■65歳になったら、○○しなくていい宣言をすべし

「5年ほど前に腕時計を捨てました。常に時間に追われている気がしますし、社会的束縛の象徴にも思えて」

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こう話すのは多摩大学名誉教授の樋口裕一さん。265万部という超ベストセラー『頭がいい人、悪い人の話し方』(PHP新書)の著者として知られ、“樋口式小論文”でも有名だ。現在は東京新聞夕刊に「65歳になったら…○○しなくていい宣言!」を連載する。

フランス文学を専攻して大学院を修了したが、若い頃は常勤の大学教員にはなれず、非常勤教員と予備校講師を掛け持ち。40歳で小論文・作文通信指導塾「白藍塾」を設立した。

「著書が売れて、大学教員のお声がかかったときは50代半ばになっていました。そこから組織の一員として働いたのは9年ほどでしたが、それでもたくさんのしがらみと“○○しなければならない”に拘束されました」

2017年、定年で常勤の教授職を退いた。人生の大半をフリーランスで過ごした樋口さんは、引いた視点で「組織に集まる人」を見つめてきた。

「昔から有志の『飲み会』にも、できるだけ参加しませんでした。同じ趣味の人や、同じ沿線に住む人同士が集まる『○○の会』のほか、『お花見会』『忘年会』などですね。定例会に参加するほど義務感が生じ、やがて会の中で階層もできてしまう。同じ理由で、メディア関連の正会員にもなりません。自由参加といいつつ定期的で、縛られたくないのです」

確かにそうした一面はある。筆者も組織人時代から現在まで、さまざまな有志の会合に出たが、定期的に参加して“レギュラーメンバー”と判断されると同調圧力も出てくる。欠席すれば「なんでこの間は来なかったの?」というものだ。聞いた本人に悪気はないが、義理で付き合い続けると、自分一人の時間も確保しにくいだろう。

「早いうちから『権威に頼らない自分をつくる』ことも大切です。若い頃は、組織に所属せざるをえない場合が多く、将来があるので権威の力を借りる必要もあります。でも定年になれば、権威や組織が後ろ盾になってくれることはありません」

■思い入れあるもの役立つもの、それ以外は捨てる

大切なのは「おべっかよりも自分自身を高めること」と話す樋口さん。「フランス語」では大学教授になれなかったが、代わりに「小論文」が評価されて関連参考書も100冊以上書き、その延長で著した「話し方」の本が売れ、日本語文章術で教授職に就いた。「フランス語の敵を日本語で討つ」人生だったのだ。

「意識して磨いたつもりはありませんが、昔から1人で行動するのも好きでした。自室でのクラシック音楽鑑賞、1人ごはん、1人旅行……。家族も似ていて、一家で会食する場合も現地集合・現地解散です」。つかず離れずを実践した生き方だ。

大分県日田市出身の樋口さんは、大学時代から東京で暮らしてきた。16年、91歳で父が亡くなり、90歳の母は東京都内の老人ホームにおり、週に何回か会いに行く。子供たちも東京で生まれ育ち、大分との縁も薄くなって整理したものがある。

「生家近くのお墓を『墓じまい』しました。親も大分県から東京都に移り、親戚付き合いもほとんどない。現地に行くまで時間と費用もかかるので、東京の自宅近くにお墓を移したのです。ずっと気になっていたので、スッキリしました」

自家用車も変えた。「長年、トヨタ車を乗り継いでおり、最近は『プリウス』から『アクア』にしました。今は夫婦2人で行動することが多いので、サイズを小さくしたのです」。

体が動くうちに、と計画を進める樋口さんだが、やり残したことも。

「家の中のものが溜まっています。自分なりに懸命に働いて、あれこれものを買い込み、豊かな生活をめざしました。その結果、必要な家財道具のほか、不必要な日用品も増えましたし、大量の本やCD、DVDもあります」

悩ましいのは、今後の執筆や講演活動に必要な本も多いこと。また、CDやDVDの中でもクラシック音楽は趣味であり、時に仕事にも活用する。夕刊の連載記事には「心の整理とともに、思い切って捨てる必要があると考えています」と書きながら、まだ片づけられない。

自分の身の回りを振り返ると、樋口さんのような悩みを持つ人は多いかもしれない。

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樋口裕一さんからのアドバイス
定年後の7戒
(1)飲み会参加は控える
(2)同窓会は行かない
(3)実家や田舎の墓を整理する
(4)クルマは小さいものに乗り換える
(5)駅前へ転居する
(6)夫婦で行動しない
(7)「孤独力」をつける!
▼夫婦で行動したがるシニアは多いが、それだと世界が小さくなるので注意

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「老前整理」という言葉を提唱し、『定年男のための老前整理』(徳間書店)という著書も持つ坂岡洋子さん(くらしかる代表)は、何を捨てるか・何を残すかには基準を持つとよいという。

「役立っているもの、思い入れのあるものは捨てる必要はありません。カメラが趣味の人には、古いカメラは大切でしょうし、音楽が趣味の人の、古いレコードやCDもそうです。逆に、今後使う予定のないものは捨てたほうがよいのです」

こう話すのには、自分自身の体験がある。長年、住まいや生活家電のインテリアコーディネーターとして活動した坂岡さんは、活動の一環で、住まいのバリアフリーの必要性を感じて、実感するためにケアマネジャーの資格を取得。介護現場でも働くうちに、暮らしを軽くする(くらしかる)現在の活動に行き着いた。

「介護現場では、ものが多すぎるのを痛感しました。体の自由が利かなくなった高齢の要介護者本人が、あふれるものに囲まれて暮らしている。ただでさえ高齢で足元がおぼつかないので、ものに引っかかり転倒するリスクもあります。家族も介護に疲れ果てて、片づける時間も気力もない。だからこそ老いる前、体が元気に動くうちに整理する必要があるのです」

■妻は見逃さない! ラブレターは必ず捨てること

「老後を迎える前に始めるので、40代から準備してもよい」という坂岡さんに、「捨てるもの」10項目を挙げてもらった。

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坂岡洋子さんからのアドバイス
定年したら処分すべきもの
(1)2度と読まない本
(2)スーツ、ネクタイ
(3)古い機種のカメラ、オーディオ
(4)使わないスポーツ用品
(5)社内コンペレベルのトロフィー、記念品
(6)古いレコードCD、DVD
(7)写真(整理して廃棄)
(8)名刺、書類、仕事関係の新聞・雑誌
(9)古い年賀状
(10)女性からの手紙!
▼ラブレターを取っておくのは男の未練。重大な結果を招くのですぐ廃棄!

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この中のいくつかを本人に説明してもらおう。まずは(2)のスーツやネクタイ。

「定年後の男性には、スーツやネクタイは過去のプライドや未練の象徴です。サイズが合わないもの、古いデザインのものは捨てて、改まった席で使う数着・数本を残せば十分です」

なかなかスーツを手放さない男性の意識に、驚いた経験もある。

「知り合いの落語家さんにお願いして『老前整理の落語会』を開催したことがあります。この会に1組のご夫婦が来られました。参加動機は『定年して何年もたつ夫が、スーツを処分してくれないから』でした。妻が夫に目を覚ましてもらおうとしたのです」

スーツは特に、身の回りの品を処分して身軽にしたい妻と、抵抗する夫との攻防戦になる。

少し似ているのが、(4)使わないスポーツ用品、特にゴルフクラブだ。

「たとえば40代の営業職時代に接待ゴルフで必要となり、クラブセットを買ったとします。50代で部署も変わり、定年退職後は1度も行かないし、行きたいとも思わない。この場合、場所も取って重いゴルフクラブを残す必然性はありません」

前述の役立つ・思い入れの視点で判断してもそうだ。もし本人が死亡後、遺族が片づける場合を考えても、捨てるべき存在といえるだろう。

また、現在はデジタル化し、40代が最後の利用世代といわれる、(7)いらない写真(紙焼き)は、写っている人と面識が薄い、ピントが甘い、似た構図のものは整理したほうがよい。

ものを捨てる場合に「思い出しすぎる」と捨てにくくなる。どんな意識で向き合えばよいか。坂岡さんは「5W1H」で考えればよいと説く。

「What」=これは何? 「Why」=なぜ、取ってあるの? 「When」=いつ、必要なの? 「Where」=どこで必要なの? 「Who」=誰が使うの? 「How much」=いくらしたの? だ。

最後の「How much」も、たとえば若い頃に海外旅行先で買った高い服があるかもしれない。その場合は「○年以上、着ていない衣類は捨てる」など自主ルールを課すとよい。○の中は7年や10年など、人によって違う。

一方、そうした範疇に入れにくいものもある。男性の場合は昔もらった、(10)女性からの手紙だ。当人にとっては、若き日の思い出だったり、過去自慢だったりするが……。

「甘く考えてはいけません。ある女性は、亡夫の遺品からラブレターが出てきて大変なショックを受けたそうです。結婚前のものでしたが、それでも『イヤなものはイヤ』。娘さんに『お父さんと同じ墓に入りたくない。樹木葬にして!』と宣言したそうです」

妻からの手紙は1通もなくて、昔の女性からの手紙は箱いっぱいだったそうだが、「量の問題ではなく、すぐにでも処分すべきです」と坂岡さんは、ほほ笑みながらも手厳しい。

■捨てるよりも、あえて拾うべきもの

2人の専門家の「断捨離」を見てきたが、長年の会社員生活の経験から「拾うべきものもあります」とAさん(63歳)は話す。財閥系企業の管理・営業部門で役員を務め、子会社会長を経て最近フリーランスになった男性だ。

「在職中に、外部の人との人間関係をもっと大切にすればよかったと思います。たとえば管理部門のときに付き合いのあった専門家の方たち。海外営業では外国の人たちと頻繁に交流があったのに、目の前の仕事に追われ、個人的な関係を深められませんでした。それが悔やまれます」

都内の大学で講師を務めているとはいえ、基本的にはフリーランスのAさん。「大企業の看板と地位があるうちに、行動範囲を広げておくべきでした。自分の知見も、もっと深まったはず」と述懐する。

また、会社員時代の経験を踏まえて、有志の定期的な会合にはこんなアドバイスを送る。

「いろんな会に1度は顔を出してみて、楽しいか楽しくないかで判断すればよいでしょう。私の場合は、約30年前から続く『異業種交流会』では、今でも刺激を受けます。一方で、古巣の役員OB会は、出席してもまだ“最若手”なので気が進みませんね(苦笑)」

■真っ先に捨てるべきは「最も輝いていた時代の自分」

前出の坂岡さんは「シニアの男性に比べて、女性の意識は10年先を行っている」という。定年になって、慌てて今後を考え出す夫に対して、妻は50代のうちから次のステージのシミュレーションを始めるという意味だ。

「総じて、現在の30代や40代は、60代以上とは意識が違いますが、日ごろの小さなことからお互いを気づかうなど、定年までに夫婦の関係を温め直しましょう」

最後に筆者の意見で恐縮だが、長年の取材経験でいろんな人を見てきた。濃密な人間関係も薄れ、都会では近所付き合いや親戚付き合いをしない人も増えた。仕事柄、さまざまな情報発信をするので「利用しよう」と近づいてくる人も多い。そうした一覧にしてみた。

真っ先に捨てるべきは「最も輝いていた時代の自分」だと思う。最近ある祝賀会に出席した際、隣席の男性(70代)がこんな話をしていた。

「以前は議員だったので、向こうの(来賓VIP)席でしたが、息子に地盤を譲ったのでこちらにいます」

「今回のパーティーは500人超の参加者だとか。私が主役のときは700人超でしたが」

〈言えば言うほど、みっともないのにな〉と心の中で思いながら聞いていた。総じて男性は「過去自慢」をしたがる。自戒を込めて記すが、今回の識者の指摘を肝に銘じたい。

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プレジデント誌取材班の結論!
捨てるか拾うか定年後の選択10
捨てる
(1)最も輝いていた時代の「肩書(意識)」
(2)「利用しよう」と寄ってくる人(投資話も含む)
(3)面倒な親戚付き合い
(4)内容が想像できる「飲み会」と「二次会」
(5)仕事・趣味で使わない「本・雑誌・資料」
(6)10年以上使わない「衣類」「靴」「カバン」
拾う
(7)仕事に追われてできなかった「趣味」
(8)気軽に「食事に誘える」人
(9)「肩書なし」で付き合える友人・知人
(10)「新たな視点」を与えてくれる若い男女
▼老後のためには捨てるばかりでなく「拾う」ことも大切

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樋口裕一
多摩大学名誉教授
翻訳家、音楽評論家。小論文・作文通信指導塾「白藍塾」塾長。1951年、大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、立教大学大学院博士課程修了。『頭がいい人、悪い人の話し方』ほか著書多数。
 

坂岡洋子
老前整理コンサルタント
くらしかる代表。1957年生まれ。インテリアコーディネーターを経て、介護現場でモノが多すぎる実態に触れ「老前整理」を提唱。著書に『老前整理』『定年男のための老前整理』などがある。
 

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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之 撮影=大杉和広、熊谷武二 写真=iStock.com)