横浜DeNAベイスターズ 久保 康友投手インタビュー「『盗塁させない』投手側の論理」

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 「盗塁」。その名の通り投手・バッテリーから「盗まない」と成立しないプレーである。ということは裏を返し投手側から見ると、盗塁を許さない術を持つことが自らを助け勝利へ近づく重要なかぎとなる。そこで今回は関大一高では1998年に春夏連続甲子園出場。社会人・パナソニック(現:パナソニック)で6年間を過ごした後プロの世界に飛び込み、千葉ロッテマリーンズで4年間、阪神タイガースで5年間を過ごし、現在は横浜DeNAベイスターズで右の大黒柱として君臨する久保 康友投手が登場。

 球界No1とも称される高速クイックなど、ランナーを釘付けさせることで右に出るもののいない職人右腕ならではの「盗塁させない」投手側の論理が今、明かされる。

高速クイックの秘訣は「最短の体重移動」、究極は「スナップスロー」

久保 康友投手(横浜DeNAベイスターズ)

「ランナーを背負った時の原則は『まずはセカンドでアウトを取る』。そのために打球への一歩目には気を付けていますし、その一環としてクイックも使っています」高校生にも分かりやすいように、ランナー一塁時に投手が行うべき大原則から話を進めてくれた久保投手。では、久保投手の代名詞とも言える高速クイック時の技術的ポイントとは?キーワードは「体重移動の距離」である。

「僕は最短で体重移動をしています。普通、右投手であれば軸が中央にあるところから始まり、一度右へ下げてから左へ移動していくわけですが、僕は軸を最初から左において回転させるだけ。少し逆回転してから投げるのではなく、そのまま投げるというイメージなんです」

 確かに。右投手が左に軸を置く投法であれば飛躍的に投球動作の開始からリリースまでの距離、かつ時間が短くなる。さらに久保投手は投球の常識を覆すような、しかし言われてみれば一理ある論理も加えてくれた。

「でも、体重移動をさせる方が実は技術力の高い投げ方なんですよ。僕の投げ方はキャッチボールで言えばスナップスロー。だから強さは出ない代わりに速さと精度は高くなる。逆に皆さんは強さを出したいがゆえにいったん引いて出す動作を入れる。となると技術力が必要になるんです。後ろに下げることによって生じた力をコントロールして投げるわけですから。だから、実は僕のやっている予備動作のない投球フォームはメチャメチャ簡単なんです。僕はそれしかやっていないんです」

 久保投手がこのような考え方を持ち始めたのは高校球児の皆さんと同じころ。「たまたま投手がいなくて、練習試合が2試合あったら1試合半は投げないといけないので、壊れないように投げていた」中で脱力の中でスピンの利いたボールの大切さを学び、パナソニック時代に軸の原理を考え始め、2004年にドラフト自由獲得枠で千葉ロッテマリーンズに入団して試合を重ねながら本格的に着手。成功と失敗を「人の何十倍もして」、成功例を集積する中で日々の生活を過ごしている。

「起床の時点で身体の重心を見て、通常からずれている場合は修正するのか、そのままでいいのかを、体を温めながら試合までに選択するんです」。ここまで来ると匠の世界であるが、「自分を知る、向き合う」部分では高校球児にも大いに参考になる話。「調子がいい時はいいときの発見があるし、悪い時も何かを探す作業をすると発見があります」。こう話す久保投手のつぶらな瞳は野球少年のそれだった。

[page_break:走者を走らせない考え方のコツは「入り込まないこと」]走者を走らせない考え方のコツは「入り込まないこと」

久保 康友投手(横浜DeNAベイスターズ)

 再び走者と投手との駆け引きの場へ戻ってみよう。走者が盗塁を決断できる判断材料の1つには「投手の癖」がある。一例をあげれば打者に投げる場合と、けん制をする場合の動作の違い。これを投手側に返すと、いかに癖を出さないかが重要になる。では、久保投手の場合は?ここにおける会話の柱は「意識の方向性」である。

「『走者を意識しないでおこう』と思っている時点でもう意識しているわけです。ですから、ランナーを目で見ておきながら意識は全然見ずにバッターにいっているとか、逆に打者に集中しているように見せて走者の動きをずっと見ているようなことが必要です」

 ここはもう少し説明を加えて頂こう。久保投手が指摘したのは練習と実戦、環境の違いに対する意識の振り分けについてである。「みんなが陥りがちなのは、集中しようとして一所懸命になって入り込んでしまう状態。技術練習では入り込んでいいんですが、実戦練習でそれをやると視野が狭くなって失敗するんです。ですから実戦では入り込まない状態を作って自分を俯瞰し、観察するんです」

 確かに技術練習と実戦練習で要求されることは異なる。さらに言えば毎日練習しているグラウンドのブルペンとマウンド、試合会場でのブルペンとマウンドは環境が全く違う。そのような違いに適応するには様々な引き出しを持って感覚を研ぎ澄まさないと実戦で力を発揮できない。

 久保投手は「試合で走者を背負った時に『練習のようにできるかなあ』と思いながらやって、そこを全て記憶して経験として積み重ねる。配球もここに投げなればいけないでなく、ここにさえ投げればいい」スタイルだが、これは人それぞれだろう。となれば走者も自分を知って、試合で自分を実験台にし、久保投手が言うように「力みでなく、力を発揮できるように」方法を客観視できれば、入り込んでいる投手の癖もきっと見抜けるはずだ。

[page_break:けん制の「3要素」、そしてグラブにもこだわる / 成長のために「一歩目」を仕掛けよう]けん制の「3要素」、そしてグラブにもこだわる

久保 康友投手(横浜DeNAベイスターズ)

 このようにここまではメンタル的な話が多くを占めた久保投手。では、技術面ではどのような気遣いがあるのだろうか?1つ、けん制について聴いてみると最初に「力を抜く、最短で動く、リズム」の3要素をあげ、「ここに脚と腕がついてくるかです」と素早いステップを踏みながら説明する。

 ただ、実際の試合に入ると、昨年までは久保投手がけん制をするシーンはほとんどない。ここまで見て頂いた読者の皆さんなら理解できると思うが、久保投手の場合はクイック・けん制全てのクオリティが高いゆえに、NPBレベルですら盗塁を仕掛けてこないのだ。そしてもう1つ。久保選手はとっておきの話を披露してくれた。「阪神タイガースの赤星 憲広さんが一塁ランナーに出たとき大きくリードを取ったので、どう仕掛けてくるかと思ってクイックで投げたら、次からは大きくリードを取らなくなったんです。その理由をあとで直接聴いたら『投球の間が一定でない』と言われたんです」

 このように全ての観点から「走らせない」を追究している久保 康友投手。もちろん、用具面でも強いこだわりがある。グラブが最も特徴的。手首などの癖が走者・打者から見えないようにあえて「自分の一番いい大きさより少し大きめ」。色もナイターの光線を利用した握りを隠すための黒である。加えて固さも投球時にグラブを一度開き、閉じながらリリースまで達する久保投手の投げ方に合わせ、横閉じの柔らかな素材が使われている。「アンダーシャツも使って癖を隠すこともやっています」。これがプロの業である。

成長のために「一歩目」を仕掛けよう

 かくして改めて横浜の精密機械の凄みを見せてもらった今回の久保 康友投手インタビュー。テーマになっている「盗塁」を志す高校球児へのアドバイスも投球同様に細やか、かつ優しい。「盗塁をする以上100%セーフになることはないわけですし、逆に100%アウトになるわけでもない。盗塁したら捕手が悪送球をするかもしれない。もっとチャレンジしていいと思うんです。仕掛けないと自分が成長できないし、失敗しても必ず後々のためになります。10回失敗して覚える人もいれば、20回失敗して覚える人もいる。そこは能力の差ですから仕方がない一方で、一歩目の何かを仕掛けなければデータは出せないんです。とりあえず、やってみてください」

 もちろん、そのチャレンジはパ・リーグ新人王で始まった2005年からプロ12シーズン目を迎える自らにも。「プロ入りからずっと目標にしている『今の自分を超える』ことを継続していきます」アレックス・ラミレス新監督の下、1998年以来、18年ぶりのセ・リーグ優勝・日本一を目指す横浜DeNAベイスターズ。そのマウンドには今季も成長への一歩目を切る久保 康友の姿が必ずあるはずだ。

(インタビュー・文/寺下 友徳)

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