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通りがかった骨董屋の店先で、吸い寄せられるように一つのうつわに目が留まった。なぜだか分からないが、ふと触れてみたくなった。こういう経験は、誰にでもあるだろう。通りがかりのうつわに宿る物語を拓けば、そこにはちょっとした小宇宙が広がっている。
日々好きな焼き物に囲まれながら、骨董を扱うことを生業としている坂本大氏が、日常におけるうつわの愉しみについて語る。




銚子 明治頃の瀬戸の染付
盃(白)梶原靖元 宝城平盃
盃(茶)中里太亀 唐津南蛮ぐい呑


「銚子」という言葉自体、日常に馴染みがないという人も多いかもしれない。本来、茶事に用いられる懐石道具の一種でお酒を入れて用いる為のものだ。写真の銚子は、おそらく明治期頃の瀬戸、もしくは波佐見あたりのものだろう。蝶々の染付が象徴的で、捻じり作りの取っ手のデザインに愛嬌がある。骨董好きの方の中には、「産地や時代などを特定できるものがないと…」と考える方もいるだろうが、これは私がそうしたうつわの背景に関係なく、ただただ見た目の趣に惹かれて買ってしまったものなのである。「これを手掛けた陶工さんがどんな思いで、取っ手部分を捻りのデザインにしたのだろう。きっと洒落た使い方をして欲しいと願ったのではないか」などと勝手な想像を巡らせてしまうのだ。日々、生業として骨董を扱っていると、海外の客はうつわのバッググラウンドよりも、そのもののデザインが気に入るかどうか、直感で選ばれる方が多いように思われる。あまりかしこまらずに、気に入ったものの方が、日常の空間に取り入れやすいということもあるのだろう。

こんな愛着のある銚子と合わせてみたのは、現代作家の2種の作品だ。どちらも可愛らしい銚子とはテイストが全く異なる盃であるものの、中国製の骨董の盆の上に並べてみると、思いの外、粋な面持ちになるではないか。茶色のものは、中里太亀氏、白いものが梶原靖元氏の作品で、どちらも唐津焼だ。窯の火に任せた中里氏の作品は、偶然に出来た景色が見所でお酒を入れるとまた表情が変わる。梶原氏の作品は、粉引という韓国を代表する焼物を焼いていた場所の土を用いており、焼き物マニアならばとても喜ばれるに違いない一品だ。両者を眺めると、動と静といった様子だが、この中に古い銚子が入る事で、いい塩梅の空気が盆上に醸造される気がするのである。

古くは茶室で使われていたうつわも、現代のライフスタイルに合わせることはそう難しくない。デザインがシンプルで、落ち着いた色調の古い骨董を、現代作家の作品と合わせてみれば、マンションの部屋のガラスのダイニングテーブルの上など使っても今風になる。このような骨董は、まだまだたくさん眠っていることだろう。うつわの世界の常識や歴史を汲み取り、それを愛でることも、もちろん一つの楽しみではあるが、海外の人々のように、自分の直感や好みを頼りに選ぶことができれば、ハレとケの垣根を超えて、もっと自由にうつわを楽しむ心の余裕が生まれるはずだ。どこぞのものとも素性の知れない古いうつわが、傍らで息吹を吹き返すのを眺めるのもまた、一興なのである。

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