数字以上に、おそらくは苦しんだ試合だったろう。

 4-6、6-1、6-4、6-4。試合時間は3時間2分。第1セットは取られたものの、2セット目以降のスコアラインを見れば盤石の勝利にも映るし、ラリーが続きやすいクレーということを考えれば、試合時間もそこまで長いものでもない。それでも試合後の錦織圭の口から漏れるのは、主に反省の弁だった。


初戦突破したものの反省の多かった試合だと語る錦織圭「ほぼ最後まで、なかなかやりたいようないいテニスができなかった」
「トップ選手に値しないようなミスがすごく多かった」
「最後のほうでは自分らしいプレーができたが、いかんせんリズムが作れなかった」

 それら「モヤモヤ」した心の手触りを認めたうえで、彼は再三「これから修正しなくてはいけない点は、いっぱいある」のだと言った。

 錦織がこの試合を通じてリズムを掴めなかった理由のひとつには、対戦相手のタナシ・コキナキス(オーストラリア)のプレースタイルや現状にもあった。196cmの恵まれた体躯を誇るオーストラリアの若者は、2015年末に肩を手術して以来ツアーを離れ、この1年半の間で戦った公式戦はリオ五輪と先週のリヨン大会初戦のわずか2試合。5セットマッチは実に1年9ヵ月ぶりで、「身体がフィットしていない」と本人が認めるほどにスタミナ面に不安を抱えていた。

 彼が置かれたそのような状況が、試合立ち上がりの猛攻と、イチかバチかのギャンブル的ショットにつながっていただろう。2年前に19歳にして上位勢を脅かし、69位まで達したコキナキスの武器は、角度のあるサーブと強烈なフォアハンド。それらを惜しみなく振るうコキナキスの攻撃性に、錦織は後手に回る局面が増えていった。しかも、時速200km/h超えのエースを決められたかと思えば、次の瞬間にはダブルフォルトが連発されるなど、展開が読みにくい。

 その傾向はストローク戦でも同様で、コーナーをえぐる強打もあれば、ミスショットも多く、なかなかラリーが続かない。その事実は、4本以下の短いラリーで決まったポイントが試合を通じて全体の74%も占めたことに表れる。今大会を控えた時点でストロークに課題を残し、「まだまだ修正すべき点はある」と言っていた錦織にとって、まともな打ち合いの少ない試合展開は決して望ましいものではなかった。

 それでも、第4セットでは軌道の高低差を活かして相手のリズムを崩し、機を見てトリガーを引くように強打を叩き込む攻めが多くみられたのは好材料。第3セットでは、先にブレークされながらも追いつき、終盤のワンチャンスを掴み取る勝負強さも発揮した。それら勝負の綾(あや)を読み取る感覚こそが、全仏直前に急きょジュネーブ大会に出てまで求めた「練習では得られることのない、試合の緊張感のなかで掴めるもの」だったはずだ。

 第1セットを落としたことや、相手に簡単にポイントを与えた点など「直さなくてはいけないところ」を列挙した錦織だが、手首のケガもあり、赤土での勝利が少ないなかで迎えた今大会では、勝ち上がりながら心技の微調整が必要なことは想定の範疇(はんちゅう)。その意味では、次に控える2回戦のジェレミー・シャルディー(フランス)戦は錦織の修正力を測るうえで格好の試金石となる。

 シャルディーもコキナキス同様に、コースの打ち分けに長けた高速サーブと、特に逆クロスで威力を発揮するフォアハンドの豪打が武器。その一方でミスが多く、当たり外れの時間帯がはっきりしている選手でもある。

 そしておそらく、次の試合で錦織を悩ます最大の要因となりえるのが、以前から「やりにくい」と苦手意識を抱くローランギャロスの観客だ。テニスを楽しむことにかけては世界有数のパリのファンだが、地元選手に向けられる声援はどこよりも熱く、対戦相手に向けられる意思は時に凶暴性をはらむ。現に錦織は過去2年、ここ全仏ではフランス人選手に進路を阻まれてきた。

 敵地で迎えるシャルディーとの一戦は不確定要素も多くなるが、過去の対戦成績は5勝2敗とリードし、特に2014年以降は4連勝中と地力では錦織が上回る。

 手のうちを知る人気選手を破ることで、視界はまたひとつ開けてくるはずだ。

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