青函トンネル北海道側の「横取基地」近くを走る新幹線E5系(記者撮影)

「新幹線がやってきます。光が目に入ると運転上危険ですから絶対にカメラのフラッシュをたかないでください」

JR北海道(北海道旅客鉄道)の保守担当者が報道陣に告げると、緑色にピンクのラインが入ったE5系が不意に暗闇から飛び出した。津軽海峡下に掘られた全長53.85kmの世界最長の海底トンネル、青函トンネルを疾走する北海道新幹線だ。


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JR北海道は3月6日、本州と北海道を結ぶ青函トンネルが13日で開通30周年となるのを前に、トンネル内の設備を報道公開した。海面下の最大水深は140m。そこからさらに100mの地下にトンネルが掘られた。今回公開されたのは、北海道側の地下深く、線路から少し離れた場所に保守作業車などを留置する「横取基地」と呼ばれる作業エリアだ。

工期も費用も当初計画の3倍に膨らむ

本州と九州を結ぶ関門トンネルに続き、北海道と本州も海底トンネルで結ぼうという構想は戦前からあった。具体化に向け動き始めたのは、台風で青函連絡船5隻が転覆・沈没し1430人が死亡した1954年の洞爺丸事故がきっかけだ。東海道新幹線開業と同じ1964年にトンネル調査坑の掘削を開始。1971年には本工事が始まった。1973年に北海道新幹線の整備計画が決定すると、青函トンネルも新幹線規格で整備されることとなった。


昭和40年代の本州側青函トンネル建設現場(編集部撮影)

当初は、8年で完成し総工費は2014億円の計画だった。しかし度重なる大量出水に悩まされるなどの難工事で工期が延びに延びた。結局、工事開始から開業までに24年を要し、総工費は6900億円に膨らんだ。国鉄の財政難から整備新幹線計画は凍結され、開業時は暫定処置としてJR在来線の旅客列車と貨物列車が走ることになった。

2005年に北海道新幹線・新青森―新函館北斗間の工事がようやくスタート。それから11年後の2016年、無事開業にこぎ着けた。


2本の在来線用レールの外側(左側)に新幹線用のレールが設置された「三線軌条」(記者撮影)

青函トンネルを保有するのは国土交通省が所管する鉄道建設・運輸施設整備支援機構だが、維持管理はJR北海道が行う。青函トンネルとその前後の区間(青函トンネル区間)約82kmは軌間の異なる新幹線と在来線が共用走行するため、在来線用の2本のレールの外側に新幹線用のレールを1本配置した「三線軌条」という複雑な構造が用いられている。

インフラの部品数は新幹線専用区間よりもはるかに多い。たとえば、「レールと枕木を固定するレール締結装置は通常の線路の1.5倍必要」(JR北海道)という。複雑な構造ゆえに保守作業も厄介だ。新幹線は深夜0時から朝6時までの時間帯は走行しないため、保守作業向けに理論上6時間確保されているが、青函トンネル区間は例外で夜間に貨物列車が走行する。そのため、作業時間は2〜4時間しか取れない。

新幹線の開業直後、トンネル内にいないはずの列車がいるという誤った信号が出され、列車が緊急停止したことがある。原因は在来線と新幹線のレールの細いすき間に金属片が挟まって通電したことにある。想定外のトラブルだった。JR北海道はその対策として在来線レールと新幹線レールの間に絶縁板を設置した。こうした作業も短い保守時間に行われる。青函トンネル内の保守作業は全国で最も難易度が高いといっても過言ではない。

大規模改修が避けられず

青函トンネルは本線として使われる本坑のほかに、本坑に先駆けて掘削し地質や出水を調査し施工方法を検討した先進導坑、そして本坑と並行して設置され機械や資材を運んだ作業坑がある。現在、先進導坑は排水と換気のために、作業坑は保守用通路として用いられている。これらの保守作業もJR北海道が行っている。


ケーブルカーで降りた先の青函トンネル最深部には、しみ出した地下水がたまっていた(記者撮影)

トンネル完成から30年、建設開始から数えれば半世紀近く経った箇所もある。昨年2月には先進導坑の壁に変状が見つかった。トンネル周囲の地盤からの強い圧力で、トンネル内部の断面積がわずかに縮小したのだ。すぐにトンネルの補強工事を行ったが、頑丈に造られている本坑でも今後は、大規模な改修が必要になってくる。

トンネル内には大量の地下水がしみ出している。水は高い所から低い所に流れるという性質を利用して、本坑や作業坑の水は先進導坑を通してトンネル最深部に設置された計3カ所の排水基地に集められ、ポンプを使って地上に排出される。この排水ポンプもすでに更新が始まっている。

三線軌条という複雑な構造下での保守作業となるため、青函トンネルの維持管理費用はほかのトンネルよりも割高となる。鉄道運輸機構も負担しているが、JR北海道の負担総額は年間41億円にも達するという。経営の厳しい同社には決して軽い負担ではない。

青函トンネル区間の保守費用をめぐっては、JR北海道にとってもう1つ悩ましい問題がある。それはJR貨物(日本貨物鉄道)がJR北海道に支払う線路使用料の問題である。

JR貨物は全国の鉄道会社の線路上に貨物列車を走らせているため、鉄道各社に線路使用料を支払っている。JR各社に支払う使用料は最小限に抑えられ、保守作業に伴う人件費や設備投資は対象外だ。


青函トンネルでは貨物列車も走る(記者撮影)

北海道新幹線開業以降、青函トンネル区間の在来線は基本的にはJR貨物の列車しか走らない。にもかかわらず、在来線区間用分岐器のように、実質的に貨物列車にしか使われない設備の保守費用もJR北海道持ちだ。JR北海道の島田修社長は「当社が使わない設備の維持管理費まで当社が負担するのはおかしい。さすがに『これは払ってください』と申し上げている」と発言している。

スピードを出せない北海道新幹線

東北新幹線では最高時速320kmで疾走するE5系だが、青函トンネル区間では時速140kmまでしか出せない。高速走行する新幹線とすれ違う際の風圧で貨車が吹き飛ばされたり、脱線したりする可能性があるためとはいえ、新幹線規格の線路上で新幹線が本来の力を発揮できないというのは大いなる矛盾だ。

風圧を防ぐための防風壁の設置費用は1600億円と試算された。北海道新幹線・新青森―新函館北斗間の工事費5783億円を負担する国と自治体に追加負担の余裕はなかった。結局、青函トンネル区間では新幹線が速度を落として走行し、すれ違い時の風圧を最小限に抑えるということで決着した。安全性は確保されたが、所要時間は大幅に増えた。東京―新函館北斗間の最短所要時間は4時間2分。航空機から新幹線へ利用者をシフトさせる“4時間の壁”を破れないでいる。これが青函トンネルの泣きどころだ。

現在、国交省は北海道新幹線のスピードアップに向けて検討を重ねている。国交省としては、2019年春にもダイヤ改正に合わせて時速160kmへ引き上げたい考えだ。また、早朝などの特定時間、あるいは年末年始やお盆などの特定期間のみ時速200kmまで引き上げるといったアイデアも出されているが、抜本的な解決策とはとてもいえない。一方で貨物を新幹線に乗せて運ぶ貨物新幹線の導入、第2青函トンネルの建設といった抜本的な解決に向けた構想もあるが、資金的な制約から現実味に欠ける。

報道陣の前に姿を見せた新幹線は、およそ6〜7秒かけて目の前を通過したが、新幹線ならではのスピード感には欠けていた。保守作業現場の取材を終え立ち去ろうとしたとき、今度は貨物列車がやってきた。大量の貨車を引っ張り、悠然と走り去った。青函トンネル内を走る列車は新幹線が1日26本、貨物列車が1日最大51本。現在の青函トンネルの主役は貨物列車だ。

2030年度には北海道新幹線・新函館北斗―札幌間が開業する。そのとき、新幹線の本数をどこまで増やせるかは、どれだけスピードアップできるかに懸かっている。はたして新幹線は青函トンネルの主役の座を奪い返すことができるだろうか。