純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

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 ドラえもんは便利だ。なんでも、なんとかしてくれる。しかし、そのせいで、のび太は永遠の小学四年生。意志薄弱、無気力怠惰。不幸な将来という運命はいまだに変わらず、ドラえもんは未来に戻ることもない。典型的な共依存だ。


 子供の問題ではない。むしろ出版社、そして、学校や教育産業の方が、のび太。最近の本屋や図書館の児童書のコーナーを見ると、びっくりする。ドラえもんだらけ。国語算数理科社会、英語に歴史に自然、スポーツ。ぜんぶマンガ。中はイラストだらけで、文章はスッカスカ。本が売れなくて困ってるんだ、どぉにかしてよぉ、ドラえもぉ〜ん、ってか。実際、ドラえもんに「学習」とつければ、なんでも、なんとか売れてしまうらしい。


 ドラえもんに限らない。幼稚園・保育園は、アンパンマン中毒。ミッキーと違って版権が緩いせいで、なにかと言うと、なんにでもアンパンマンを使う。運動会も、お遊戯会も、バスを待つ間もアンパンマン。イエス様や仏様よりアンパンマン。小学校の図書館は、ゾロリだらけ。プラネタリウムまで、ドラえもん、アンパンマンにコナン。大学や専門学校も、学生集めに四苦八苦しているところは、就職の見込みも立たないのに、すぐガキに受けそうな学科をでっちあげる。おまえら、みんな、のび太か?


 子供はハンバーグが大好き。それ以上に、ハンバーグは楽。作るのが安くて簡単。味をごまかして、野菜も混ぜ込める。困ったときの鉄板メニューだ。しかし、親なら、肉は硬くて、魚には骨があり、野菜は苦甘いことを教えていく義務がある。高くて、調理が面倒でも、なんとか肉や魚、野菜の味を教えていく義務がある。ハンバーグばかりでやりすごしていたら、子供がダメになる。いや、徹底的にダメにした方が、永遠に親離れできず、手元に置いておいて、カネづるにして、老後の世話もさせられ、その方が都合がいい?


 昔、1970年から、小学館では「入門百科シリーズ」を出していた。それが、バブルの終わり、1994年、207巻で息絶えた。学研では「ジュニアチャンピオンコース」。1971年から2000年くらいまでは売られていた。勉強も学習も知ったこっちゃない。野球に始まり、探偵入門、手品、世界の謎、占いやクッキング、超能力まで。著者たちも、いまにして思うと、けっこうなもので、学研『名探偵登場』なんか、モンキーパンチ本人が巻頭の「ホームズ対ルパン」を楽しんで書き下ろしていたりする。河出書房は、経営が青息吐息でも、「少年少女世界の文学」全24巻別2巻を世に送り出した。翻訳は、犬養道子や丸山才一、谷川俊太郎、福永武彦、イラストは岩崎ちひろや長新太などなど。これがおもしろくなかったわけがない。


 小学館は、2013年から、現代風のあか抜けたレイアウトに変え、「入門百科プラスシリーズ」を再開したが、それほど動きがいいようでもない。それでも、『女の子はじめます』『学校生活応援ブック』『めざせパティシエ』『ストリートダンス入門』など、かつてのシリーズでも無かったような分野にチャレンジしており、内容の評価は高い。


 マンガやアニメの黄金期があったのも、それ以前に、子供向けの生の世界文学全集があり、また、さまざまな分野の生の子供向け入門書があり、それらを読んで育ってきた世代がいたからこそ。その肉と魚と野菜を噛み砕いで、世界でも見たことがない、おもしろいものを生み出してきた。一方、マンガやアニメしか知らない、実体験の無い世代は、その焼き直し、どこかで見たことのあるような劣化コピーしか作れない。ハンバーグは、潰してもハンバーグしかできない。味もハンバーグのまま。


 本なんて、しょせん本だ。学校なんて、しょせん学校だ。本や学校を楽しく、なんて、まさにハンバーグ。つまらなくて、難しくて、面倒で、でも、それを読んで、そこで学んで、外に飛び出したとき、いままでできなかったことができ、自分自身が生き生きと活躍できる世界が見つけられる。それが本、それが学校じゃないのか。ドラえもんばかり買って与える親も親だ。親の仕事は、もう世話になんかならなくていい、と、子に言わせてこそ。本や学校も、アンパン中毒だの、ドラ漬け廃児だのを作って、永遠に喰いものにし続けるのではなく、きちんと子供たちが外で活躍できるようにする手助けをしてこそ。親も、出版社も、本屋や学校も、ドラえもん頼みの目先の手抜きやカネ儲けではなく、ほんとうに子供のためになることを自分自身の本来の仕事として、もっと真剣に考えようよ。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大 学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソ ン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)