北朝鮮の科学研究機関、国立科学院の研究者とその家族が行方不明になっている。当局は追跡に乗り出したが、逮捕に至っていない。

国立科学院のある平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)を今月5日に訪れた咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に対して、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験が行われた先月28日の夜、科学院傘下の国防日用研究所材料分析室のカン室長が、家族とともに姿を消したと伝えた。

「防弾繊維」など研究か

カン室長は、昇進と絡んで上層部のやり方に抗議したため、初級党委員会から無報酬労働の処分を受けていた。また、金策(キムチェク)工業大学に在学中の息子が、違法映像事件に巻き込まれたことと重なり、一家は危機に追い込まれていた。

この事件について、情報筋は詳細を知らないとしているが、室長は事件の政治問題化を非常に恐れており、それを考えると、おそらく韓流ドラマのソフトを同級生にシェアしたり、密売したりしていたのが発覚したものと思われる。

一家が行方不明になったことが知れ渡ったのは、翌日の朝のことだった。保安省(警察)、保衛省(秘密警察)など司法機関は、それから半日も経たずに、一家の逮捕命令を出して大々的な追跡に乗り出した。脱北するために中朝国境に向かう可能性があると見てのことだ。

しかし、情報筋は列車を利用したとしても、1日で国境にたどり着くのは無理だと見ている。ちなみに平城から中朝国境までは直線距離で150キロ離れている。

別の情報筋によると、司法機関は一家を逮捕できていないにもかかわらず、今月10日から国境地帯に出入りする列車や車に対する検閲(検問)と統制を解除した。一家が中朝国境ではなく、平城に程近い海岸から脱出したものと見て、捜査の方向性を変えたためと思われる。

平城から海岸線まではわずか4〜50キロだが、そこから中国までは100キロ、韓国の白翎島までは150キロも離れている。情報筋は、誰かの手助けがなければこの地点からの脱北は困難だと説明した。

たしかに、船に乗って逃げようにも、船主と話をつけた上で、当局の出港許可を得なければ海に出ることすらできない。

しかし、東海岸の元山(ウォンサン)で船を購入して、当局の許可を得た上で出港し、韓国に亡命した事例や、公海上で北朝鮮の船から韓国のNGOがチャーターした船に乗り移って亡命した事例もあるため、全く不可能な話でもない。

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当局が大慌てで一家の行方を追っているのは、室長が軍事技術の研究を行っていたからと思われる。情報筋によると、日用研究所の被服研究室に設けられた材料分析室は、防弾チョッキやミサイルの耐熱材として使われる特殊繊維の研究を行うところだ。研究していた物質名は不明だが、同じ重量の鉄の5倍の強度を持つ「ケブラー」など、アラミド繊維である可能性が高いと思われる。