カーリング男子日本代表 両角友佑選手

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カーリング男子が、20年ぶりに冬季五輪への出場を決めた。女子は長野五輪から連続出場中で、「カー娘」との愛称もあるが、男子は存在自体が知られていない。平昌オリンピック出場を決めた日本代表の両角友佑選手に、仕事と競技の両立の苦労、そしてセカンドキャリアへの不安について聞いた。

――いきなり失礼な質問になってしまうのですが……。

【両角】はい。どうぞどうぞ。

――カーリングという競技において、女子チームが注目を集めることはあっても、男子チームにスポットが当たることはほとんどありませんでしたよね?

【両角】そうですね、残念ながら。「カーリングって、男子もあるの?」なんて言われてしまったり(笑)。一方、女子は1998年の長野オリンピック以来、毎回オリンピックの出場権を獲得していますから、相応に注目されますよね。

――女子チームのメンバーは、競技以外の部分でも「美人アスリート」的な扱いでたびたびメディアに取り上げられています。そういった女子の活躍を、男子の選手はどうご覧になっていたんですか?

【両角】僕自身、カーリングはマイナースポーツだと思っているので、有名にするには露出を増やしていかなきゃいけないですよね。なのに、男子はずっとオリンピックに出られていなかった。なんだかんだいって、マイナースポーツが脚光を浴びる場って、オリンピックしかないじゃないですか。いくら世界選手権で好成績を収めても……。

――世間的な関心は集まりにくいですね。

【両角】だから、もしそこで女子もオリンピック出場を逃していたら、カーリングという競技が忘れ去られてしまったかもしれない。そういう意味では、「カーリングをよく支えてくれた」なんて言うと偉そうですけど、個人的には女子の活躍はとてもありがたかったし、カーリング界にとってもすごくいいことだと思っていました。

■98年長野五輪から始まったカーリング人生

――そして今年4月、男子チームも長野以来20年ぶりのオリンピック出場が決定したわけですが、両角さんは中学1年生(13歳)のとき、長野オリンピックのカーリング競技をスタンドでご覧になっていたんですよね?

【両角】はい。主将の敦賀(信人)選手がリンク上で泣き崩れたシーンがすごく印象的だった、日本対アメリカの試合を弟の公佑(現・軽井沢SCメンバー)と一緒に見ていました。

――その翌年に両角さんは軽井沢中学のカーリング部に入部し、そこで現コーチの長岡はと美さんと出会い、現所属チームであるSC軽井沢クラブの母体となるチームを結成しています。なのではた目には、両角さんのキャリアがそのまま長野から平昌までの道のりに重なっているように見えます。

【両角】でも、98年当時、僕はルールも知らずにただ見ていただけですし、カーリングを始めて3〜4年はヘタクソでしたから。僕の競技歴は今年で20シーズン目になるんですけど、最初の10年はオリンピックなんて全然見えてなかったような気がします。

――逆にいえば、10シーズン目あたりからオリンピックを意識しだしたということですよね。何かきっかけがあったんですか?

【両角】ひとつは、2007年に、カナダのエドモントンで行われた世界選手権を見に行ったことですね。そこで初めて世界の強豪の試合を生で観戦して、僕らも彼らと同じ舞台で戦いたい、世界で勝てるカーリングを目指さなきゃいけないという思いが芽生えました。

――07年というと、ちょうど今のSC軽井沢クラブのメンバー(両角友佑、清水徹郎、山口剛史、両角公佑)がそろった年でもありますね。

【両角】そうですね。その07年から09年にかけて、僕らは日本カーリング選手権大会で3連覇しているので、やはりその頃から日本の代表であるという自覚も生まれましたし、09年に初めて世界選手権に出場したときは、それがより一層強くなっていました。

――両角さんのカーリング歴は今年で20シーズン目とのことでしたが、カーリングはアマチュアスポーツであり、選手のみなさんは競技で収入を得ているわけではない。つまりほかに仕事を持たれているわけですよね?

【両角】カーリングって、進学や就職のタイミングでやめる人がすごく多いスポーツなんですよ。女子の場合は、オリンピック連続出場中という実績もあり、中部電力カーリング部や北海道銀行フォルティウス、北見のロコ・ソラーレといった、企業のバックアップを受けてカーリングに専念できるチームがあります。一方、男子は露出も少なくスポンサーも付きにくいですから、競技を続けること自体が大変なんです。ただ、僕らはスポーツコミュニティー軽井沢クラブというNPO法人に就職することができて、そこで仕事もしつつカーリングにも集中できているので、すごくラッキーだったというか。

――特に苦労は感じていない?

【両角】うーん。今がんばってカーリングをやっているほかの男子チームに比べたら恵まれていますし、逆に女子の一部のトップチームと比べたら、苦労していると思います。でもSC軽井沢クラブは、少なくとも日本の男子チームの中では最もカーリングに時間を割けているチームでしょうね。

■オフシーズンは平日6時間事務仕事に従事

――具体的に、仕事とカーリングの練習の割合はどのような感じなのですか?

【両角】5月6月のオフシーズンは、子どもを保育園に送ってから9時前くらいに出社して、午後4時くらいからトレーニングして、19時には帰ります。だから実働時間はたぶん6時間くらいですね。シーズン中は練習量が増えるので、働く時間はもっと減ります。5年ほど前まではオンオフ問わず普通に8時間働いてたんですけど、最近は練習の時間をかなりとってもらえるようになって、大会前などはほとんど練習漬けですね。

――仕事はどんな内容なんですか? SC軽井沢クラブは、地元の方々へのスポーツ指導や、スポーツイベントを行うNPO法人ですよね。

【両角】就職してすぐの頃は、お年寄りに健康のための運動を指導するインストラクターや、一般の人にカーリングを教える業務についていました。今は事務所に移ったので、NPOの事務処理をしています。

――チームメンバーは全員、SC軽井沢で働いているんですか?

【両角】スポンサーであるタカサワマテリアルさんという建築資材販売企業で働いている人もいます。そちらのメンバーとは働いている時間帯が少しズレていて、練習時間が合わない時もあります。

――普段の練習はチームの全員がそろって行うんですか?

【両角】チーム練習は今は週に4回で、それ以外は個人練習がメインです。みんな、とにかく1投でも多く石を投げたいタイプなんですよね。例えば練習時間が2時間だった場合、4人集まって練習すると単純計算で1人あたり30分しか投げられない。だったら全員バラバラでも、1人で2時間みっちり投げたほうがいいんじゃないかって。

――男子チームは一般的に、個人練習がメインなんですか?

【両角】いや、うちは特殊でしょうね。たぶん、チーム練習を重視するチームは、「チーム全員が同じ質の石を投げよう」という考え方なんですよね。つまり、野球のピッチングでいう球威や、石の曲がるタイミングをみんなでそろえようとするわけです。でもうちの場合は、全員がバラバラの質の石を投げても、おのおのの投げる石の質が安定していて、かつ指示を出す人間がその質の違いを把握していれば試合で合わせられるっていう考え方なんですよ。だから個人練でしっかり投げ込んでもらって、そのお披露目を試合でするイメージですね。

――両角さんはこれまでそれなりに恵まれた環境でカーリングを続けてこられたとのことでしたが、一方で「カーリングはマイナースポーツ」であるとも言っていましたね。将来について不安はありませんか?

【両角】大いにあります(笑)。マイナースポーツゆえに、選手のセカンドキャリアについてのロールモデルがないので、僕自身の将来に関しても正直どうなるかわからない。

――引退した後のことは考えているんですか?両角

【両角】全然考えてないです。どこまで続けるかもわからないですし。年に10カ月のシーズン中は本当にカーリングだけの生活になるし、頭もそのことしか考えられなくて、将来のために動く暇もないので、怖いですけど忘れることにしています。僕らのチームはたまたま周りの人たちに支えてもらってここまでやってこれたので、今後もどうにかうまいこと転がっていくんじゃないかな、と(笑)。僕らが何かの前例を作って、後進のための環境を整えてあげたいとは思っています。ただ、後進の育成という面でも不安は絶えませんね。

■現役生活の長さゆえに世代交代が難しい

――それは指導者が不足しているからですか? であれば、両角さんのセカンドキャリアとして指導者という選択肢もあるのでは?

【両角】それが、カーリングは現役生活が長いんですよ。僕は今33歳で、仮に22年の北京オリンピックに出られるとしたら37歳、まだ現役バリバリの年齢です。その次も出られたら41歳なんですけど、僕が担っているスキップという、チームのみんなに指示を出すポジションは、45歳ぐらいまでは問題なくできる。むしろ経験が生きるポジションなんですよ。だからさらに次のオリンピックも視野に入れられるし、少なくともあと10年ちょっとは現役でいられる可能性が高い。

――なるほど。その間に下の世代に育ってもらわないと……。

【両角】世代交代に失敗してしまう。僕ら自身、真剣にカーリングを続けて10年がかりでやっとここまで来た。なので、僕が現役をあと10年続けてから指導者に転身しても、次のチームを育て上げるにはさらに10年を要するという、なかなか気の遠くなりそうな話になってしまうんですよね。

――それに加えて、指導者として食っていけるのかという問題もきっとありますよね?

【両角】あるでしょうね。カーリングのコーチが仕事として成立するなら、指導を買って出る経験者の人もきっといると思います。

――今回、平昌オリンピックに男女そろって出場することで、そういった側面にも光が当てられるといいですね。

【両角】そうですね。今のジュニアの子たち、あるいはオリンピックを見てカーリングを始めてみようと思ってくれた子たちが、その先も続けられるような環境に、少しずつでも変わっていけるように。翻って僕ら自身も、表彰台を狙える位置まで来ているという手応えはあるので、それを実現するために必要なことを2月までにやりきって本番に臨むつもりです。やっぱり、ここまでカーリングに集中できる環境を整えてもらってきたので、それに見合うだけの結果を出したいですね。

(カーリング選手 両角 友佑 構成=須藤 輝 撮影=丸山剛史)