「コーヒー中毒者のためにつくられた、9,000円するハイテクマグカップの秘密」の写真・リンク付きの記事はこちら

毎日のコーヒールーティーンは、こんな感じだ──。会社に着いたらカバンをデスクの横に置き、マグカップを持ってキッチンに行く。『WIRED』のオフィスが提供しているスタンプタウンのコーヒーをカップに並々と注ぎ、デスクに戻る。

ここから気を付けてカウントダウンしなくてはならない。コーヒーが冷めるまで数分待ち、冷たくなる前に飲み干すのだ。ただ大体の場合これは失敗に終わるので、次の1杯をいれる前にカップの3分の1くらいのコーヒーを捨てるはめになる(あるいは渋々残りを一気飲みするかだ)。カップをすすいで、またコーヒーをいれる。これを1日に何度も何度も繰り返す。

しかしここ数週間、「Ember Ceramic Mug」によって、このルーティーンに変化がもたらされた。

マグカップに80ドル?

このマグカップは約300mlのコーヒーを、あなたが望むだけ好きな温度に保ってくれる。専用アプリでは、コーヒーの温度を細かく設定することもできるし、プリセットの温度から選ぶこともできる。

マグカップに80ドル(約9,000円)も払うのは、14ドルのアヴォカドトーストを食べたり、“ふるさとの香り”がうたい文句の超高級キャンドルを買うのと同じくらいばかげた自己満足だろうか? そうだ。しかし同時に素晴らしいことでもある。

よく考えてみてほしい。あらゆる飲み物には、飲むときの最適温度というものがある。科学によると、コーヒーではその温度は約58℃)である(ちなみにCeramic Mugの初期設定温度は約57℃だ)。痛みを感じるほど熱くはなく、舌を火傷せずにコーヒーの風味を十分楽しむことができる温度だ。そしてCeramic Mugは、コーヒーをぴったりその温度に何時間も保ってくれる。

PHOTOGRAPH COURTESY OF EMBER

Ember Ceramic Mugは、販売元のEmberにとって2つめのプロダクトである。最初のプロダクトは、150ドルする旅行用の「Ember Travel Mug」だった。このTravel Mugには温度を表示するための小さなスクリーンがついていて、底部を回すことで温度を調整できる。ただ容量が約355mlと少なく、犬の散歩よりも長時間の“旅行”には不十分だ。さらに150ドルという価格は、わたしのようなコーヒー中毒者にとっても高すぎる。

Ceramic Mugはもちろん旅行用ではない。これにはフタすらついていないのだ。Ceramic Mugはコーヒーと一緒に家をうろうろしたり、会議をハシゴしなくてはいけない日にコーヒーを一日中熱々に保っておくためにつくられている。

真っ白なマグカップを持ってオフィスを歩き回るのは、たしかに少々奇妙な感じもする。シリアルのCMのように、スリッパを履いて朝日に向かってあくびでもしなくてはいけない気分になるのだ。しかし、コーヒーの味を考えればそれだけの価値もある。

テスラ的デザイン

Ceramic Mugに使われているテクノロジーは、コーヒー以外にも使える可能性をもっている。食事用の食器から哺乳瓶、ビールジョッキまで、その幅広い応用法が想像できるだろう。しかし、EmberのCEO、クレイ・アレクサンダーが最初にマグカップに手をつけたのには、いくつかシンプルな理由がある。

まず、コーヒーはみんなが飲む飲み物であり、そのなかには1日に数回飲む人も多い。そういう人は、より美味しいコーヒーを飲むためにどんどん投資をしたいと考えている。彼らの家のキッチンにはバーグラインダーがあり、出かけるときにはブルーボトルのプアオーヴァーコーヒーを注文する。

アレクサンダーは、コーヒーを使った自社技術の完璧なアピール方法を知っていた。「わたしたちは皆、舌をやけどするほど熱いコーヒーやぬるすぎるコーヒーがいかに酷いものかよく知っています」と彼は言う。このフレーズだけで、陳腐なテレビショッピングのCMが思い浮かぶ。

何かを温めたり冷ましたりするのは簡単だ。しかし、それを均一に行うのは難しい。最初の実験で、アレクサンダーは液体が並々と入った容器の底部に熱電クーラーをつけ、液体の熱エネルギーを取り除こうとした。しかし温かい液体は上部に溜まるため、これだと彼は下のほうに溜まった冷たい液体だけを繰り返し冷却していることになる。

やがて彼は、対流をつくることが解決策だということに気がつく。Emberのカップの側面には、冷却機能と加熱機能がある。中に入っている液体は、表面部分では冷却される。やがてその部分の液体が冷め底部に沈むと、代わりにより温度の高い底部の液体が上に上がってくるわけだ。底部ではその逆のことが行われる。アレクサンダーいわく、彼がつくった初期のプロトタイプですら、下部と上部の温度差を1度以内に収められたという。

デザインファームであるAmmunitionの助けを借り、アレクサンダーは自分のアイデアを洗練されたマグカップとしてかたちにした。それは、思ったよりも難しいことだった。「かなり面倒でした」と、Ammunitionのデザイナーであるマーティン・ゲシュワントは言う。「サイズを大きくしすぎてはいけないけれど、中に入っている電池は大きいのです」

アレクサンダーの最初のプロトタイプには大量のボタンがついており、まるでガジェットのような見た目だった。しかし、最終的なプロダクトはマグカップのような外見をしている。カスタマイズ可能なLEDライトを除けば、中にどんなテクノロジーが入っているのかを外から知ることはできない。

「マグカップの持ち方に革命を起こそう、なんてことを考えているわけではないのです」とアレクサンダーは言う。彼はそれをテスラのアプローチになぞらえた──比喩でも文字通りにも「車輪の再発明」をしているわけではない。人々が理解できるかたちでテクノロジーを組み込んでいるだけなのだ。

Ceramic Mugの非ガジェット的なアプローチを気に入っている。もちろん、このマグカップは万人のためのものではない。80ドルの最高にクールなマグカップは、突き詰めればやはり80ドルのマグカップである。でも重度のコーヒー中毒者にとって、嫌なひと口を二度と味わわなくて済むというのは、何にも代えがたい満足感をもたらしてくれるのだ。

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