「世界に通用するマンガ家を輩出する」とトキワ荘プロジェクトに期待を込める山本。(撮影:東雲吾衣)

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「世界に通用するマンガ家がこのトキワ荘から生まれる。そんな幸せはないじゃないですか」。山本繁(28)は自身を「才能を見つけ出して育てる」“編集者”に例え、プロジェクトの最終目標を語る。NPO「コトバノアトリエ」の代表で、8月から本格始動した「トキワ荘プロジェクト」の生みの親。「地方出身のマンガ家志望の若者たちに、夢を叶えるチャンスを与えたい」―。山本の口からよどみなく語られる夢やアイディアは、マンガ家のタマゴ3人による共同生活の始まりによって、現実のものとしてスタートを切った。

 「コトバノアトリエ」は、山本が慶応大学を卒業すると同時、2002年に設立。「すべての人間が創造的、挑戦的に生きていける社会環境を作る」という目標を掲げ、これまで6つの事業を立ち上げた。その中のひとつ「トキワ荘プロジェクト」は、地方出身のマンガ家志望の若者たちに都内の一軒家を提供し、共同生活の中で切磋琢磨(せっさたくま)しながらデビューを目指してもらおうというもの。1955年頃、藤子不二雄や石ノ森章太郎ら有名マンガ家たちが無名の時代に住み集った「トキワ荘」(豊島区南長崎)がモデルだ。

 一般的に門戸が狭いといわれているマンガ家への道。マンガ家やアニメーターを養成する専門学校を卒業しても、希望通りの職業に就ける生徒はほとんどいないという。多くが、描くこととは無関係の企業に就職するか、フリーターやニートなどの道を選ばざるを得ないのが現実だ。

 「ちょっとしたチャンスやラッキーと出会えるだけで、多くの若者がもっと頑張れる社会になると思うんですよね」、山本は身を乗り出しながら、「ニート」「フリーター」への独自の支援方法を熱く語った。ニートや不登校の若者と話をする中で、彼らの多くがクリエーティブな職業に興味を持っていることを知ったという。その一方で、そのような職業に就くための就労支援はほとんど行われていない。彼らが夢に近づくためのチャンスやラッキーを与えたい―、そんな思いが「コトバノアトリエ」を立ち上げる原動力になった。

 「地方だとマンガ家やクリエーターという夢を叶えるチャンスが少ない。すばらしい才能と技術があるのに、東京生まれならチャンスがいっぱいあって、地方出身なら少ないという社会はおかしい」。山本は「トキワ荘プロジェクト」の背景にある問題意識をこう説明する。また、演劇に打ち込んでいた時代、睡眠時間を削り、週に5日アルバイトをしながら役者を目指す仲間たちを見て「金銭面で負担が減れば、アルバイトを減らし、好きなことに打ち込める時間が増えるのに」と感じていたことが背中を押した。

 築後20年、木造2階建てのトキワ荘の家賃は1カ月4万5000円。敷金・礼金なし、水道光熱費込みの値段だ。1500冊をこえるマンガや書籍も、備品として取りそろえられている。仙台や北海道などから上京してきた女性が3人、8月に入居した。

 同プロジェクトは、都内で格安の寮を提供するほかに、編集者への紹介や、マンガを描く仕事の斡旋(あっせん)なども行う。トキワ荘に住むことができる期間は1年間。「この1年で、成功への気流に乗ってほしい」と期待を込めながらも、「365日、マンガのことだけをとことん考え、努力してもらう」と甘えを許さない山本の態度は厳しい。

 山本が3人を選んだ基準は「本気でマンガ家になりたいのか。それだけ」。トキワ荘のことは、お気に入りのマンガになぞらえ「強い敵を倒すために365日、厳しい修行だけをして過ごす『精神と時の部屋』」と表現する。当面の目標は、1年目のメンバーの中から1人でもデビューを果たしてもらうことだが、いずれは「第2、第3のトキワ荘を立ち上げる。そこから世界に通用するマンガ家を輩出する」。マンガ家のタマゴたちを見守る“編集者”の目は期待に輝いている。(つづく

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