篠原涼子に「あっぱれな嫁」の声

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 埼玉県川越市にある青色の瓦屋根に白壁の2階建て。雨の日はもちろん、晴れの日も、ほとんど一年中1階、2階の窓はすべて雨戸が閉まっている。しかし玄関先には薄紫や黄色の小さな花を咲かせるプランターが飾られ、庭も雑草は刈り取られきちんと整えられている。

 この家は篠原涼子(41才)の夫・市村正親(66才)の生家。もう何年も前に父が亡くなった後、母のこうさん(享年87)が、2012年2月に亡くなるまで、ひとりで暮らしていた家だ。この3年もの間、「空き家」になっている。

「(正親は)一人っ子だから今は誰も住んでないんですけど、週1回、こうさんに最後まで付き添っていたお手伝いさんがやってきて、風通しをしたり、お庭の草取りをしたりしているんですよ。篠原さんもたまに来てますが、まだお子さんも小さいでしょ? 毎週、毎週は来られないからって、篠原さんがその人にお願いしたと聞きましたよ。ほんと、あっぱれなお嫁さんですよ」(近所住民)

 日本全国で社会問題となっている「空き家」。主を失い、放火、ゴミの不法投棄、野良猫やホームレスの住み家になるなど、深刻な問題となるケースが急増している。そんななか、同じ「空き家」ながら、市村の生家はこんなにもきちんと片づけられている。そのため近所では、篠原のことがことさら評判になっている。

「2才のとき実母を亡くしている篠原さんにとって、こうさんは姑以上の特別な存在だったんですよ。一緒に買い物に出かけたり、子供が生まれてからはそれこそ毎週のように、実家に来ている時期もありましたよ。こうさんもね、篠原さんのことは実の娘のようにかわいかったんでしょうね。

“涼子さんは料理も家事もちゃんとできるから、安心して息子を任せることができるし、うちに来たときも全部やってくれて本当に助かる”って、褒めちぎってましたから。亡くなるまでの数年、こうさんは脳梗塞を患って入退院を繰り返していたんですが、篠原さんは実家近くにマンションを借りて看病していました」(市村家の知人)

 市村家代々の土地に建つ冒頭の家は、大好きだった姑が愛し、夫が生まれ育った場所。篠原にとっても、家族のつながりを感じられ、思い出があふれている大切な場所なのだ。

「篠原さんはこうさんが亡くなったとき、そもそも実家を“売ろう”とか“更地にしよう”といったことはまったく考えてなかったんですよ。でも主のいなくなった実家を保全していくのは覚悟もいるし、日々の努力も必要。もう3年になりますが、家庭を守りながら仕事して、子育てして、さらに実家のこともでしょ? なかなか真似できないですよ」(前出・市村家の知人)

※女性セブン2015年2月12日号