ドライバーがステアリングから手を離した状態で走行する自動車(画像提供:トヨタ)。

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クルマの自動運転は便利になるほか、事故や渋滞を減らせる可能性もあり、今後の実現が待望されている技術です。しかしその前に解決せねばならない、技術面以外の壁があります。「責任の所在」です。

顕在化するスマートフォンの弊害

 2014年10月の早朝、名神高速道路で大きな事故が発生。高速道路に備え付けのカメラが事故の一部始終を記録しており、TVで放映されました。岐阜県羽島市で大型トラックが渋滞の列に突っ込み、乗用車数台が炎上したのです。

 その映像を見ると、トラック運転手の居眠りか脇見運転が原因と思われました。重量のあるトラックが乗用車へ衝突したときに与えるエネルギーは膨大です。どんな頑丈なクルマでも、トラックには勝てません。しかし映像を見ていてゾッとしたのは、衝突後わずか10秒ほどで乗用車が燃え始めたことです。乗用車の後部には燃料タンクがあり、それが潰れてガソリンに引火したのです。

 トラックと乗用車が絡む事故は世界各地で起きていますが、2010年にアメリカ・ダラス近郊のフリーウェイで起きた事故も悲惨でした。

 事故はゆるい右カーブの先で発生しました。走行していたトレーラーの右フロントタイヤへ隣のレーンの乗用車がぶつかり、その勢いでトラックは中央分離帯を乗り越えて横転。対向車線を走っていた多くの方が亡くなりました。

 事故の原因は乗用車ドライバーの不注意ですが、居眠りか脇見、またスマートフォンが原因ではないかと分析されました。いまアメリカではティーン・エイジャーの交通事故が急増しており、多くのケースで運転中にスマートフォンなどを使っていたことがわかっています。スマートフォン時代の弊害がいま、起きているのです。

 このふたつの事故は単純なドライバーの不注意ですが、自動車先進国に限らず、交通事故の90%以上はヒューマン・エラーが原因といわれています。もしそうなら、道具としての「クルマ」はまだ未完成な乗りものなのかもしれません。

物議を醸したトヨタのデモ走行

 最近のドライバーは、走行中にスマートフォンでメールしたり、あるいはカーナビの操作に手間取ったりしています。走行中にTVを見ているドライバーもいるほどです。もちろんマナーやルールに違反する行為ですが、クルマが多機能化したことでドライバーが混乱しているともいえ、それが恐ろしい現実でもあります。

 日本では年間の交通事故死者数が4500名まで「減少」しました。ですがほかの乗りものでこれだけの人命が失われていたら、大きな社会問題となるでしょう。社会は交通事故を当たり前のように見過ごしていないでしょうか。

 こうした問題を根本から解決する技術やシステムが、可能になりそうです。高度運転支援、そして自動運転という「夢のクルマ」です。

 自動運転のメリットは大きく、事故を減らすだけでなく渋滞も緩和できます。また交通弱者といわれるお年寄りや身体の障害を持つ人の移動手段としても有望です。自動運転というと無人自動車や完全自動運転を想像する人もいますが、現時点で世界の自動車産業が取り組んでいるのは、ドライバーが最終的に責任を持つ半自動運転の実現です。完全自動運転はまだ遠い未来かもしれませんが、その大きな扉がいま、開かれようとしています。

 2013年の東京モーターショー前に、トヨタが先進安全車のデモ走行を実施。しかし首都高速道路をドライバーがステアリングを手放し走行するシーンがTVで放送され、一部の関係者から問題ではないかと指摘を受けました。現状の法律では手を放して走ることが許可されていないためです。

 この話はメディアが少し誤解していたようですが、欧米では人間が乗ることを条件に、手放しでの実証実験が行われています。国土交通省の資料でも、海外メーカーの取り組みとして手を放して運転する写真が紹介されています。現在、すでに高速道路などでは追従クルーズコントロールを使って車間距離と速度の制御が自動で行われていますし、その機能にステアリングのサポートが加わると、実際にほとんど手放しで走行が可能です。

 最近の高級車の多くは、レーンをトレースする技術を採用しています。レーン逸脱を防止するステアリングの自動制御が、搭載したカメラによって可能になっているのです。しかし、すぐに一般道を含めてすべて自動で走れるわけではありません。究極のドアトゥドアの自動運転(完全自動運転)はまだ完成が見えていませんし、街中の歩行者認知は技術的な課題が山積しています。しかし自動車専用道路ならすでに、技術的には半自動運転で遠くまで走ることが可能です。

自動運転時代におけるドライバーの責任は?

 しかし万が一事故が起きた場合、ドライバーと自動運転のクルマのどちらが責任を負うべきなのでしょうか。自動運転の実現にあたって、ドライバーの権利と責任の範囲を定義する必要が出てきました。ジュネーブ条約(1949年ジュネーブ道路交通条約)では、乗用車を運転するドライバーは「責任をもって操作すること」と規程されています。しかしある程度の自動運転が可能となれば、ドライバーの権利と責任の意味が変わってくるかもしれません。

 走行中に「手を放してもいいのか」、あるいは「サブタスク(他の作業)を認めるのか」という新たな議論も賑やかです。現状の法解釈ではサブタスクは認められませんし、ハンドルから手を放すことも禁じられています。

 自動運転が技術的に可能となっても、安全運転の責任はあくまでも「ドライバー主体」という解釈を貫くと、ユーザーに自動運転のメリットが享受されません。そのため自動運転が技術的に可能となり、それを有効に利用しようと考えた場合、ドライバーの責任を明確にする必要があるのです。

 当然、これらについて日本でも議論されており、内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、ドライバーの責任と権利に関する新しい解釈を国際社会と連携しつつ検討しています。

 今後、自動運転の実現に向けて、そうした責任の所在など「人と機械の関係」が重要になるでしょう。これは人工知能AIやロボット時代に避けて通れない課題です。また半自動運転では、何らかの不都合がシステムに生じると運転主権をドライバーへ戻すことになりますが、その戻し方にも工夫が必要でしょう。運転主権を突然戻されても、人は対応できないからです。その実現と有効活用に向けていま、このあたりの議論が活発に行われています。

今回紹介したニュースに関しては下記の動画サイトでも取り扱っております。
http://www.startyourengines.net/