昭和天皇の御調髪に使われた椅子も! 理容ミュージアムで日本の理容業の足跡を辿る

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世の中には「鉄道」、「マンガ」、「たばこと塩」……など、ユニークなテーマに特化したミュージアムが存在する。そんな中でも特にニッチな分野を扱うのが「理容ミュージアム」だろう。名前の通り、髪を切ったり、顔剃りをしたりする「理容業」にまつわる資料が展示されている。

理容ミュージアムを運営しているのは、「全国理容生活衛生同業組合連合会(以下、全理連)」。全国75,000軒の理容店のオーナーが加盟する組合だ。ミュージアムは、全理連の本拠地である代々木の「全理連ビル」4階にある。



実際に使用された実物資料を間近で鑑賞


筆者がミュージアムを訪れた際は、開館日にも関わらず入り口は閉ざされ、館内は消灯されていた。一見さんなら「臨時の休館日か……」と踵を返すところだが、ご安心を。これは、節電のために消灯しているだけで、入り口に設置されている内線電話で見学の旨を伝えると、開錠してくれるのだ。そのため、基本的には貸し切り状態で館内を見学できる。


この日は、特別に全理連広報担当の方が館内を案内してくれた。所蔵する資料は、おどろきの約2600点! そのうち、300点が展示されているという。館内に足を踏み入れるなり、視界に飛び込んでくるのは、中央スペースに鎮座する理容椅子の数々。どれも伸ばせば手が届く近さで鑑賞できる。


展示されている椅子の年代は、明治末期から、大正中期、昭和戦後まで、さまざま。時代を追うごとに、木製から金属製になったり、足を乗せる台が付いたり、技術が発展していく様子が見て取れる。


「これらの展示は、有志により寄贈されたもので、すべて実物資料です」(広報担当者)

子ども用の椅子は木馬型!
「現代には、クルマの形をした子ども用の理容椅子がありますが、木馬を模したものはその走りでしょうね」



「床屋」の起源は下関にあった


ミュージアムは、「理容のはじまり」、「文明開化と理容業」、「戦争の時代と理容業」、そして「理容のいま」のブースで構成され、理容の姿の移り変わりを解説している。

「理容のはじまり」にある展示パネルには「記録によれば、理容は古代エジプトに始まります」という、衝撃の一文が。広報さんも「理容って神事だったんですよ」と、スペクタクルなフレーズをさらりと発する。なんでも、エジプトがナイル川流域にされた頃(紀元前4000〜300年)には、鋭く磨いたかき殻などでヘアカットやシェービングが行われていたのだそう。


日本で理容が始まったのは、鎌倉時代。亀山天皇に仕えていた藤原基晴の三男、采女亮が髪結業の始祖だという。采女亮が山口県の下関に店をもち、店の床の間には、天皇をまつる祭壇があった。そこから「床の間のある店」といわれるようになり、次第に「床場」、「床屋」へと変化。なんと、「床屋」の起源は、下関にあったのだ。その事実を果たしてどれだけの下関住民が知っているのか……。


江戸時代の流行ヘアスタイル。江戸っ子たちは、「明星ヘアカタログ」の感覚で眺めていたのかもしれない。

「文明開化と理容業」以降は、展示資料も充実してくる。ショーケースには数多のちょんまげを刈ってきたであろう手動式バリカンが並ぶ。フランスから伝来した頃のバリカンは、一挺13円。ヘアカットの「刈込み」が6銭というから、かなりの高級品だ。


理容室でおなじみのマッサージ器も、かつては木製の手動式だった。手で揉んだほうが手っ取り早い気もする。



昭和天皇の御調髪に使われた椅子も


広報さんが「一番の目玉」とお勧めする展示が、昭和天皇の御調髪に使用されていた理容椅子! 天皇の御調髪は、代々宮内庁の侍従が担当していたが、昭和天皇の代からは、民間の理髪師である大場秀吉氏がその命を受けた。以来、御調髪は民間人に託されている。 年月を経った今でも革張りの背もたれはツヤを保ち、重厚感のある佇まい。理容椅子が設置されていた御理髪室の風景に、思いを馳せるのも楽しい。



「戦争の時代と理容業」ブースでは、戦渦における理容業の様子が紹介されている。男子就業禁止令に伴い、理容師たちも戦場に駆り出された。


戦時中の理容師向け雑誌の表紙は、当時推奨されていた「翼賛型髪型」。見出しには「勝つために理容も一役」とある。

こちらは近代に入ってからの「現代標準頭髪型」ポスター。


写真ではなくイラストを使っているあたりに時代を感じるが、なぜだか既視感のあるヘアスタイル。
「最近は、若い男性の間で、刈り上げた髪をポマードなどでなでつけるスタイルが流行っていますね。ニューヨークを皮切りに、バーバーが再び注目を集めています」



「理容のいま」ブースの一角では、「世界理美容技術選手権大会」での全理連ナショナルチームの功績を称えている。日本は総合優勝したこともあり、毎回上位に入賞しているそうだ。ショーケースには、1992年世界大会理容部門の金メダル(レプリカ)が。日本が誇れる理容技術を示した、ブースの最後をしめくくるに相応しい展示だ。


今回、紹介した展示資料はごく一部。映像資料も豊富なので、ゆっくり観て回れば1時間は楽しめる。ミュージアムを出る頃には、理容業への愛着がすっかり深くなっているはずだ。帰り際に、全理連ビル入り口にいる「バーバーくん」(理容店のイメージキャラクター)との記念撮影も忘れずに。



「理容ミュージアム」
所在地:東京都渋谷区代々木1-36-4 全理連ビル 4F
開館時間:10〜15時
休館日:土、日、祝祭日および年末年始
入館料:無料