30歳前後で月給10万 どうやって食べていくんですか<br />――棗一郎弁護士インタビュー(上)
正規社員から非正規社員への流れが進んでいる。派遣や請負、さらには日々ネットカフェでその日の職を探す人が増加し、最近では、24時間営業のファーストフード店で夜を過ごす若者まで登場してきたといわれる。若者に過酷な状況を強いるのは何なのか、そしてそこから抜け出すことはできるのか。日本労働弁護団事務局次長の棗一郎弁護士に話を聞いた。
――フリーターや非正規社員などからの相談を通じてわかる、今の若者の現状とはどのようなものでしょうか。
私はフリーター全般労組、個人加盟のユニオンなどを通じてフリーターの人々と付き合うようになりました。実態は労働者派遣なのに、請負契約を装うことで企業が雇用責任を免れる偽装請負、偽装雇用の事件を担当してますけど、その部分の若者の現状が一番ひどいですよね。日本は何でこんなになっちゃったのかなってぐらい…。ちゃんと雇用関係になっていないで、月に10万〜15万円とか手取りでもらって、どうやって食べてるのかな、と。しかし、それでも安定した職がある人はまだ「マシ」で、スポット派遣といったもの広がっています。数百万人のフリーターとか日々雇用・短期派遣の人たちの実態が一番ひどいにもかかわらず、我々弁護士のところにはなかなか相談に来ないんですよね。というのも、彼らはお金を持っていないですから。行こうと思ってもできないんです。相談だけなら無料のコーナーがあるので、是非利用してほしい。
労災保険もなく、怪我したらそれで終わり
――偽装請負、偽装雇用の事件の実態とはどのようなものなのでしょうか。
雇用関係というのは、労働契約をちゃんと結んで、労働基準法を適用されて、労働保険・社会保険にも入って、源泉されなきゃいけない。しかし、本来そうしないといけない関係であるのにもかかわらず、紙切れ一枚で「今日からお前は業務委託契約だ」と言われて、業務委託契約書にサインさせられてしまいます。いまの人集めのやり方は、ほんとに巧妙であくどくて、ネットなどでアルバイトを募集して、アルバイトして使えそうな人を社員に引き上げるんですが、そのとき「業務委託契約だよ」と言って、形式的にサインさせる。労働基準監督署に持っていけば、そんなの通用するわけがないんですけどね。
――保険はどうなっているのですか?
労災保険もなく、仕事中に怪我したらそれで終わりだし、雇用保険もない。解雇されて、それでもう終わり。健康保険もない。勝手に国民健康保険にでも入れって感じです。賃金も決まった額しか払われないで、残業手当ももちろんくれるわけない。月の残業時間が100時間とか150時間とかでもね。ひどい場合はもっと残業時間がある。弁護士として代理人に就けば、その残業時間を計算して企業に請求をしますが、法的紛争にまで至るケースはなかなかありません。組合などが何とかして組織化しようとしていますけど、まだまだというのが現状です。
好きこのんで非正規で不安定雇用を望む人がいるか
――若者が好きなときに働きたいということから「非正規」という選択を取っているという議論もありましたが。
誰が好きこのんで非正規で不安定雇用を望む人がいますか。文句を言えば、解雇されちゃうんですよ。賃金は安いし、社会保険も労働保険もない、いつ解雇されるかわからない。もちろん、プラプラしている人もいるでしょうけど、30歳前後にして月給10万でどうやって食べていくんですか、家族を作っていくんですか、また、結婚したり、家を手に入れたりるんですか。普通に考えればいるわけないじゃないですか。
――ほとんどの企業はバブル以来最高益を達成しているなか、どうして多くの企業は非正規雇用を多く導入し、偽装請負や偽装雇用などを止めないんでしょうか。
それは人件費コストを抑制したいからからだと思います。パートから正社員に引き上げる雇用政策をユニクロやイオンなど、一部の企業で導入しています。しかし、多くの企業は、すべての社員を正社員として抱え込むのは無理だと考えている。そこにあるのは、きちんと会社が雇用保証する一部のエリートと技術職を除いて、景気の変動や業績に応じて臨機応変に人を調整したいという、ストレートな願望ですよね。この流れは変わらないでしょうね。
――フリーターを含めた「非正規」のなかで苦しむ若者たち、彼らはどうしたら社会復帰できるのでしょうか。
偽装請負をしている人は、法的には、派遣として雇用しなければいけないので、適法に直させるように交渉すると言う方法があります。また、派遣も3年以上働かせている場合は直接雇用しなきゃいけない。(企業に)その申し入れをしていくと言うことでかなりの部分が救われると思います。業務請負も実質的な雇用関係にするなどの法的な解決の仕方がある。ただ、純粋な派遣社員や日々雇用派遣、短期細切れの派遣は難しいです。そこは、法的に規制するしかない。いまは、彼らを救う政策が求められています。
※資料「手で破れ」と命令され 5日間で腱鞘炎になる陰湿――棗一郎弁護士インタビュー(下)
棗一郎(なつめいちろう)プロフィール
長崎県出身。中央大学法学部法律学科卒業。1997年弁護士登録。日本労働弁護団事務局次長、日本弁護士連合会労働法制委員会事務局長次長。