ブラジルW杯前の長友は積極的な姿勢を見せていた。サイドからガンガン仕掛け、個で違いを生み出す自信に満ち溢れていた。あるいは個で違いを生み出すことがチームに最大の貢献をもたらすと考えていたのかもしれない。しかし、その彼を待っていたのは惨敗だった。まだ課題をすべて整理できたわけではないだろうが、とにかくチームのために動き、いかに犠牲になれるかに集中する。それにより見えて来たビジョンはこの1年間で向上していると感じる。

 もちろん長友の能力的な持ち味が失われたわけではない。ハードワークをベースにしたプレースタイルは健在だ。時に爆発的な走力や突破を見せて決定的なシーンを導き出す場面もある。しかし、そうした目立つプレーを繰り出すことにこだわるのではなく、90分間のゲームでバランスを考えながらオフ・ザ・ボールの動きやカバーリング、バランスワークで貢献してチームを安定させる。それが個人のいいパフォーマンスにもなる。そうした境地に立てたのは、ここまで蓄積してきた経験の賜物だろう。

「前にいい選手がたくさんいますし、地味でも僕にできることがあるはず。それに徹しているという感じですね。歳を取ってきているし、いろいろな経験もさせてもらっているので。若い選手たちを生かせるようなプレーをできれば、もっともっといいチームになっていくんじゃないかと思うし、その一員でありたいと思うので」

 飽くなき上昇志向で走り続けてきた長友もキャリアの折り返しを迎えている。体力的な部分を維持しながら、いかに成長できるか模索する段階にあり、長友なりに見いだした答えが現在のプレースタイルなのだろう。地味でも効果的なプレーを随所に出していくことで攻守にいい流れをもたらし、機を見て決定的な場面を作り出す。まさに“いぶし銀”とも言うべき輝きが、チーム全体の光度を高めることになる。

「(シンガポール戦は)いい崩しができても、ゴールに結び付くというのが少なかった。その精度を上げていくことはもちろんですけど、仲間の動きを最後まで見てコミュニケーションを取ることを心がけていきたいですね」

 大舞台での挫折から新境地を開拓した長友の働きは、これまで以上に彼をチームで重要な存在にならしめるかもしれない。ただし、長友の価値が本当の意味で問われるのは来年のアジア最終予選、そしてその先に待っている世界との戦いだ。向上心に溢れる長友は、同ポジションのライバルたちと切磋琢磨しながら職人的なビジョンに磨きをかけていくことだろう。悪夢のシンガポール戦を乗り越え、改めて前進したハリルジャパンの“土台”には、成長を止めない頼りになるベテランがいる。

文=河治良幸