東京医科大学で発覚した不正入試問題。明らかになったきっかけは、大学支援事業選定を巡る贈収賄事件だった (撮影:尾形文繁)

大学業界に激震が襲った東京医科大学の不正入試問題。この事件を受験生の目線からを考えてみたい。そもそも、裏口入学、女子入学者を抑制する入試方法は、大きな怒りで受け止められた。当然だ。まじめに一生懸命、勉強している受験生にすれば、一生がかかった問題であり、不条理以外何ものでもない。ふざけた話である。

そして、この事件では、裏口入学の見返りとして、「私立大学研究ブランディング事業に選定された」という話があったが、これはどうだろうか。受験生のほとんどはピンとこなかっただろう。

私立大学研究ブランディング事業とは、大学の独自色を打ち出すことのできる研究や取り組みに対し、文部科学省が施設費などの予算をつけることである。東京医科大学は直近でこの事業に申請し、3500万円の助成を受けている。文字どおり、大学支援事業である。もっとわかりやすく言えば、大学への補助金だ。

大学にすれば、国の大学支援事業を受けることで、教育、研究でお金を使えることができて、大変ありがたい。”お金持ち大学”であったとしても、教育、研究現場に自由に使えるお金はなかなか降りてこないケースが多いので、外部からの資金投入はとても嬉しい。

補助金選定への見返りに裏口入学

もう1つ、大学がありがたいと考えることがある。国から「お墨付き」を得られるということだ。

大学支援事業は原則として、競争を勝ち抜いた大学にお金が振りわけられる。公募で大学が手をあげて選考される。A大学よりもB大学、それよりもC大学のほうが優れている、という議論が交わされ、大学支援事業に選ばれる。そこで、他の大学よりも優れていると評価が示されることになり、優位性という立場で勝者気分に浸れる。

「“勝ち組”になったことを、学内のみで共有するのはもったいない。わが大学がいかに優れているかを世に訴えよう。受験生に広めれば、志願者が増えるはずだ。企業は優位性を評価して研究に賛助金を出してくるに違いない」。そう考えた多くの大学で、「大学支援事業に選ばれました」というアピールがなされた。大学が広報のネタとして使おうと考えるのも、自然の成り行きである。

しかし、それが、どれだけ効果があるのだろうか。 受験生からすれば、大学支援事業選定云々はまったくといっていいほど、大学選びの参考になっていない。「私立大学研究ブランディング事業」に東京医科大学が選ばれたから受験しました……・という受験生はいないだろう。

また、高校、予備校関係者の多くが、「私立大学研究ブランディング事業」の存在を知らなかったはずだ。知っていたとして、教え子に「私立大学研究ブランディング事業に選ばれたから、この大学はおすすめ」という話にはならなかっただろう。

なぜなら、「ブランディング」の中身がよくわからないからだ。「ブランディング」と名付けられながら、大学受験の世界では、何らブランド力を発揮していない。これが現状である。

悲しいことに、そもそも大学支援事業は受験業界では、それほどインパクトがない。思い出されるのが2014年に始まった、「スーパーグローバル大学創成支援」(SGU)事業である。留学生派遣、外国人教員、英語による授業など、大学のグローバル化をすすめる大学を評価し、支援事業はタイプAとBに分かれ、Aは上限で10年間毎年4億2000万円、Bは同1億7200万円支給するものだった。

受験生は「スーパーグローバル大学」に関心なし

SGUの選考結果は少し意外なものだった。当然選ばれるだろうと思っていた一橋大学、横浜国立大学、神戸大学、首都大学東京、青山学院大学、中央大学、南山大学、同志社大学、関西大学、西南学院大学といった大学が落選したからだ。「他大学よりもグローバル化を進めているのになぜ」と、これら落選大学の落ち込みようは激しかった。大学のプライドがズタズタにされたと、悲嘆にくれる学長もいた。

一方、SGUに選ばれた大学は、東京大学や京都大学など旧帝国大学を起源とする7大学を筆頭に、筑波大学、東京工業大学、東京医科歯科大学、東京外国語大学、岡山大学、熊本大学、早稲田大学、慶應義塾大学、国際基督教大学、上智大学、立教大学、明治大学、法政大学、芝浦工業大学、東洋大学、創価大学、立命館大学、関西学院大学などだった。

大学はSGUを思いっきり宣伝材料に使った。しかし、その効果は、受験生の増加につながったとは言い難い。SGU選定から4年経った今日、グローバル化という観点から、青山学院大学よりも東洋大学、中央大学よりも創価大学、東京理科大学より芝浦工業大学、同志社大学よりも立命館大学、神戸大学よりも岡山大学を選ぶだろうか(前者はSGUに落選、後者はSGUに選定)。

残念ながら、受験生はその大学がSGUかどうかなど、さほど関心を示さない。大学の歴史、伝統、難易度、ブランド力を優先している。同じような難易度で併願相手として組まれる、法政大学と中央大学、東洋大学と専修大学を比較するなら、SGUに選定された前者を選ぶかもしれないが、必ずしも「SGUだから」というわけではないだろう。教育内容、通学圏内を理由に選ばれたということのほうが、説得力はある。

東京医科大学が、私立大学研究ブランディング支援事業に選定されたからといって、医学部受験業界では、難易度が高い慶應義塾大学医学部、日本医科大学、順天堂大学医学部、東京慈恵会医科大学より優れているとは、評価されていない。これが現実であり、受験生目線では大学支援事業によるブランド力は、幻想といえるだろう。

それでも、東京医科大学は、私立大学研究ブランディング支援事業という看板がほしかった。3500万円という助成額は、医学部の研究を考えれば安価といっていい。実より名を取りたかったのは、文科省お墨付きへのこだわりだろう。

大学支援事業は国庫、つまり、税金から投入されたものだが、大学にとってその意識が薄いように思える。私立大学研究ブランディング支援事業にしても、SGUにしても、その具体的な中身を国民に知らせようという発想は、出てこないからだ。東京医科大学も例外ではない。それゆえ受験生にブランディングが伝わるわけがない。

それでも、大学が文科省の大学支援事業を受けたがるのは、お金ほしさ、そして箔つけだけではなかった。選定されたという実績づくりが大切なのである。

文科省OBを重宝して受け入れる大学

まず大学は文科省をリタイアした役人を事務方に受け入れて重宝する向きがある。元文科省の役人は、「国の大学政策を読み解ける」「支援事業の申請手続きに詳しい」「学部学科の設置認可に精通する」「大学運営を指南してくれる」……そう信じている大学経営陣は少なくない。昨年の1月に発覚した文科省の天下り先斡旋事件では、再就職先が文科省と利害で関わる大学なので問題となった。大学側が、文科省OBを求めていることは容易に想像がつく。

そして文科省から大学支援事業の話が出れば、大学はすぐに飛びつき、うまくいけば選定される。その積み重ねによって、「わが大学は文科省から覚えめでたき存在として高い評価を受けた、これで文科省との信頼関係が築ける。設置認可申請では有利に動くだろう」と、思い込んでいる大学もある。おめでたい話だ。しかし、当然、有利に動くはずはない。

大学支援事業に振り回されている大学は、実際のところ、かなり疲弊している。得意でない分野の支援事業のために、教職員に無理をさせている。大学はもっとやるべきことがあるのに、国の言いなりになってしまっている。そこに大学の主体性が感じられない。大学は政府から独立した存在である。学問の自治は最大限に保証されるべきである、という大原則を忘れてしまったかのようだ。

国の大学支援事業に、無理矢理合わせた教育体制を急ごしらえしたことで、学内が混乱するケースも散見される。SGUを例にとると、それまでグローバル化に力を入れてこなかったのに、SGUで設定した目標達成のため、急に留学生や外国人教員を多く受け入れたり、海外留学制度枠を拡げたりしている。大学教育は一朝一夕で変わるものではない。SGU選定大学の中には、相当しんどい思いをしている大学がある。教職員からは悲鳴の声があがっている。

SGUに選定されなかった大学はどうなったか。「一橋大学、神戸大学、同志社大学はグローバル化に力を入れていないから、受験生にそっぽを向かれた」という話は聞いたことはない。依然、第一志望校として、人気は高い。

また当時、学習院大学や駒澤大学、東京理科大学、龍谷大学、近畿大学といった大学がSGUに申請していなかったが、このうち、学習院大学が2016年に国際社会学部を設置。龍谷大学は2015年に国際文化学部を改組して国際学部を設置した。近畿大学も2016年に国際学部を作っている。いずれも2015年以降の設置で、「大学支援事業のSGU資金なんか頼らなくても大丈夫だよ」と、言わんばかりだ。

大学支援事業について、その大学の得意分野と、国の政策(教育、研究方針)が合致し、補助金が交付されるのであればありがたい。ただし、それはブランド力にならない。事業がブランド力として評価されて、志願者が増えた、難易度が高まったという話は聞いたことがない。

もし、大学支援事業でブランド力を高めたければ、大学自ら創意工夫するしかない。それをメディアに繰り返し訴えていく。「わが大学の学生はこんなにすごいんだぞ」と、具体的にアピールする必要がある。 

一方で、大学支援事業をうまく活用している大学もある。「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」を有効に活用した大学だ。その中身は、「大学が地方公共団体や企業等と協働して、学生にとって魅力ある就職先の創出をするとともに、その地域が求める人材を養成するために必要な教育カリキュラムの改革を断行する大学の取組を支援する」もの。

2015年度、同事業には青森中央学院大学、東北公益文科大学、共愛学園前橋国際大学、富山国際大学、金沢工業大学、新潟青陵大学、松本大学、広島国際大学、徳島文理大学、長崎国際大学、熊本学園大学など、地方の私立大学が数多く選ばれている。

地域定着の成功はあくまで大学自身の手柄

このうち共愛学園前橋国際大学は、「持続的地方創生共同体形成プログラム:若者定着県域総ぐるみ計画」で採択されている。一言で言えば、地元の高校生を受け入れ、地元の自治体や企業に就職させるという事業だ。大学は地域の高校や企業をまわって、「若者定着」のための教育内容を訴えた。これによって、同大学が学生を地域に定着させることに成功し、大学周辺の高校で評判となって、いっとき、定員割れしていた志願者数はV字回復を果たしている。

なお、共愛学園大学前橋国際大学は、大学支援事業選定を広報の売りにはしていない。国の支援はあくまでも手段であり、目的ではないからだ。地域定着成功によるV字回復は、大学の手柄であり、受験生目線にかなったわけである。

大学支援事業に対しては、大学がとるべきスタンスは、(1)支援内容に無理矢理合わせない=急にグローバル化などの対応は無理。(2)選定時には浮かれて自慢しない=受験生はピンとこないし、大学にとってもたいして箔はつかない。(3)支援で結果が示されたら具体的に伝える=志願者増、学生や教職員の活躍を訴える――といったところだろうか。

大学支援事業の活用について、勘違いしている大学は少なくない。東京医科大学は「女性研究者研究活動支援事業」にも選定されているが、入試で女子受験生抑制という実態が白日の下にさらされたいま、このテーマで「選ばれました」などと、とても恥ずかしくて自慢できないだろう。

その大学に関心を持ったならば、「大学支援事業によって大学はどれだけすごいことになりましたか」と、聞いてみることをすすめたい。大学支援事業選定を自慢するものの、その成果をまったく答えられない大学は、「たいしたことない」と判断し、税金を無駄に使ったのだと、冷めた目で見ていい。