男ならだれでも一度は夢を見る、“モテキ”。

しかし突然訪れた”モテキ”が、人生を狂わせることもある。それが大人になって初めてなら、なおさら。

茂手木 卓(モテキ タク)、30歳独身。趣味は微生物研究。

これまでの人生、「モテることなんて何の価値もない」と思っていたタクだったが、モテ男ジェイと出会い、起業することに。

その後テレビに出て有名になったタクに人生初のモテ期が到来するものの、まさかのハニートラップ疑惑。一目惚れした美女の過去に傷つき、仕事でも崖っぷちのタクに、いきなりのクビ宣言が…!




昔から僕は、不都合なことから逃げてきた自覚がある。

オタクと言われて以来、僕は視界に女子を入れないように壁を作り、その壁を壊してくれたエリカさんに意気地なしと言われた時は、お酒と女友達に逃げ込んだ。

だけど、今回ばかりはこの事態ときっちり向き合おうと、僕は覚悟を決めた。

「タク、お前に会社を、辞めてもらうことになった。」

ジェイにそう告げられた後、急いで東京へ戻ることにし、新幹線の中で2通のメールを打つ。

一通は、バイオオイルベンチャーの佐藤社長。もう一通は、エリカさんに。



「それが投資家の岩城さんからの条件なんだ。本当にごめん」

電話口でのジェイはしきりに謝っていたが、謝るのはむしろこんな状況にしてしまった僕の方だ。

エリカさんから何らかの入れ知恵があったのか、岩城さん個人の判断なのかはまだ不明だが、崖っぷちの会社に投資してくれるというのだから、ジェイは経営者として、彼からの命令を飲み込むことにしたのだろう。

もちろん、ジェイが自分よりも会社の存続を選んだことが、全くショックではないといえば嘘になる。

でも、親の力に頼らずに自分の力を証明するため、ジェイがTJマイクローブに懸けていた想いは、近くで見ていた僕が一番知っているはずだ。

不意に目頭が熱くなりぐっと目を閉じた時、携帯が手の中でブルブルと震えだす。

潤んだ目にぼんやり映るのは、佐藤社長からの短い返信と、そしてもしやエリカさんからの返信か…と思ったら、音信不通になっていた玲奈ちゃんからの久しぶりの連絡だった。


クビ直前のタクちゃん、覚悟を決めた行動とは?


久しぶりに会った佐藤社長は、予想に反して笑顔で対応してくれた。

そして僕はテレビショッピングでの不祥事を丁重に詫びたあと、本題を切り出した。それは佐藤社長がずっと手を焼いているとぼやいていた、オイルを絞ったあとの微生物のカス、残渣(ざんさ)と言われるものについてだった。

「残渣(ざんさ)、ですか?」

僕の言葉に、佐藤社長の目がキラリと光る。僕は残渣が少なく済む精製方法と有効利用について、ずっと構想をめぐらせていたのだ。

「これ以上の研究は、我が社のみでは不可能です。御社と共同にて研究を進めさせていただけるのであれば、精製法のデータをご提供させていただきます。また、残渣の引き取り先としても、弊社は協力させていただけると思います。」

ジェイにとっての心配事の一つに、今後の研究母体がなくなってしまうことが挙げられるはず。今後の研究を続けていくためのレールを敷くのは、CTOとしての最低限の責任なのだ。




前向きに考えてくれると言う佐藤社長と別れたあと、僕は玲奈ちゃんに電話をかける。

玲奈ちゃんからのメールには、連絡が取れなかったことのお詫びと、事情があって助けて欲しいと言う旨が記されており、近いうちに会いたいとも書かれていた。

「タク、本当にごめんね…。仕事が無くなるぞって事務所から言われて、あんな風になっちゃったの…。」

電話の向こうの玲奈ちゃんは弱々しい声だが、その背後にはリズミカルなビートが小さく聞こえている。クラブにでも、いるのだろうか。

もういいよ、と言う僕に、玲奈ちゃんは涙ながらに続ける。

「実は今…。元彼が、お金を払わないと、付き合っていたときの写真をばらまくって脅されてて、玲奈、とっても怖いの。少しだけお金貸してくれないかな…?必ず、返すから。」

ぐすんと鼻をすする音が耳に響き、僕はとまどった。

―有名になった玲奈ちゃんに、元彼からお金目当ての脅迫ってことか…。

これも嘘の可能性が高い。でも万が一本当だとしたら、ぼくは初めてできた女友達のピンチにも手を差し伸べられない、情けなすぎる男だ。

「タク…?どうかな…?」

実際問題、今の状況で僕に無駄にできるお金なんてものはない。金銭以外での解決法をなんとかひねり出し、不安げな玲奈ちゃんに提案する。

「お金は、出せない。でも、同級の弁護士が東京にいるはずだから、一緒に相談に行こう!警視庁の奴もいるから、そいつにも脅しに対する対処方法を聞いてみる!」

一瞬の静寂の後、溜め息が聞こえた。

「…じゃあ、とりあえず大丈夫。また連絡するね、おやすみ〜。」

背後に響く重低音が大きくなり、電話が切れたのだった。


そしてタクは、TJマイクローブ最後の日を迎える…。


CTOとしての最後の1週間は、とても充実していた。

ジェイとの話し合いは数日に及び、時には涙交じりの議論にもなったが、今後の僕らの進む道について、お互い納得のいく答えが出たと思う。

事情を知った佐藤社長からは、共同研究再開の連絡とともに、うちで働かないかという有難いオファーすらいただき、しかし大変贅沢な話ながら、固辞させていただいた。

残渣の有効利用については、元々ジェイが目標としていた浄水インフラ事業に大変役立つ可能性がある。(僕は活性炭よりも浄化作用が高いと見ている)

今後TJマイクローブの経営の柱になっていく可能性があるということで、投資家の岩城さんにも御納得いただけて、一安心だ。

玲奈ちゃんのことは少し心配していたが、何度か電話をかけるも一向にでてくれない。ただジェイによると、インスタでは相変わらず元気な姿を晒しているということなので、真実はどうあれ、良かったと思う。






ジェイと会社を設立して、1年余りの今日。僕は、30歳の誕生日を迎えると同時に、無職となった。

「親父、ミータンって呼ばれてたのかよ!」

昨晩の二人きりの送別会で、エリカさんから聞いた話を強引に僕から聞き出したジェイは、腹を抱えて笑い転げる。

「タク、やっぱお前女見る目ないわ。…でもまあ、頑張ってみれば。」

気まずそうにする僕に気付いたのか、ジェイは笑いながら肩をバンバン叩いた。新幹線の中でエリカさんに打ったメールには、未だに返信はない。

「岩城さんへのお口添え、ありがとうございました。私はTJマイクローブを去ることになりますが、今後も我が社をお見守りください。このご恩は必ず返しますので、ご連絡お待ちしております。」

エリカさんがこのメールに返信してくれる日がもし来れば、僕は死ぬ気でそのお題に答えるつもりだ。

意気地のないタクちゃんを東京に置き去りにして、僕は下りの新幹線に乗り込んだ。

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最終回 タクに真のモテキは、到来するのか?!