葛西式「折れない心」はどのようにつくられるのでしょうか(撮影:今井康一)

史上最多の計8回の冬季オリンピック出場を果たし、スキージャンプ選手として世界中から注目を集める葛西紀明選手。41歳で自己最高の「個人銀メダル」を獲得し、45歳の今なお一線級の成績をマークする葛西選手は「レジェンド」と称され、国内にとどまらず海外でも尊敬を集めている。
その葛西選手が35年間「企業秘密」にしてきた「疲れない体」と「折れない心」のつくり方を余すことなく1冊にまとめた新刊『40歳を過ぎて最高の成果を出せる「疲れない体」と「折れない心」のつくり方』には何が書かれているのか。新刊の内容を再編集しながら、その極意を紹介していく。

「典型的なメンタルの弱さ」が出ていた20代

スキージャンプの選手は「メンタルが強い」とよく思われがちですが、20代のころの私はそんなイメージとは真逆で「メンタルの弱さ」が顕著でした。


練習ではうまくいくのに、本番になると力が発揮できない「典型的なメンタルの弱さ」をさらけ出してしまったことも数えきれないほどあり、何度も心が折れそうになりました。

29歳でソルトレークシティオリンピックに出場したときは、「これ以上できない」というくらい、がむしゃらにトレーニングを積んで挑んでみましたが、結果は惨敗。

努力が結果につながらず失意のどん底に突き落とされてしまったのですが、このときに、「いままでの『若さに頼った』、ただ一生懸命、努力をするだけのやり方では、うまくいかない」ことに気づいたのです。

そのヒントをくれたのはフィンランド人のコーチで、それは「がむしゃらにトレーニングをする」ことではなく「ストレスを緩和してメンタルを強くする」ことでした。

そこから「メンタル面の強化」にも本格的に取り組むようになり、40代になってストレスを最大限減らす「折れない心」のつくり方を見つけ出すことができるようになったと自負しています。

では、葛西式「折れない心」はどのようにつくられるのか。私が実践している方法の中で、みなさんもすぐできる5つのコツを紹介します。

「折れない心」をつくるために、私が最も気をつけているのは「脳を疲れさせない」ことです。

実は、「脳」は体以上に疲れている

【1】とにかく「脳を疲れさせない」

20代の頃、がむしゃらにトレーニングをしても結果が出ないときは、「まだ努力が足りないからだ」と思い、さらにトレーニング時間を増やしたりもしていました。

しかし、トレーニングの時間中は脳もフル回転しているため、「その分、疲れもとれにくくなり、ストレスも溜まっていく」という悪循環が起きていました。

つまり、「脳を休ませていなかった」ことが、最終的にいい結果を残せない原因のひとつになっていたことに気づいたのです。

このことに気づいてからは、トレーニング方法を大きく見直し、できるだけトレーニング時間を短縮して、「質」を重視するようになりました。トレーニング時間が短くなった分、「脳を休ませる」ことができるようになったので、ストレスも減り、いい結果にもつながるようになりました。

ジャンプの大会でも、できるだけ他の選手のように試技は飛ばずに、本番の2本だけに絞るようにしているのも、「脳を疲れさせず、本番に集中する」ためなのです。

【2】「仕事(練習)を一切考えない時間」をつくる

普段から、トレーニング時間を短くするなど「脳を疲れさせない」工夫をしていますが、「競技のことは一切考えない時間」も、できるだけつくるようにしています。その時間は、「スキージャンプそのもの」について一切考えないようにしています。

休日に家でゴロゴロしているだけだと、仕事のことを考える隙ができやすくなりますよね。でも、それでは体は休ませていても「脳を休ませる」ことができません

私の場合も、以前はトレーニングが休みの日でもジャンプのことが頭から離れませんでしたが、いまは家族で温泉に行ったり娘と遊ぶなどして「競技のことを考えない時間」を意図的につくるように心がけています。

みなさんも、仕事を続けながらも「折れない心」をつくるには、「趣味に没頭する」「家族や友人と出かける」など「仕事のことを考える隙をつくらない時間」が少しでも増えるよう、日々の中で工夫してみてください。

次に、「脳を疲れさせない」ためにやっていることは、「日常の中にも『楽しみ』を取り入れる」ことです。それが「折れない心」を作るうえでも役立っています。

笑顔あふれる環境は「脳の疲れ」を緩和する

【3】日常の中に「楽しみ」を取り入れる

私は、普段の練習メニューとして、日常のトレーニングだけでなくビーチバレーやサッカーなども取り入れています。

これは「日常の中にも『楽しみ』を取り入れよう」と思って行っているのですが、それは「楽しい」という感情があるだけでも、脳の疲れに差が出ると感じているからです。つらくても「楽しい」要素があるトレーニングだと笑顔で頑張ることもできます。

また、トレーニング中にはギャグを言って後輩たちを笑わせるときもあります。場を盛り上げることができますし、まわりが笑顔だと自分にも笑顔が増えていきますし、チームのパフォーマンスも向上します。

このように、日常の中に「楽しみ」をどんどん取り入れていくことが、「脳の疲れ」の緩和につながり、「続ける心」「折れない心」を作るのにも役立っていると思います。

【4】「苦手な人」と付き合わない

「人間関係がうまくいかないとストレスが増えて脳が疲れてしまう」ことは、ビジネスパーソンに限らず、よくあることですよね。私も、まわりの人に不満があるときに、つい、いろいろと考えてしまい、ストレスを溜め込んでしまうことがあります。

しかし、これはムダな時間をとってしまうだけですので、私はあるときから、初対面で「苦手そうだな」という人や「合わなそう」と感じた人には、できるだけ近づかないようにしています。

仕事のときは、なかなか選べない場合が多いかもしれませんが、プライベートのときは自分の意思でコントロールできると思います。

「苦手な人」ではなく、できるだけ「楽しく過ごせる人と一緒にいる」ことは、脳だけでなく心を疲れさせないためにも重要ですよね。

もうひとつ私が実践していることは、できるだけ「プラスの言葉」を使って「マイナス思考」を遠ざけることです。

「マイナスの言葉」は自分にもまわりにも言わない

【5】「プラスの言葉」を使って「マイナス思考」を遠ざける

仕事がうまくいかないときなど、つい「もうダメだ」「どうせ自分なんか」「疲れた」などという「マイナスの言葉」を言ってしまいがちですよね。

でも、この「マイナスの言葉」を言うのがクセのようになってしまうと、ますます「マイナス思考」になってしまい、脳も心も疲れてしまいます

こんなとき、私は「大丈夫、できる」「なんとかなる」「今日も頑張った」というような「プラスの言葉」を一言でも多く言うようにしています。そうすることで、「マイナス思考」が消えていき、「プラス思考」になれるからです。

また、これは自分に対してだけでなく、他人に対しての言葉でも同じなので、まわりの人に言葉をかけるときも気をつけるようにしています。

【40代で「折れない心」にみるみる変わる5習慣】
・とにかく「脳を疲れさせない」
・「仕事(練習)を一切考えない時間」をつくる
・日常の中に「楽しみ」を取り入れる
・「苦手な人」と付き合わない
・「プラスの言葉」を使って「マイナス思考」を遠ざける

20代の頃のように「がむしゃらに頑張る」ことを続けていたら、40代になる前に、体だけでなく心も折れてしまっていたかもしれません。

現在は、できるだけ「脳を疲れさせない」工夫を取り入れることで、体と心にかかる負荷を減らし、「疲れない体」のみならず「折れない心」をつくるように心がけています。

40歳を過ぎても、逆境や苦難に負けない「折れない心」をつくることはできる――。それは「工夫次第」でみなさんもきっとできると、私は信じています。