ピエール・ガスリーは自身初のシンガポールGPに、意気揚々とやってきた。

 リザーブドライバーとして帯同していた過去2年間はジョギングをするくらいしかできなかったこのサーキットを、実際にF1マシンで走るのが楽しみで仕方がないという。


シンガポールGPでのレースに大きな期待を寄せるピエール・ガスリー

「レッドブルのシミュレーターと自宅のシミュレーターでかなり走り込んできたけど、サーキット自体はゲームのなかでは一番好きなサーキットだよ。だから実際に走るのが楽しみなんだ。

 モナコやハンガリーもそうだけど、僕はコーナーがたくさんあってリズムに乗って走るサーキットが大好きで、ストレートが長いところはあまり好きじゃない。シンガポールはまさに、リズムに乗って走るサーキットだよ」

 フード付きジャンパーを2枚とTシャツを着込んでトレーニングし、暑さに身体を慣らしてきたというガスリーは、「決勝で2kgは体重が減る」と言われる高温多湿のシンガポールのレースに向けて、しっかりと準備ができているという。

「サウナで運動するとか、いろんな暑さ対策トレーニングをやってきたし、ジャンパーを着込んで過ごしたりもしたよ。みんなTシャツなのに、僕だけジャンパーを2枚も着てフードまで被って、死ぬほど汗だくになっているから、周りからは『アイツは何をやっているんだろう』って思われただろうけどね(苦笑)。

 かなりタフなトレーニングだったけど、シンガポールのレースではかなりの水分を失うことになる。だから、運動をする前に汗をかいたり、そういう状態でも体内の水分を維持できるように、身体の準備を整えておく必要があるんだ」

 ただし、もちろんガスリーがこれだけ楽しみにしているのは、ゲームで走って楽しかったからというだけではない。トロロッソ・ホンダのマシンがこのシンガポールの市街地を縫うように走るマリーナベイ・ストリートサーキットで好走を見せると期待できるからだ。

 シーズン後半戦、最大のチャンス――。トロロッソ・ホンダのシンガポールGP(第15戦)にかける期待は大きい。前半戦の低速サーキットであるモナコ(第6戦)やハンガリー(第12戦)で入賞し、後半戦に入ってからは高速サーキットのスパ・フランコルシャン(第13戦)やモンツァ(第14戦)でも好走を見せてきただけに、その期待度はなおさら高くなる。

「シンガポールはテクニカルなセクションが多く、全開区間が短いなどいくつかの理由でブダペストやモナコに似ていて、モナコできちんと結果を手に入れた後、ブダペストでは予想以上の結果を出すことができた。僕らのマシンパッケージに合っているとは言えないスパでポイントを獲得できたことを考えれば、今週末にはトップ10を争うチャンスがかなりあると言えるだろうね」

 ダウンフォース最大量では上位マシンに敵わないSTR13だが、メカニカル性能が問われる低速コーナーでは強さを発揮する。モナコやシンガポールのような市街地サーキットではマキシマムダウンフォースで走るが、低速域では空力はそれほど効いてこない。それよりも、サスペンションがしっかりとグリップを発揮することのほうが重要なのだ。

「ライバルたちと比べても、僕らのクルマは低速コーナーでかなりの速さを持っている。中速コーナーでも悪くない。高速コーナーは強いとは言えないけど、ここには高速コーナーはなくて低速・中速コーナーばかりだから、そういう意味でも僕らのクルマにとってはいい結果が期待できるサーキットだと言える」

 加えて、タイヤマネージメントのよさも、トロロッソ・ホンダの強みのひとつだ。

 シンガポールでは、モナコと同じもっとも柔らかいハイパーソフトタイヤが投入されるだけに、これを長く保たせることができれば、その分だけ戦略にフレキシブルさを持たせることができ、決勝を有利に戦うことができる。

「モナコでハイパーソフトタイヤをうまく使えたことを考えると、今週末もかなり期待ができると思う。モナコではかなり長いスティントを走ることができて、そのおかげで7位に浮上することができたからね。ハイパーソフトでもタイヤをセーブして長く保たせることができるのは、僕らの強みのひとつだろう」

 低速コーナーが多いということは、そこからの加速が多いということだ。その立ち上がり加速は、STR13のメカニカル性能もさることながら、ホンダ製パワーユニットのドライバビリティのよさも大きな武器になる。あとは、スロットル全開に至るまでのトルクがドライバーのペダル操作どおりに出てくれるかどうかだ。

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「ここは低速コーナー主体なので、立ち上がりのドライバビリティは当然重要な要素になってきますね。モナコやハンガリーなど今年のこれまでの結果を見ても、トロロッソ・ホンダとしては得意なサーキットだと思います。ドライバビリティに関しては、直接他車のパワーユニットと乗り比べて確認したわけではありませんが、少なくともトロロッソのふたりは『昨年使っていたもの(ルノー製パワーユニット)よりはいいよ』と言ってくれています」

 ただ、低速サーキットのシンガポールだが、エンジン全開率は50%弱と決して低くはない。

 連続する低速コーナーからの立ち上がりでスロットルが踏めるかどうか、コーナーの切り返しで踏めるかどうか。そういったマシンの仕上がりの善し悪しによって、全開率は上がったりも下がったりもする。それが、マリーナベイ・ストリートサーキットの難しさだ。

 ホンダのあるエンジニアはこう語る。

「全開率はマシンの仕上がりによって、かなり違ってきます。というのは、スパ・フランコルシャンやモンツァではすぐに向きを変えてしまうようなコーナーが短くて、あとはベタ踏みの全開区間ですから、マシンによって違いはそれほど出ないんです。

 しかし、ここはトラクションの善し悪しで踏めるか踏めないかが違ってきますし、コーナーとコーナーがつながっていて、次のコーナーに向けたマシン挙動の善し悪しでも違ってきます。ですから、マシンの仕上がりが全開率を左右することになるんです。そういう意味で、予選フルアタックでの全開率50%超えというのが、マシンの仕上がりのひとつの目標値になります」

 難しいのは、どこでERS(エネルギー回生システム)の発電を行ない、どこでどれだけエネルギーを放出するかというエネルギーマネジメントの配分だ。タイヤのグリップレベルによって全開率が大きく変わるため、エネルギーの使い方も変える必要がある。

 ホンダのエンジニアたちは、ドライバーはもちろん、トロロッソ側のエンジニアたちとも密にやりとりして、予選・決勝の走り方、マシンセットアップの方向性を共有しながらエネルギーマネジメントを考えなければならないのだ。

「ここはタイヤのグリップ状況に合わせて、エネマネを変えていくということが求められます。たとえばグリップレベルが低ければ、それだけ回生できる時間は短くなりますから、他のところで使うことになります。

 予選アタックのエネマネに関しては、コースの終盤にリアがタレてしまうようなら、ディプロイメント(エネルギー回生)は前半である程度、使い切って締まったほうがいいということにもなります。アタックの仕方やタイヤの使い方によってエネマネのプログラムも変えなければならないわけで、そのあたりはチームとよく話し合いながら作業を進めなければなりません」

 こうした部分も、ここまでの14戦で大きく進歩した部分のひとつだ。

 マシンパッケージとエンジニアたちのノウハウと連携、そのすべてをひっくるめてトロロッソ・ホンダがもっとも成長した状態で迎えるこのシンガポールGPは、彼らにとって今シーズン最大のチャンスになるかもしれない。

 ガスリーはチームにプレッシャーをかけるように、はっきりと言った。

「モナコとハンガリーと同様に、シンガポールは僕らにとっては大きなポイントを獲得するチャンスがある。こんなチャンスはおそらく、年に3回か4回しかないだろう。だから今週末は確実に、そのチャンスをモノにしたいんだ」

 トロロッソ・ホンダがシンガポールでどんな走りを見せるのか。最高の舞台に臨む彼らの戦いぶりをしっかりと見届けたい。