6月に施工された「ヘイトスピーチ防止法」。特定の人種や民族への差別を煽るための「ヘイトスピーチ」を制限するために制定されたこの法律について、キャスター・ジャーナリストの辛坊治郎さんは自身のメルマガ『辛坊治郎メールマガジン』で、朝日新聞に掲載された読者投稿の内容を例に挙げ、「危うい法律」だと指摘。「ヘイトスピーチ」防止法が将来的には権力による言論統制の出発点になる可能性があると、強い危惧を抱いているようです。

米軍関係者への「ヘイト」としか思えない朝日新聞の投書

終戦記念日の直前の8月11日、朝日新聞の読者投稿欄である「声」欄を読んでいて、戦慄しました。こんな投稿の掲載が、全国紙、それも日本を代表する日刊紙に許されていいんでしょうか?

投稿者は京都府に住む82歳の男性で、以下のような内容でした。

「緑と入日の美しい京都府最北端、京丹後市経ヶ岬に米軍の移動式早期警戒レーダー『Xバンドレーダー』が配備されることが私たちの地元に伝えられて3年半になる。日本国内2基目、近畿で唯一の日米地位協定に基づく基地。2014年からレーダーの本格運用が始まり、米軍関係者らも地元で暮らしている。

(中略)弾道ミサイルを探知するXバンドレーダーは稼働しているが少し前には沖縄県で、元米海兵隊員の米軍属の男による女性殺害・遺棄事件が起きた。私達住民は自分の事として憂慮している。私たちは日常的に、街中でもスーパーでも米軍関係者と出会っている。沖縄の事件の事を思うと怖い。

(中略)地域住民全体が安心して生活する権利を、確保するか否かの瀬戸際である。私も憂慮する市民の一人である。憂うべき現在の問題に、敢然と対処して行かねばならないと切実に思う。」

これって明らかに米軍関係者に対するヘイトスピーチでしょう。

アメリカで元軍属が凶悪事件を起こした事を引き合いに出して、米軍関係者を「怖い」って言うのは、誰がどう言いつくろっても間違いなく唾棄すべき差別です。例えば在日外国人が凶悪犯罪を起こしたからと言って、その外国人と同じ国籍の人に対して「身近にいるのが怖い」というのは間違いなくヘイトスピーチですよね。

だって、アメリカ元軍属の沖縄での強姦殺人(犯人は強姦については認めていないようですが、たぶんそうでしょう)と米軍の活動との間に直接的な因果関係はなく、「米軍関係者=凶悪な犯罪の恐れのある人々」と、百歩譲って個々の人間が思うのは個人の勝手ですが、その差別意識を新聞の投書欄に掲載するのは間違ってます。

これ程明らかな差別投稿を紙面に掲載する朝日新聞って、いったいどうなってるんでしょうか。

例えば、「北朝鮮が拉致という凶悪事件を起こした。近所に在日朝鮮人が住んでいるのが怖い」と投書したら誰でもこれがヘイトスピーチだと分かりますよね。でもこっちの方がさっきの投稿よりはまだ大分マシです。

なぜなら、北朝鮮の拉致は、北朝鮮政府自体がかかわっていたことが明らかになっていて、実際に朝鮮籍の在日の人が犯行に加担していたことが判明しています。つまり、この意味で「在日朝鮮人が怖い」という指摘については、全く根拠がない訳ではありません。

勿論、多くの朝鮮籍の在日の皆さんには北朝鮮の金王朝の所業について責任はなく、実際に凶悪な国家犯罪に直接加担したのはごくごく一部でしょうから、朝鮮籍の在日の皆さん全体を「怖い」と公的に指摘するのは差別だし、ヘイトです。ただし、在日朝鮮籍の皆さんの長年の献金で金政権が支えられてきたことは間違いなく、その責任については、どこかで検証が必要だとは感じていますけど。

話を元に戻すと、「拉致があったから朝鮮籍を持つ在日の人が怖い」と公然と口にするのはヘイトスピーチではあるものの、論理的に完全な間違いとは言えません。しかし、「元米軍属が強姦殺人事件を起こしたから在日米軍関係者が怖い」というのは、「一分の理」も無いヘイトスピーチです。

高齢男性がそう思い、それを新聞に投稿するのは言論の自由です。しかし、これを活字にして紙面に載せるのは全く次元の違う話です。朝日新聞には猛省を求めたいです。

こう考えると、先ごろの通常国会で成立したいわゆる「ヘイトスピーチ防止法」の危うさも分かります。なぜなら、朝日新聞の声欄担当者が正にそうであるように、「何がヘイトか」について絶対的な基準はない訳ですから、成立した法律に罰則など公権力行使に関わる条項が無いとはいえ、将来の運用いかんによっては、これが権力によって特定の言論活動を縛る出発点になる可能性が無い

とは言えません。

そもそもEU憲法草案をはじめヨーロッパの多くの国の憲法は「法律の範囲内での言論の自由」しか認めていないために、例えばドイツで、「街角で『ハイルヒットラー!』と叫ぶと犯罪」みたいな法律を作ることは可能ですが、日本の憲法第21条は、「法律の範囲内での言論の自由」を定めた大日本帝国憲法下で次々法律で言論が縛られて行った反省に立って、法律で規制できない完全な言論の自由を定めてますから、特定の言論を法律で縛ることはそもそも現行憲法上不可能なんです。

私はさっきの朝日新聞の投稿は、6月に施行された「ヘイトスピーチ防止法」に引っかかると確信しています。しかし朝日の担当者はそう思わなかったってことですよね。

ここがこの法律の恐ろしい所で、何がヘイトかはとても難しく、これを法律で規制出来るとすると、将来この法律が出発点になって、権力に都合の悪い言論が「ヘイトだ」と規制される可能性が生まれるんじゃないかと私は強く危惧しています。

image by: austinding / Shutterstock.com

 

辛坊治郎メールマガジン』より一部抜粋

著者/辛坊治郎

「FACT FACT FACT」をキーワードに、テレビや新聞では様々な事情によりお伝えしきれなかった「真実」を皆様にお伝えします。その「真実」を元に、辛坊治郎独自の切り口で様々な物の見方を提示していきたいと考えています。

≪無料サンプルはこちら≫

出典元:まぐまぐニュース!