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1日に何万人もの人を乗せて日本中・世界中の空を飛び交う飛行機には、乗客が預けた多くの荷物が一緒に載せられています。実際にカウンターで預けられた荷物がどのようにして飛行機用に積み込まれ、到着した空港で降ろされることになっているのか、そんな作業の様子を羽田空港にあるJALの現場で取材することができました。

◆JALの中ではどんなことが行われているのか

取材にあたり、現場の案内と説明をしていただいた株式会社 JALグランドサービス 総務部業務グループ主任の安田 秀明さん。安田さんもかつてはカーゴをさばく業務に携わっていたことがあり、今回はご自身の体験を絡めながらどのような作業が日々行われているのかを解説してもらいました。



羽田空港内にあるJALの国内線用荷さばき場に到着。現場には、カウンターから送られてきた荷物をのせて回る黒いベルトコンベア「ターンテーブル」がゆっくりと流れています。手前にはスーツケースが寝かせた状態で置かれていますが、これは立てた状態で置いておくと斜面を勝手に転がって行ってしまうことを防止する工夫の模様。



建屋の中に入ると、航空機用のコンテナがズラリと並んでいました。ここでは、ターンテーブルで運ばれてきた荷物を目的地別に振り分け、コンテナに積み込む作業が行われています。JALではこのようなターンテーブルを羽田空港の国内線だけでも合計6本を備えているとのこと。



荷物を詰めるコンテナ。この写真に写っている「AKN」タイプのコンテナは、高さ162cm×奥行き152cm×幅157+43cm(張出部)のサイズとなっており、底の部分にはフォークリフトで持ち上げるための穴が開いています。



コンテナの前には、「KMJ/熊本 629」というふうに、行き先地と便名が書かれたボードがぶら下げられており……



荷物にも同じ内容が書かれたタグが取り付けられています。まずはこれらの内容を照らし合わせて、積み込むべき正しいコンテナの場所で荷物を取り上げます。



そして、コンテナの前にはバーコードが貼り付けられたリスト「Baggage STUB Manifest」が貼り付けられており、正しい荷物が積み込まれているかをバーコードでチェックしながら作業が進められます。万が一、何らかの原因でカウンターから届かなかった場合でも、積み忘れや積み間違いを起こさない仕組みが取り入れられています。



コンテナと荷物のチェックが完了すると、バーコードを読み込むハンディスキャナーに「OK」の文字が表示され、荷物が正しいコンテナに積み込まれたことが確認されました。羽田空港では、このような荷物が通常だと1日あたり1万個、年末年始や夏休みの繁忙期になると最大で2万5000個ぐらいの取扱量になるそうです。



荷物を積み込む際には、ケースの素材や形状、重さなどをもとに最適な載せ方を判断しながら作業が行われるとのこと。積み方によっては飛行中の振動で荷物が崩れてしまうこともあり得るので、安全な輸送のためには重要な作業です。



まるでパズルのように隙間なく積み上げられた荷物。単にうまく積むだけでなく、飛行機の出発を遅らせないための迅速な作業が求められる部分でもあるそうです。



このコンテナの最上段には、灰色の輪行袋に入れられた自転車と見られる荷物も積み込まれていました。置き場所はもちろん全ての荷物の一番上。



決められた荷物が入ったら、コンテナのドアを閉めて……



「よいしょ」と押して専用のトレーラーに乗せていきます。コンテナが乗っているプラットホームには車輪が埋め込まれているので、荷物を積んだコンテナを一人で移動させることも可能とのこと。



そのままプラットホームの反対側まで移動させると……



その向こうには、コンテナを載せて移動させるためのトレーラーが待ち構えています。



トレーラーに載せられ、あとは飛行機に載せられる状態となったコンテナ。次からは、実際にコンテナや荷物を飛行機に積み込む様子を見ていきます。



飛行機の間近でコンテナの積み降ろしを見学

というわけで、実際に飛行機が停泊する駐機場「ランプ(またはエプロン)」に入ってコンテナが載せられるところを見に行きます。この日は快晴で、青空に飛行機の姿がよく映えます。



実際に飛行機のすぐ横まで近づくので、ランプに入る際にはこのような認識用のジャケットを着用する必要があります。



しばらく待っていると、一機の飛行機がこちらをめがけてタキシング(地上走行)してきました。



この飛行機は先ほど羽田空港に着陸したばかりのボーイング・767型機。これから乗客と荷物を降ろし、次の便の乗客と荷物を積み込んで、わずか50分後には次の目的地に向けて飛び立つ予定となっています。



駐機後、すぐに地上電源を接続して機体に電力を供給。同時に、アイドリングを続けていたジェットエンジンが停止されました。



そして機体下部のカーゴドアが開けられ、コンテナを降ろす作業(降載)が始まります。



同時に、機体後部のバルクカーゴ(バラ積み荷物)の降載も開始。こちらでは、「ベルトローダー」を使って一つずつ荷物が降ろされています。



荷物を降ろし終えたら、今度は次便の荷物の搭載を開始。先ほどトレーラーに乗せたコンテナを「トラクター」が引っ張って、機体の横まで運んできました。



ちなみにこのトレーラーは専用に開発されたもので、このコンパクトな車体でありながら車重はなんと3トン。ビックリするような重さですが、この重さがないと多い時には総重量で5トンを超えるというトレーラーの荷物をきちんと運ぶことができないのだそうです。



運転席の様子。運転には普通自動車運転免許が必要なほかに、社内で定められている資格と訓練を経てやっとドライバーとして仕事に就けるのだとか。



ペダルはアクセルとブレーキだけのオートマ仕様。満載の荷物を引っ張って時速15kmで走行することが可能ですが、荷物への影響を最小限にするために、ブレーキはあえて甘めに調整されているとのこと。そのため、常に一歩先を読んだ運転が求められるそうです。



シフトレバーは、乗用車とは違って手前側がバック・前方が前進のシフトポジションとなっています。



引っ張ってきたコンテナを機体に横付けし……



専用の「ハイリフトローダー」にのせ替え、機内へと搬入。



高さピッタリに作られているコンテナスペースにコンテナが運び込まれます。767-300型機の場合、機体前方の床下貨物室には8個のコンテナを収納することが可能とのこと。



ちなみに、コンテナスペースの床には電動の車輪があらかじめ据え付けられているので、力仕事はほぼ必要なし。作業スタッフは、ドア横のパネルの中にあるスイッチを操作してコンテナを機体の奥へと運んでいきます。



機体左舷側では、ベルトローダーを使って手荷物のバラ積みが行われています。ここで注目なのは、手荷物はコンテナから運び出されているということ。たとえコンテナに入れられずにバルクでバラ積みされる手荷物であっても、一度は荷さばきエリアでコンテナに入れられ、機側まで運ばれてから再び手作業で機内に搬入するという手順を踏むそうです。



高度にシステム化された作業内容であっても、最後はこのような人の手を使った作業が行われていることを目の当たりにして、当たり前と言えども新鮮な驚きを感じました。もちろん、作業を見学していても荷物が手荒に扱われるようなことはありませんでした。このことを安田さんに話すと、JALでは常に客の目線にたって「もし自分がお客様だったらどう思うか」を考えることで、適切な荷物の取扱いを心がけているとのことでした。

機体後部にもコンテナを収納可能。767-300型機は機体後部に7個のコンテナを収納できるので、1機あたり最大で15個のコンテナを積み込むことが可能とのこと。



トレーラーからコンテナを手作業でのせ替え……



ハイリフトローダーで機体の高さまで持ち上げます。



そしてそのままスポッと機内にコンテナを搬入。



全てのコンテナを積み終わったら、ハイリフトローダーを撤収して……



カーゴドアを閉めます。ドアのスイッチは作業員が手を上に伸ばしている辺りに内蔵されています。



ドアがピタッと閉まったことを確認して作業完了。全くの偶然でしたが、この機体は2017年3月に公開される「映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」のデザインを施した特別塗装機「JAL ドラえもんJET」でした。



荷物を積み込んでいるうちに、床上では乗客の搭乗が完了していたようです。離陸に向け、飛行機の前輪には機体を押し出す「トーイングカー」が接続され……



機体が押し出されて行きました。



トーイングカーが外され、滑走路に向けてタキシングを開始した767型機。地上誘導員や整備担当者が手を振る様子は、日本ならではの風景の一つ。



この機体はこれから、沖縄に向けて飛び立って行くところだそうです。屋根の上に取り付けられた丸い出っ張りは、機内Wi-Fiサービス用のアンテナでしょうか。



◆到着した荷物を乗客に返すための作業

荷物の積み込みを行っている間に、荷さばき場では預かっていた荷物を乗客に返却するための作業が行われていました。飛行機から降ろしたばかりのコンテナが次々に運ばれてきます。



荷さばき場の壁の真横に据え付けられたターンテーブルと便名を知らせるディスプレイ。このターンテーブルは壁の中を通り、飛行機を降りた乗客が預け荷物を受け取るあの場所へとつながっています。



コンテナを横付けして……



ドアを開けて作業を開始。



まず最初に置かれたのが、折り畳みコンテナの中に入れられた白いボックスが一つ。



これは、アッパークラスを利用した乗客の荷物。この他にも、機内持ち込みができなかったために貨物室に預かった荷物などが、まずはこのようにして返却されます。



そして次に、残りの荷物を流し始めました。



ターンテーブルに荷物をのせる様子を見ていて印象的だったのが、必ず取っ手の部分を手前に置き、さらに取り付けられているタグの位置を調整している様子。このひと手間を加えることで、流れてきた荷物を受け取る客がタグを確認しやすく、そして取り上げやすくなっているというわけです。これも「自分がお客様だったらどう思うか」を常に考えることで実践されている心づかいの部分だとか。特に日本の空港だと手荷物の取っ手がすべてこっち側を向いていると気づくことがありますが、その背後には、このような「JALの中の人」の細かな作業が隠されているというわけです。



柔らかいバッグを置く時なども「そっ」とのせる様子が印象的。



女性スタッフがスーツケースを持ち上げてターンテーブルにのせている光景も。この作業に限らず、あちこちで女性の姿を見かけたのも印象に残る部分でした。



時おり、このようにビニールに入れられた状態で流されている荷物も。この荷物は柔らかいリュックサックだったのですが、ベルトの部分が誤ってターンテーブルに巻き込まれてしまうことを防止するために、出発地の空港でビニール袋に入れて搭載されてきたものだとか。これは、トラブルを未然に防ぐことで、JALでいう「お客様の手荷物を、お預かりした状態のまま目的地まで届ける」ということを実現するための工夫だそうです。



この工夫はいろいろな形で行われており、例えば「白い荷物はビニール袋に入れ、運搬中の汚れを防止する」といったものや「雨の日は、返却前に全ての荷物の水滴を拭き取る」「ソフト系のバッグ類やベビーカーなどは、積み込みの際にほかの荷物の下敷きにならないように上にのせる」などのアイデアが取り入れられているそうです。

ターンテーブルの横に置かれているのは、乗り継ぎ便の客の手荷物。乗り継ぎの客がいる場合にはその情報が事前に現場に伝えられ、乗り継ぎ先の便の担当者を含むスタッフ全員が注意をしながら作業を行うとのこと。荷物には「TRANSFER」と書かれたタグが付けられており、すぐに判別できるようにもなっています。



一連の作業を取材して感じたのは、現場全体がいい意味でリラックスした作業が行われているという点でした。取材時はお昼過ぎの時間帯ということで比較的余裕のあるタイミングだったのですが、事前になんとなく予想していた「怒号が飛び交う」といった雰囲気は皆無で、全員が自分のペースを乱されることなく、確実に確認しながら作業を行っているという点が印象的でした。さすがに、朝夕のラッシュ時などはそれなりに張り詰めた緊張感が生まれるようですが、そんな状況でも「お客様にご迷惑をおかけしないように」というキーワードが常に最優先されるとのこと。日本の航空会社で感じることの多い細やかな気遣いや、ロストバゲージの少なさというのは、そういうスタッフ間の意思統一が図られているということが背景にあるようです。



今回の取材で対応してくださったJALグランドサービスの安田さんは、実は海外旅行した時に自分の荷物がなくなってしまうという経験をしたことがあるとのこと。やはりその時には非常に残念な思いをしたそうですが、そんな経験も「自分がお客様だったらどう思うか」というJALのサービスに活かされているそうです。