「明日も今日のようにやればいいのかな」

 2月16日の男子フィギュアスケート個人SPでトップに立った羽生結弦は、演技後にそう話していた。羽生のSPは、プログラム全体のみならず、すべてのジャンプについても入りのスピードから跳び方までしっかりコントロールされており、歴代世界最高得点にはわずかに届かないながら111.68点を記録した。


フリーの演技を終え、人差し指を天に掲げる羽生結弦

 そして翌日、五輪連覇の期待がかかったフリーを迎える。メリハリのある曲の強い音を意識しながら落ち着いて滑り出すと、滑走前の6分間練習でひとつもクリーンに決まらなかった冒頭の4回転サルコウを成功。出来栄え点(GOE)の加点を満点の3点にすると、次の4回転トーループも加点3の出来で決めて、3回転フリップも淡々とこなす。SPと同じように、まったく力みのない美しいジャンプだった。

「前半は丁寧にいったというか、やっぱり6分間練習でサルコウが不安だったので……。とにかくサルコウさえ降りられれば、前半の感覚で後半のジャンプも跳べると思っていました。何よりも、ショートプログラムの後でも言ったように、サルコウもトーループもアクセルも3回転ジャンプも、すべてが何年もやっているので体が覚えていてくれました。ただ、右足で跳ぶルッツが最も大変なので、『よく右足が持ってくれたな』という感じでした」

 フリーを終えた後、羽生は自らの演技を笑顔でそう振り返ったが、後半の滑りは厳しい戦いになった。

 本番前に懸念されていたのは、フリーを滑り切るスタミナだ。トリプルアクセルが跳べるようになったのは3週間前からで、4回転ジャンプはさらにその後。そんな中、フリーのプログラムを通しで練習できた回数は極めて少なかったに違いない。

 それでも、SPでの力みのないジャンプは、ケガをする前よりも完成度が高くなっているようにも見える洗練された跳び方だったため、「このジャンプならばフリーでも体力が持つのではないか」とも思えた。そんな期待通り、後半に入ってすぐの4回転サルコウ+3回転トーループは加点2.71点できれいに決めている。

 ところが次の4回転トーループは着氷が乱れ、1回転ループ+3回転サルコウを跳べずに連続ジャンプにできなかった。そのため、次のトリプルアクセルに付ける予定だった2回転トーループを1回転ループ+3回転サルコウに変更してカバーしたが、そのジャンプには少しだけ力みが感じられた。

 続く3回転ループは確実に跳んだが、「足の痛みが最も影響する」と話していた3回転ルッツは着氷で乱れ、なんとか耐えたもののGOEも減点された。やはりスタミナ切れが露見したか……とも思われたが、結局は後半の4回転トーループと3回転ルッツ以外に大きなミスなく終えたところは「さすが」としか言いようがない。演技終了後、羽生は右手の人指し指を立て、「1」という数字を表した。

「演技が終わった瞬間に勝てたと思いました。前回のソチ五輪のときは、フリーが終わった後は『勝てるかな?』という不安しかなかったので。でも、今回は自分に勝てたと思いました」

 羽生のフリーの得点は、4種類6本の4回転に挑み、SPの悔しさを晴らす215.08点を獲得したネイサン・チェンに次ぐ206.17点。総合得点を317.85点に伸ばし、後に控えていたハビエル・フェルナンデス(スペイン)や宇野昌磨に10点以上の差をつけて、66年ぶりの五輪連覇を達成した。

 フリーのジャンプについては、4回転サルコウと4回転トーループを2本ずつ。トリプルアクセル1本と、4回転を2種類入れて最も基礎点が高くなる構成にした。その構成にすることを決断したのは、試合当日の朝だったという。

「4回転ループを跳びたいとか跳びたくないとかではなく、今回の試合はやっぱり勝ちたかったし、勝たなければ意味がないと思っていました。この試合の結果は、これからの人生でずっとつきまとってくるものだと思ったので、大事に大事に結果を取りにいきました」

 SPでトップに立ち、フリーを迎える間も精神的に追い込まれることはなかったという。今の状態でできる精一杯の構成で滑り切り、SPの歴代最高点に準じる評価をもらえたことで自分のスケートに自信が生まれ、フリーのジャンプ構成の決断につながった。

 試合後は、ケガの状態の悪さについても初めて口にした。右足首の靱帯損傷だけにとどまらず、自分では気づいていなかった部分も含め、さまざまな痛みがあったという。痛み止めの注射が射てない部位の痛みが引かなかったこともあり、薬を服用して本番に臨んでいた。羽生は「その痛み止めがなければ、3回転ジャンプすら跳べなかった」とも明かしている。

「でも、(ケガの原因となった)4回転ルッツや4回転ループに挑戦していたからこそ選択肢が多かったといえるし、それらのジャンプに挑戦したことが、今回の構成をやるうえでも大きな自信になりました。ここまでやってきたことには、ひとつとして無駄なことはなかったと思います」

 状態が万全ならば、ここまで勝ちに執着することはなかったかもしれない。自分の納得いく演技ができれば、どういう結果だったとしてもある程度は満足しただろう。しかし今回は、体が万全とはいえない状態で無理を重ねたうえで迎えた五輪。羽生は、「表彰台の頂点に立つ」という強い気持ちで出場していた。

 そんな思いが表れていたからこそ、羽生の演技は見るものすべてを魅了し、五輪連覇という最高の結果をもたらしたのだ。

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