SOMPOホールディングスの本社が入る新宿のビル(撮影:今井康一)

SOMPOホールディングス(以下、SOMPOHD)は東京海上ホールディングス、MS&ADインシュアランスグループホールディングスと並ぶ3メガ損保の一角である。傘下に大手損保の損害保険ジャパン日本興亜、生保の損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険を擁しているが、最大の特徴は介護関連への独特な取り組みである。2015年にワタミから介護子会社「ワタミの介護」(現SOMPOケア)を買収。2016年にはメッセージ(同)の株式を公開買い付けした。
介護保険や認知症保険のみならず、介護施設の運営や在宅介護サービスの提供までを手がける損保会社は世界的にも珍しい。その仕掛け人こそがSOMPOHD取締役常務執行役員の奥村幹夫氏である。介護関連事業の予算や人事の権限を一手に有する「介護・ヘルスケア事業オーナー」の奥村氏に、介護施設運営など実業を損保会社が手がける狙いを聞いた。

――認知症保険を手がける保険会社が相次いています。しかし、「認知症は怖い」「お金がかかる」などとあおって保険加入を促すことが、認知症への偏見を助長しているのではないかと危惧します。

的を射ているというか、重たいご指摘ですね。「お客様第一」と言っておきながら、保険会社の理屈で物事を進めてきた部分は否定できないと思います。われわれが再認識しなくてはいけないことが「お客様ニーズの変化」。従来の「何かあったときに保険金を払いますよ」だけでは、十分にお応えできないと考えています。

私自身は介護ビジネスの経験は3年くらいですが、人口動態や家族構成の変化などもあり、認知症への漠とした不安が大きくなっていると感じています。そのことを正面から議論したり、ソリューションに取り組んだりする機会が少ないことが、認知症に対する偏見や差別を生んでいるのかもしれません。われわれ世代には偏見差別のない共生社会を作る責任があります。

軽度認知障害に対応した保険

――グループ企業である損保ジャパン日本興亜ひまわり生命では「リンククロス笑顔をまもる認知症保険」(以下、「認知症保険」)、損保ジャパン日本興亜では介護離職を防ぐ団体向けの「親子のちから」を販売しています。

従来、保険金が支払われるかどうかは認知症になるかならないかだったわけですが、その前段階であるMCI(Mild Cognitive Impairment=軽度認知障害)を、多くの人がチェックもしくは把握するメカニズムはないかと考えました。「認知症保険」はMCIで保険金を払うことで、そのトリガーになろうとしています。保険金を支払うためにはMCIという状態を把握する必要がある。それを組み込んだのが「認知症サポートSOMPO笑顔倶楽部」(以下、「笑顔倶楽部」)です。

――「笑顔倶楽部」とはどういうものですか。

認知症サポートプログラムです。「認知症保険」だけでなく「親子のちから」も含めた、保険を支えるプラットフォームのようなものです。「認知症に関する情報提供」「認知機能チェックツールの提供」「認知機能低下予防のサービス紹介」「介護関連サービスの紹介」という4つのコンセプトで構成されています。予防サービスは保険会社単独ではできないので、賛同をいただいている企業と提携しています。

――提携先を選ぶ基準は?

国立長寿医療研究センターと提携し、彼らの過去の知見をベースにさまざまなアドバイスをいただいています。その中で、これならリスクファクターの削減に寄与するだろうというサービスを持つ企業に入っていただいています。ただし、すべてのプラットフォームは進化していきます。SOMPOと提携するアカデミアの人たちとチェックしながら、当然、入れ替えや追加もあるだろうと思っています。

――「親子のちから」は、親が要介護状態に該当した場合の介護費用を補償する商品ですが、契約企業の従業員が任意で加入するものですね。この商品の開発意図は?

企業の人事や経営企画の人たちと意見交換をしていて、想像以上に従業員の介護離職に悩んでいらっしゃることがわかりました。会社を支えてもらわなければならない年齢になった頃に、親の介護に直面するわけですから。一方、個々の従業員からすれば、せっかく築いたキャリアをあきらめなければいけない。国の介護休業制度とは別に、どのような制度があれば介護離職が防止できるのかといったことを、幅広くディスカッションしてきました。今回はたまたま「親子のちから」という保険につながりましたが、保険とはかかわりなく、このようなご相談が増えています。

東京と大阪に企業内大学

――介護関連サービスについては、奥村さんご自身、介護・ヘルスケア事業のオーナーでいらっしゃるわけですが、オーナーという肩書の意味は?

海外では「君は創業者なのか」と勘違いされるのですが、人事権や経営リソースの分配の権限を委譲されているということです。ただし、結果だけは出しなさいと。

結果というのは、圧倒的品質によるブランドの構築です。認知症の人が社会から孤立するとか、家族と一緒に生活できないとか、尊厳が失われるとか、それらを防ぐために高品質なケアをご提供し、ご本人だけでなくご家族の負担も軽減していくということです。


奥村幹夫(おくむら・みきお)/1989年筑波大学体育専門学群卒、安田火災海上保険入社。2006年フィンテック グローバル入社。2017年より現職(撮影:梅谷秀司)

――高品質のケアを実現するためにどのようなことをしていますか。

われわれも「完全にできています」と胸を張って言える状況ではないのですが、1つはハード面。ウェアラブルをつければ遠隔で、あたかもフェース・トゥ・フェースのようなコミュニケーションがとれるとか、医療が受けられるとか、ドローンを使えば物を届けられるとか、さまざまな技術を使っていく。そういう技術を使いこなしながら、効率的で品質を落とさない介護のモデルを作る。

社員教育のために東京と大阪に企業内大学を作りました。2割くらいが毎年離職する業界ですから、教育投資は無駄だと言われることもあります。しかし、われわれが大きな図体で参入した以上、一定の品質が担保できるように採用と教育は続けなくてはいけない。飛び抜けて優秀な人もいます。一方で「SOMPOブランドならここまでのレベル」という標準化の努力をしているところです。

――利益率の低い訪問介護をカバーされているのが意外です。

私どもが買収した会社から引き継いだものですが、やはり、ご自宅に住み続けたいという人もいらっしゃる。そのときに在宅でサポートしてくれる人がいないと、ご家族が疲弊してしまいます。収益性だけを考えれば、富裕層向けの有料老人ホームがいいのではないかと言われることもあります。しかし、介護事業に参入した以上、さまざまなニーズに応えていくために、歯を食いしばってでもやっていきます。

――介護職の地位向上のために何が必要ですか。

介護職はみんなから感謝される仕事じゃなければいけないと思っています。そのために一定の知識は必要になってくる。ただ、顧客と24時間接していますので、観察能力やコミュニケーション能力など、幅広い能力が求められます。単に大学で知識を詰め込めばいいということではないと思います。気づいたらポットを拭けるとか、心の優しさとか。ただ、それを期待するには一定の余裕がないと無理なので、例えば夜の見守りはセンサーでいいと思っています。これだけ労働環境が厳しい中で、われわれのところだけでも1000人を超える人たちが夜勤をしている。そういったものを少しでも楽にできないだろうかと思うのです。

――それが実現すると育児との両立も可能になってきますね。

介護に携わる人って圧倒的に女性が多いんですが、役員とか部長などの管理職は男性の比率が高くなるんですよ。働き方の問題だとか、管理職に転勤を強いているのではないかといったことを見直していかないと、本当の意味でのダイバーシティなんていうのは実現しないと思います。ただ現状は難しいです。子育て中に夜勤ができないとか、子どもの病気で休むとなれば、誰かが代わらなければいけない。これが続くと職場の中がギスギスして、結局、迷惑をかけるくらいならと離職してしまう。

――プラスアルファの人材が必要ですね。

今の介護給付ではそういう余力のあるところがない。政治に対して介護給付を上げろといっても財源がない。処遇の改善をするためにも、バックアップのための人材を送るためにも、先ほど申し上げたような生産性の向上は、誰が何と言おうとやらなければいけない。やり遂げて、やって見せて、仕組みを変えていかないかぎり、この状態から脱却できないと思っています。

投資リターンとブランド向上は車の両輪

――お話を伺っていると保険が何か脇役というか、ワンオブゼムのように感じてしまいます。SOMPOがやることの意義を教えていただけますか。

保険会社は介護事業に比べると歴史が長いので、信頼感やブランド、顧客基盤が圧倒的にあるわけです。そのブランドを活用して、介護業界で抱えている課題にチャレンジをしていきたい。保険会社で培った顧客基盤を活用しながら、健康寿命の延伸とか、お客様のニーズに応えていく必要があります。単に事故が起こった、保険金を払いますというだけでは、お客様が満足することはもうない。デジタル技術などの新しい技術を使って、お客様の声なき声も含めて、データを収集して補填していくことがグループ全体を通して必要になっていくと思います。その1つがすでにお話しした認知症サポートプログラムです。


「単に保険金を払いますというだけでは、お客様が満足することはもうない」(撮影:梅谷秀司)

――先ほど、介護・ヘルスケア事業のオーナーとして会社から求められているのが、圧倒的品質によるブランドの構築だとおっしゃいましたが、そうはいっても投資家からはリターンを求められると思うのですが。

われわれが株主の方とお約束しているのは、介護業界の利益率の平均値です。在宅もやるし「まあこれで勘弁してください」と。投資リターンはほかの事業に比べて遜色はないと申し上げています。それよりも「SOMPOだと安心」「まずはSOMPOに聞いてみよう」「同じ値段ならSOMPOにしよう」というブランドを作っていく。外国の方からは「日本の社会的課題を解決するのに金を使うな」との意見もいただきますが、一定程度、ご理解をいただいていると思っています。

――今のお話は、投資リターンにブランド価値の向上も含んでるということですか。それとも別々の目標を並立させているという意味ですか。

投資家に対して約束している投資リターンは、最低限の私のミッションです。ただ、それを達成するためにほかのものを犠牲にするのではなく、SOMPOブランドをきちっと高めていくことをやっていく。だから上に乗っているんですね。

投資リターンの達成ができないのに、ブランドの向上なんか絶対できないです。だから介護事業の役員たちにも「理念・理想を言うためには最低限の約束は果たそう」と鼓舞しています。それで初めてわれわれの説明責任が果たせて、言っていることに現実感や信頼性が高まると。投資リターンとブランド向上は車の両輪です。