勝メンバー・丸山桂里奈の出身校でもある東京都の村田女子高で、フィールドプレーヤーからゴールキーパーに転向したのは、有名な話だ。
 
 同校は、山下が3年時のインターハイで、同校始まって以来の全国優勝(日程変更により決勝戦が行われず、日ノ本学園と両校優勝)を果たしている。だが年代別代表候補にも選ばれていた山下は、その海外遠征に参加するため、同大会を途中離脱。山下がプレーしたのは同大会の初戦、しかも雷雨中断で、試合の続きを翌日に持ち越された試合の前半だけ。それでも、村田女子の指揮を執る矢代浩平監督は、チームにとってのマイナス材料を受け入れ、代表活動に送り出した。
 
 その後、日テレ・ベレーザの特別指定選手となった山下が、ベレーザの遠征に従い、村田女子にとって重要な公式戦を欠場した。その時、矢代監督は山下を怒ったそうだが、それは高校の公式戦を選ばなかったからではなく「彼女が選んだベレーザの試合に出場できなかったから。向こうに行くなら試合に出ろよ、と」(矢代監督)だった。
 
 いくら山下が身体能力に優れ、努力を惜しまなくても、高校からGKとしてスタートして、なでしこジャパンの守護神にまで登りつめるのは至難の業だ。山頂への道のりをショートカットできたのは、矢代監督や、優れた指導力のあるGKコーチたちに巡り合えたことも大きかったと言えるだろう。今大会は、そんな指導者たちに恩返しとも言える好プレーを見せている。
 
 大会前は、選出メンバーから負傷者が続出したこともあって、フランス入りしてからも紅白戦ができない状態が続いていた。さらに、センターバックを含め、最終ラインの顔ぶれも固定されない。現代表には、山下と同じベレーザの選手は多いが、そのほとんどが攻撃的ポジションで、最終ラインでプレーしているのは清水梨紗だけだ。
 
 他チーム所属の選手と、守備の連係や呼吸、ビルドアップの部分を含めて、まとめてチェックしたい。そんな希望が叶わないことへの不安もあって「(守備の人間としては)最後の詰めの部分でやり残しているところがあるので、そこがもったいないと思う」と山下はやり切れない思いを抱えていた。開幕を前にして、チームの若手にいくぶん楽観的なムードが漂うなか、まるでベテラン選手のように浮かない顔色を見せていた。
 
 それでも、ゲームに出れば自分の仕事はやり切る。アルゼンチン戦は、相手の術中にハマるチームを最後方から見守り、勝点1を死守。第2戦も、終盤のスコットランドの猛攻を1失点で抑え、今大会初勝利に大きく貢献した。
 
 この日もホワイトに、先制ゴールを許した後は、18分にジル・スコットのミドルシュートを右手でパンチ。そのコーナーキックから生まれたゴール正面からのスタンウェイのシュートは、DF陣のブラインドから抜けてくる難しいものだったが、これも左手でクリア。食らいつく鮫島彩を振り切って放ったデイリーのシュートも、しっかりとゴールへの軌道からはじき出した。
 
 後半に入り59分にも、日本の寄せが一歩ずつ遅れた結果、左サイドを破られ、クロスをペナルティエリア内でデュガンに合わせられる。だが、逆を突かれた山下だが、持ちこたえてシュート方向にステップ。左手でデュガンのシュートをしっかりと防いだ。試合終盤、ホワイトに先制点と同じような形で抜け出され、追加点を与えたが、そこまで勝負がもつれたのは、山下の奮闘があったおかげだったと言っても過言ではないだろう。
 この日は、攻撃陣の支援がなく、山下が心配していた連係不足を露呈しての敗戦となった。ただ、ノックアウトラウンドへ向かう前に課題が出たのは、悪いことではない。幸か不幸か2位抜けで日本はベスト16の8試合で最も遅い、6月25日に行なわれるレンヌでのナイトマッチへ向かうことが決まった。対戦相手は、欧州王者のオランダだ。
 
 レンヌの会場は一度、戦って知っており、相手は未経験のピッチ。そして日程上のアドバンテージもある。イングランド戦で不利になった諸条件が、今度はオセロのように、こちらに味方する。試合までの間に、山下をはじめ守備陣が連係を高められれば、ベスト8への道も開けてくるだろう。
 
取材・文●西森 彰(フリーライター)