本田圭佑にも影響。イタリア人記者が暴露するミラン補強失敗の舞台裏
クリスティアーノ・ルイウ●取材・文 text by Cristiano Ruiu 宮崎隆司●翻訳 translation by Miyazaki Takashi
9月13日、公式戦通算215試合目となったミラノ・ダービー『インテルvsミラン』で、ミランは0-1で敗戦。この結果を受け、イタリア国内はもとより国外のメディアでも「戦犯」として本田圭佑が苛烈な批判に晒されている。そのミランについて、現地の番記者がクラブの内情と、本田の置かれた立場を分析した。
ミランの「背番号10」の宿命として、本田がほかの選手とは異なる責務を負うのは確かだが、約1年半ミランでプレーする本田の実力を今は誰もが知っている。端的に言えば、ダービーのような大一番で試合を決するような活躍を、あるいはシーズンを通してチームを牽引していくような力強さを、大半のミラニスタ(ミランのティフォージ)は現10番に期待していない。
ここ数年のミランが低迷の度合いを深めていくなかにあって、本田は"並みのチーム"となったクラブの象徴的な存在になってしまっているともいえる。
ただし、1試合の出来不出来をもって「本田には局面を打開する個の力が欠けている」などと評するのは論外だろう。チームとは、11の個が集積してその体をなす。そして本田は、ほかの選手と同じように組織の一角を占めるひとつの駒である。
ミランの弱体化について着目すべきは本田の出来不出来ではなく、なぜこれほどまでにミランが組織(チーム全体)として機能しないのかという点であり、その答えは簡潔にして明瞭だ。
戦略なきメルカート(選手移籍市場)、いや、失敗したメルカート戦略の結果と言うべきか。今夏のミランの移籍市場における動きは、文字どおり混迷を極めていた。
まずは監督人事。当初はアントニオ・コンテ(現イタリア代表監督。前ユベントス監督)の就任がほぼ100%の確率で決まるとされていたがこれに失敗した。続いて"ミスター・ビー"(タイの実業家ビー・タエチャウボル氏)が「運んでくる」とされた4億8000万ユーロ(株式48%の買収額)は、移籍市場が締め切られる8月31日までに到着しなかった。そして、これにより約束されていたはずのMFコンドグビアとFWジャクソン・マルティネスの獲得は夢と消えた。
※コンドグビアはインテルへ移籍。ジャクソン・マルティネスはアトレティコ・マドリードへ移籍した。
強化担当であるガッリアーニは、その失態を挽回すべくMFベルトラッチを獲り、ジャクソン・マルティネスに代わるFWとしてFWカルロス・バッカを手にし、加えてFWルイス・アドリアーノとDFロマニョーリも獲得。だが、この超一流ではない4人の獲得に費やした額だけですでに8000万ユーロ(約108億円)に達している。
問題は、これほどの資金を投じておきながら、そこに「いかなる戦術を柱とするのか」という最も重要なピッチ上の戦略が見事に欠落していることだ。今季開幕からの3戦の結果が物語るように、上記4選手はいずれも個々の実力は一定のレベルにあるとはいえ、チームの柱にはなり得えない。
もちろん、その事実をガッリアーニと側近たちが知らないはずはなく、現に8000万ユーロという巨額の投資は、そのすべてがひとりのある超大物選手の獲得を前提に進められていた。そして、その超大物の獲得は7月の時点ですでに確定していた。8月に入っても、ガッリアーニと側近たちのみならず、オーナーであるベルルスコーニもその超大物の獲得を確信していたのだ。
だが、8月中旬に状況は一変した。ミランの親会社「フィニンベスト」が、ミスター・ビーからの4億8000万ユーロの行方が定かでないことなどを理由に、契約の詳細(年俸1500万ユーロの3年契約)まで確定していた超大物獲得に「待った」をかけたのだ。
今夏のメルカート(移籍市場)で「フィニンベスト」はガッリアーニに補強を白紙委任しておきながら、である。昨シーズンも再三述べてきた「現ミラン内部、フロント体制の混乱・不協和音」を象徴する出来事といえる。
獲得が確定していた超大物とは、ズラタン・イブラヒモビッチ(パリSG)だ。セリエAの勢力図を劇的に変えることのできる選手であり、元ユベントスGMのルチアーノ・モッジが「たったひとりで勝ち点40に値する」とまで言ったFWである。そのイブラヒモビッチの獲得が、今夏のミランの補強戦略の柱であった。
強化策の構図はいたってシンプルだ。FWイブラヒモビッチを中心にチームを作る。そして、今夏の移籍市場で新加入した選手たちはもちろん、本田ら現有戦力もイブラヒモビッチに"仕える"ことで活かされ、真価を発揮する。
そして来季のチャンピオンズリーグ出場権(リーグ3位以上)を得ることで投資を回収し、次なる補強を進めていく。
これが昨季終了と同時に描かれた戦略だったが、寸前にまで漕ぎ着けていたイブラヒモビッチ獲得交渉は、あろうことかクラブ内部の反ガッリアーニ派によって潰される格好となった。
この「イブラヒモビッチ復帰」の情報を6月につかんでいた筆者は、だからこそ次のように繰り返してきた。『イブラヒモビッチ擁するミランはスクデット(リーグ制覇)候補の筆頭に躍り出る。だが、イブラヒモビッチなきミランは、昨季と同様、並のチームでしかない』。
もちろん、ミハイロビッチ監督が固い結束を誇るチームをつくりあげる可能性もゼロではない。だが、残念ながら「イブラヒモビッチのいないミランは並のチームである」という見立てに誤りはなさそうである。
今季第1節、アウェーでのフィオレンティーナ戦。ベルトラッチ、デ・ヨング、ボナヴェントゥーラからなる中盤で臨んだミランは、「高いDFライン」の設定を戦術の基本としたが、案の定まったく機能せず、敵に何度も決定機を与え、敗れるべくして敗れた。
続く第2節、ホームでの一戦。地方クラブのエンポリを相手に勝ったとはいえ、サッカーの質では圧倒されていた。これも昨季と変わらぬ光景だ。特筆すべきは、この試合でミランが中盤の構成を変え、トップ下に本田ではなくスソを起用した点だ。これは、今のミランに明確な戦術プランが決定的に欠けていることを意味する。
そして迎えた第3節のミラノ・ダービー。再び戦術の要衝である中盤とトップ下を入れ替え、8000万ユーロもの資金による補強メンバーを擁し、ミランは文字通り死力を尽くして戦ったがインテルに勝てなかった。
上位進出(CL出場権獲得)の可能性は限りなくゼロに近いと目されるなかで、ミランは昨季の「10位」を上回ることができるのか。現状では、その総合力はローマ、インテル、ユベントス、フィオレンティーナ、ナポリ、ラツォオに次ぐ7位グループに属するといったところだろう。
もっとも欠けている要素、つまり最大の問題は"攻撃面のクオリティの欠如"だ。ミハイロビッチ監督はダービー直後の会見でこう述べている。
「メネズの復帰を待ちたい」
FWメネズはトップ下もこなせる選手である。ただ、メネズはダービーのつい10日前まで完全に戦力外とされていた選手でもあるのだが......。
いずれにせよ、今季もまたミランは混乱し続け、クラブ首脳たちは反目を続ける。
ダービーの前に催されたミランのチームイベントは、ガッリアーニに対する猛烈な抗議の場と化し、オーナーのベルルスコーニの娘であるバルバラ(「フィニンベスト」社顧問)は、抗議するティフォージたちに向かって明るくこう挨拶した。『今日この場に集まってくれてありがとう!』。クラブの首脳たちが、不毛な権力闘争を続けるミランが勝てると考えるほうがどうかしている。そして、失敗した補強戦略により作られたチームは、昨季と同じように苦戦を強いられるだろう。
問題の核心は10番・本田の『個の力』ではない。今ある課題を克服しようとするのであれば、まずはベースとなる戦術を確立させることが必要不可欠だ。
そのなかで本田は、下位クラブとの対戦で起用される機会が多くなることが予想される。第3節を終えた時点で、「メネズの復帰を待ちたい」という言葉の意味を考えるまでもなく、ミハイロビッチが本田を評価していないことは確かだ。本田はひとつひとつのチャンスをモノにしていくしかない。