東京高等検察庁のトップである検事長に就任した稲田伸夫氏(写真左)と、東京地方検察庁のトップである検事正に就任した甲斐行夫氏(右)(撮影:尾形文繁)

9月上旬。東京地方検察庁、東京高等検察庁のトップが相次いで交代した。改正刑事訴訟法が昨年の通常国会で成立し、来年までに日本でも司法取引が可能になる。7月には共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が施行された。司法取引や共謀罪をどのように運用していくのか。東京地検や東京高検の新トップ人事はかつてないほどに注目されている。

今回、東京地検のトップである検事正に就任したのは、2015年12月から最高検察庁の刑事部長を務めてきた甲斐行夫氏(57)。1984年に任官後、32年強のキャリアのうち19年を法務省で過ごした。一方で、東京地検にいたのは1997年4月からの1年3カ月間とごくわずかである。オウム真理教事件では東京地検の検事として公判を一部担当したほか、法務省で被害者の公判参加などの立法にかかわった。

今後の抱負を聞かれると、甲斐検事正は「特殊詐欺(いわゆる「振り込め詐欺」)の対策に力を入れたい。被害は依然高水準だ。警察と連携を取っていく。特殊詐欺は日々新たな手口が生み出されている。それに対抗できるように努力していきたい」と述べた。

一方で、不正会計を主導したとみられる東芝の歴代社長の立件について問われると「個別案件のコメントは差し控える」と述べるにとどまった。

「特捜の力が落ちているとは思わない」

「東芝の歴代社長を立件できないのは東京地検特捜部の捜査能力低下の証し」という郷原信郎・東京地検元検事の指摘について感想を聞かれる場面もあった。


甲斐検事正は1959年、大分県生まれ。東京大学法学部卒業後、1984年4月に札幌地検で検事に任官。釧路地検、法務省刑事局、福岡地検、大阪地検を経て1991年に法務省刑事局に戻る。山口地検、東京地検を経て1998年、三たび法務省へ。2011年まで在籍した後、2012年1月に青森地検検事正として転出。その10カ月後には最高検検事、2015年1月に同監察指導部長、同12月に同刑事部長。モットーは「順調でない時にも必死になって出口を探してもがくこと」(撮影:尾形文繁)

甲斐検事正は「私の印象として、特捜部の力が落ちているとは思わない。社会が大きく変化し、被疑者の態度や対応が過去に比べてまったく違うので、立件の困難の度合いは増してきている。困難な事案でも、客観的証拠を積み上げて立証できるように特捜部は日夜努力している。特捜部に真相解明の使命があることに何ら変わりはない。熱意を持って、隠れた社会の不正を暴くような『いい事件』の真相解明をしていただきたい」とした。

司法取引の運用については、「事件の首謀者の関与を調べるうえで重要な制度である」とする一方、「司法取引に合意した人の証言や供述がどこまで信用できるのか、裏付け捜査を徹底して初めて生きる」と指摘。7月に施行された、共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法については、「国民のご懸念を念頭に置いて慎重に対処していきたい」と厳しい表情で述べた。

東京高検のトップである検事長に就任したのは稲田伸夫氏(61)。仙台高検の検事長から横滑りした格好だ。稲田氏は東京地検の検事時代にゼネコン汚職事件を3年半に渡って手がけたことがある人物だ。

印象に残る事件は普通の殺人事件だったという。具体的にどんな事件だったかは言明を避けたが、「普通で単純な事件だが、なぜそうなったのかが印象に残っている」のだそうだ。

ゼネコン汚職の公判を3年半担当した東京地検時代も印象が強いという。仙台高検時代の印象を聞かれると「仙台は全国的に見て放火事件が多く、家族のもめ事を動機とした根の深い放火が多かった」と述べた。

供述を得にくくなっている

司法取引をどう活用していくか。これについて稲田検事長は「司法取引はオールマイティではない。司法取引の必要がある事件なのかどうか、検察の知力を出し合ってよくよく考えていかないといけない」と述べる。


稲田検事長は1956年8月、奈良県生まれ。東京大学法学部卒業後、1981年に東京地検検事。福岡地検を経て1983年に法務省刑事局入局。1985年水戸地検に転出、1986年に東京地検に戻るも1988年に再び法務省刑事局に。1992年松山地検、1994年東京地検を経て、1997年に3度目の法務省刑事局勤務に。内閣法制局参事官、法務省刑事局公安課長、同総務課長、大臣官房人事課長を経て2008年1月、山形地検検事正。その9カ月後に法務省大臣官房長。同刑事局長、法務事務次官を経て2016年仙台高検検事長。時間があるときは歴史書を読み、ジムに通う(撮影:尾形文繁)

というのも、そもそも「監視カメラやドライブレコーダー、スマートフォンの発達・普及で客観的証拠が従来よりも残りやすくなっている一方、供述が得にくくなっている」からだ。機器の発達・普及で証拠固めは容易になった一方、供述を得て事件の全容を解明することが難しくなっていると指摘する。

「仙台高検では、被疑者が黙秘をするケースが増え、参考人の協力を得られないケースが結構見られた。そうしたケースは東京では仙台よりもさらに多い。言うは易く、行うは難しだが、捜査に協力してもらえるようにいかに説得をしていくか、検察の捜査の意義をどうやって被疑者や参考人に理解してもらうかが課題だ」(稲田検事長)

共謀罪については、「どうやれば、ちゃんとやっていますと言えるのかが難しい。検察としてどう振る舞うかを反芻・勉強していく。できることはそういうことくらいしかない」(稲田検事長)。

東京地検と東京高検の2人の新トップは司法取引を効果的に運用し、共謀罪を適正に適用していくことができるだろうか。