学歴の逆詐称が問題になっています(写真:freeangle/PIXTA)

神戸市経済観光局の男性事務職員が最終学歴を詐称して採用されていたことを理由に、懲戒免職処分(民間企業の懲戒解雇処分に相当)を受けたと報道されました。

神戸市は11月26日、最終学歴を詐称したとして、経済観光局の男性事務職員(63)を懲戒免職にしたと、発表した。大学を卒業していたのに採用試験の際に履歴書には高卒と記載し、高卒以下に限定されている区分を受験して合格し、1980年5月から勤務していた。(「神戸新聞NEXT」2018年11月26日)

この報道を聞いて「処分が重すぎるのではないか」と感じた方も少なくないのではないでしょうか。

40年近く前の学歴詐称は時効か

学歴を詐称したといっても、「高卒を大卒」ではなく、「大卒を高卒」と低い学歴で詐称したのですし、38年間勤務をしてきた実績もあるわけですから、40年近く前の学歴詐称は、世俗的な言い方をすれば「時効」と考える余地もありそうです。

実際、過去の判例を見ても、学歴詐称を理由に行われた解雇を、解雇権の濫用であるとして無効にしたものもあります。

そこで、本稿では、どのような場合に学歴詐称による解雇が有効になるのかということの整理と、今回の神戸市職員の事例を当てはめ裁判で争った場合に、懲戒免職処分は合法になりそうか、ということについて検証をしてみたいと思います。

まず、学歴詐称による解雇が有効になるか無効になるかの基準を整理します。過去の判例等を整理すると3つの観点から判断基準を挙げることができます。

第1は、学歴を採用基準にしていたかどうかです。

そもそも学歴を採用基準としていない場合は、履歴書に書かれた学歴が偽りであったとしても、解雇をすることは難しいと考えられます。履歴書にうそを書いたことで使用者との信頼関係が失われたとして何らかの懲戒処分を科すことは可能ですが、解雇に値するほどの「重要な経歴の詐称」とは言えないからです。

逆に、一定の学歴を採用基準としていた場合は、会社に採用の判断を誤らせたとして解雇が有効になる可能性が高まります。

解雇を無効と下した判例

過去の判例でも、裁判所は「労働者が使用者からそれら(学歴その他の資格)の申告を求められた場合には、労働者は、少なくともそのうちの重要な部分については、これを正確に申告する信義則上の義務を負うものというべきである」と判断しています。(スーパーバッグ事件 東京地判 1979年3月8日)

上記判例は、「高卒以下の学歴」を条件に工場のオペレーターの求人を出していたにかかわらず、短大卒の学歴を隠して入社したという、まさに今回の神戸市の職員と同じ「逆詐称」の事件だったのですが、この裁判では労働者の懲戒解雇が有効とされました。

これに対し、「学歴不問」の求人で大学中退を高卒と偽ったケースでは、裁判所は「採用条件については、特に大学在籍者は採用しない旨学歴の上限を画することはせず、むしろ「学歴不問」としたり、また下限についても必ずしも明確ではなかった。そして本件は、このような採用条件の不明確さが重要な場面で影響したと考えられる」として、解雇無効と判断をしました。(三愛作業事件 名古屋地決 1980年8月6日)

以上を勘案すると、少なくとも会社が一定の学歴を採用条件に求人を掲げている場合には、学歴を高く偽ったにせよ低く偽ったにせよ「学歴を偽ったこと自体」が信義則違反となり、使用者との信頼関係を失わせたとして、原則として懲戒解雇の対象になりうるということです。

第2は、企業秩序の維持に影響があったかということです。

採用段階で学歴を基準にしていたかにも密接に関連していますが、使用者は企業秩序の維持のために学歴を重視することが少なくありません。判例の判決文でも「企業秩序」というキーワードはよく使われています。

学歴を一定以上または一定以下で均質化させることで職場の人間関係を円滑に保つ」「上司との学歴の逆転現象により無用な摩擦を避ける」「社員教育のカリキュラムやキャリアプランが学歴別に最適になるように設計されている」、などの理由で、学歴の詐称は「企業秩序」という観点で見ると低い学歴を高く偽るだけでなく、高い学歴を低く偽ることも解雇事由となります。

学歴を偽ったことが企業秩序に実質的に影響がなかったという場合は、解雇無効とされることもあります。

この点、実例としては、大卒と高卒以下の学歴で、採用・労働条件・昇進・加入する労働組合に至るまで明確に学歴別の人事制度を敷いていた会社で、大卒者が高卒であると申告して入社をしたケースにおいて、裁判所は解雇を有効としました。(三菱金属鉱業事件 東京地裁 1971年11月25日)

これに対し、先ほどの「三愛作業事件」においては、学歴別の労務管理がされていたわけでもなく、判決文でも「職種が港湾作業という肉体労働であって学歴は二次的な位置づけである」として、経歴詐称自体は問題であるものの、解雇をしなければ企業秩序を維持できないほどのものではないとして、このことも解雇無効の判断の根拠の1つとなりました。

職種によってはアウト

第3は経歴詐称による顧客や社会に対する影響です。

企業が営んでいる事業内容によっては、学歴が重要な影響を及ぼす場合があります。学校の教師、塾の講師、経営コンサルタントなどは、指導を受ける顧客側にとっても本人の学歴は重要な判断要素になります。

実際の裁判においても、高校中退を高卒と偽って自動車学校に採用された指導員を、「自動車教習所は(中略)指導員の学歴もその職務についての適格性及び資質等を判断するうえで、重大な要素の一つであると認められる」として、学歴詐称で懲戒解雇したことを有効としている判例があります。(正興産業事件 浦和地裁川越支部決 1994年11月10日)

これら3つの観点を踏まえ、今回の神戸市経済観光局の男性事務職員の事例を考察してみましょう。

まず、第1の観点である学歴を採用基準にしていたかどうかについては、冒頭に引用した報道のとおり「大学を卒業していたのに採用試験の際に履歴書には高卒と記載し、高卒以下に限定されている区分を受験して合格」ということですから、学歴が採用基準になっていたことは明白です。

次に、第2の観点である企業秩序の維持に対する影響ですが、神戸市のホームページ内の「神戸市職員採用試験(選考)に関するQ&A」というコンテンツを見ると、「神戸市では、学歴別に採用試験を実施しており、大学院卒、大学卒の方は大学卒の区分で、高専・短大卒の方は高専・短大卒の区分で、高校卒(中卒含む)の方は高校卒の区分で受験していただきます。

したがって、大学卒の方が高専・短大卒、高校卒の試験を受験するなど、最終学歴と異なる学歴区分で受験することはできません。(A6)」という記載があります。

一方で「学歴等によって配属先が異なることはありません(例:一般行政の大学卒と高校卒で、配属や昇任の扱いについて差異はありません)。(A12)」と記載があり、採用後の人事制度に差がないのであれば、学歴詐称による企業秩序の維持に対する影響は小さいので、この点だけを取ってみると、懲戒解雇は不当なのではないかという理屈が成り立つ余地もありそうです。

しかし、懲戒解雇の決め手となるには、第3の観点である「経歴詐称による顧客や社会に対する影響」ではないでしょうか。

公共の職務であり、国民の納税によって運用されている公務員の採用試験で経歴の詐称が行われたこと自体が国民の公務員制度に対する信頼を失わせてしまいます。また、公共の職務であるからこそ学歴に応じて幅広くチャンスを与えようとしているにもかかわらず大卒者が高卒者の試験を受けることで高卒者のチャンスが奪われてしまうことになります。

「大は小を兼ねる」的な発想はNG

定年後の再雇用も含め38年間勤め続けたという実績が評価されないわけではもちろんありませんが、「一定期間隠し通せば、許される」という前例ができてしまっては、モラルハザードを誘発してしまう可能性も否定できません。

公務員の学歴詐称による懲戒免職の有効性が争われた過去の裁判例は、筆者の知る限りではなさそうですが、公務員の公共性を鑑み、民間企業以上における学歴詐称よりも厳しい判決が下ると予想されます。仮に今回懲戒免職となった神戸市の男性職員が神戸市を相手に訴訟をした場合、神戸市が勝訴する可能性が高いと考えられます。

このように、学歴の詐称によって採用されるということは、低い学歴を高く偽ることが問題となるだけでなく、高い学歴を低く偽ることも「大は小を兼ねる」的な発想で許されるということではないのです。

高い学歴を低く偽って採用された場合も、学歴を偽ったこと自体に対する信義則違反、企業秩序への影響、顧客や社会に対する影響などにより、発覚した場合には懲戒解雇、諭旨解雇、普通解雇のどれになるかは別として、解雇処分を下される可能性があるということです。懲戒解雇になった場合は、退職金を受け取る権利も原則としては失われます。

発覚を恐れながら仕事をするのは精神的にもつらいものがありますから、学歴は正しく申告したうえで採用試験を受けるようにしたいものです。