連載・佐藤信夫コーチの「教え、教えられ」(6)

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 選手として、そして指導者として長年にわたり日本のフィギュアスケート界を牽引し、国際スケート連盟の殿堂入りも果たしている佐藤信夫氏。コーチ歴50年。75歳になった現在も、毎日リンクに立ち、浅田真央らトップ選手から幅広い年齢の愛好者まで、フィギュアスケートを教え続けている。

 その佐藤コーチが、前回に引き続いて、華やかな技・スピンの魅力について語ってくれた。


1942年1月3日生まれ。現役時代は全日本選手権10連覇、60年スコーバレー五輪、64年インスブルック五輪に出場。その後コーチとなり、荒川静香、安藤美姫、村主枝章、小塚崇彦らを指導。現在、浅田真央のコーチを務める スピンには3種類の基本型があります。しゃがんだ状態で回るシット系スピン、上体と片足を水平の位置に保ちT字型になって回るキャメル系スピン、そして上体を立たせて回るアップライト系スピンです。この3種類のスピンに、スケーターは様々なバリエーションを加えます。

 ジャクソン・ヘインズという人をご存じでしょうか。現在のフリースケーティングの大もとを作った人です。その人が考案した技のひとつがシットスピンです。僕らがスケートを習い始めた頃は、その人の名前から「ジャクソンスピン」と教わっていました。

 日本人は脚を折り曲げて座ることが、世界中で一番得意な民族じゃないですか。外国の人は地べたに座る生活習慣はないですから、彼らにとってそれはとても奇妙な姿勢なんです。だから外国人、とくにヨーロッパ系の選手はシットスピンが苦手でした。日本選手はシットスピンがうまいと拍手を浴びたものです。フライングシットスピンのように、ジャンプして空中に上がってから一気に下までしゃがんだら、腰を抜かすほどビックリします。

 僕が一番得意だったのもフライングシットスピンでした。僕のフライングシットスピンを見ると、みんな転んだと思うらしいのです。でも、転ばずにいつの間にか回っている。転んでいないのだから、お尻だってきれいなものです。それはやはり足首、ひざが柔らかいからできたんです。

 基本的なスピンの形がしっかりできていない選手もいましたから、その後のルール改正で、例えばシットスピンであれば太ももが水平より上がっていたらダメ、キャメルスピンでは腰の高さよりも足が上がっていないといけないというように、一定の基準が設けられました。新ルールになって、最近ではいいシットスピンをしている選手が結構います。彼らに共通しているのは、やはり柔軟性があり、体幹をしっかり強化しているということでしょう。

 続いてキャメルスピンですが、キャメルも形が重要です。まっすぐ立った1本の足の上に水平に体がある。その「T」の字が基本の形です。重要なのは、頭の高さと足の高さが一緒であれば、まずバランスは取れるということです。そうすると、どんなに回転がゆっくりでもちゃんと立っていられます。

 近年、スピンはバリエーションが増えて、ユニークな形のスピンが登場しています。キャメル系でいえば、ドーナツスピンなどがそうです。選手たちが個性を出そうとした結果です。それぞれの選手がいろいろアイデアを出して、「あ、そのスピンは面白いね」「おお、あんなスピンもできるんだ」となります。他の選手がやっていないことをやる傾向にありますから、「あの人は右手を上げていたから私は左手にしてみよう」「あの人はまっすぐだったから、私は曲げてみよう」となるわけです。そうすると、誰が最初にやった本家なのかなんて、もう分からなくなっちゃいますね。

 3つ目のアップライト系、中でもレイバックスピンについてお話ししましょう。レイバックとは、首だけ後ろに倒すのではなく、体を後方に倒れるほど反ることをいいます。見た目は非常につらそうに見えますが、そうでもありません。どんな形でもしっかり軸があれば、スピンはできるんです。

 腰を基点に上半身と下半身が「く」の字になることによって、重心が1本のブレードの上にくるのです。後方に反らした頭と、前方に張り出したお腹のそれぞれの重力がバランスを取れていれば、レイバックスピンはできます。この姿勢で回るときに、手の位置をどうしたら楽になるかというようなことは、何回かやっていれば見つかるものです。

 いいスピンとは何か。ひとつ間違いなく言えるのは、軸が流れないことです。同じポイントでずっと回っているスピン。それこそ蚊取り線香です。軸足が流れるのはよくないのです。そしてやはり回転が速いこと。逆に、ゆっくりちゃんとポジションを作って回れるということも比較としての技術になります。つまり、途中で回転スピードを変えられるということですね。

 ポイントはいろいろありますが、やはり一番大事なのは、見ていて素敵であるということ。見ている人の目が引きつけられるということじゃないでしょうか。

 中には人間業とは思えないようなポジションを取りながら回れる人もいますよね。僕と同時代のフランス人に、ニコル・アスラーという女性スケーターがいました。彼女が回り始めたら、その人の顔がかげろうのようになって見えるんです。

 スヌーピーの漫画を描いたチャールズ・M・シュルツさんはスケートが大好きで、カリフォルニアのサンタローザに自分のスケートリンクを持っているほどです。そのシュルツさんの絵に、スケートをしているスヌーピーの周りに横線を引いてあるものがあります。誰が見ても「スピンを回っている」と思う絵です。速く回っているように見せた絵などは、本当にかげろうが立ち上がっていくみたいに見えるんです。アスラーさんのスピンはそれぐらいすごかった。

 95年のバーミンガムでの世界選手権の当時、僕はスイス代表のルシンダ・ルーという選手を教えていたのですが、彼女もスピンが上手でした。パリのアイスリンクに行った時に、そのアスラーさんに電話をしたら来てくれたんです。そしてルシンダ・ルーのスピンを見て「あんなスピン、見たことない」と言うから、僕が「何を言ってるの、あなたはあの倍ぐらい速かったじゃない」と言いました。「そんなことない」と謙遜していましたけど、それぐらい速かった。彼女もやはりある時間を超えて練習をしたことで上手くなり、それと同時にスピンに対して何か特殊な感性を持っていたんでしょうね。

 スピンはその回転数や回転スピードを問われる技でもあります。例えば僕が得意にしているシットスピンは、どうやったら長く回れると思いますか? 

 両手と片足を伸ばして座って回っているわけじゃないですか。その体勢でスピードが落ちてくると、ちょっと伸ばしているほうのひざを曲げて、つま先の位置を中心に向かってちょっとずつ近づけながら、手もそれに合わせてちょっとずつ胸のほうに縮めていくのです。そうすると落ちた分のスピードをカバーできます。うまく縮め続けられたら、40〜50回は平気で回っちゃう。ルシンダ・ルーはアップライトスピンで百数十回も回り、ギネスブックに載ったことがあります。

 最近の選手でいうと、例えばステファン・ランビエール選手はものすごいスピンをしていると思います。スピンの中で一番速く回ることができるアップライト系のクロスフットスピンを得意としていましたね。

 歴史的にスイスの選手はスピンがうまいんですよ。ビールマンスピンを編み出したデニス・ビールマンもスイス人。ルシンダ・ルーもそうです。理由はよくわかりませんが、おそらく伝統的に何かがあるのでしょう。

 これからどんなスピンが見られるようになるか。それはルール次第でもあります。現行のルールではすべての技が点数化されていますが、昔の6点満点の採点方式のときは、どんなにすばらしいスピンをやっても直接点数に関係していなかったんです。「ジャンプのレベルが非常に高く、出来具合もよかったので5.4にしようか。スピンもよかったので5.6にしようか。ステップもよかったので5.8にしようか……」というような総合評価だったので、スピンに熱を入れる人は非常に少なかったんです。

 しかし現在はスピンも点数化されているために、これもちゃんとやらなければいけないということで、各国ともスピンというものに対して見直しを行なっています。いい方向に変わりかけているような気がします。

 点数のことはさておいても、大勢の人が「フィギュアスケートっていいよね」と言ってくださっている中には、絶対にスピンという技も含まれていると思います。プログラムの中で盛り上がったときに使う技の代表格でもあります。

 すばらしいスピンは、気の遠くなるような回数の練習をし、その人の中で芽生えてくる何かによって培われるものなんです。我々が見る完成形のスピンは、それほどすさまじく厳しい練習を積み上げて生まれたものと言えるでしょう。だから見る人には、ジャンプと同じぐらいの評価を、スピンでもしてもらいたいと思います。

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『羽生結弦 平昌への道 ~Road to Pyeong Chang』

 


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