ゼンショーHD 小川賢太郎会長兼社長はブラック批判返上を誓う。(時事通信フォト=写真)

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すき家に浴びせられた「ブラック企業」批判、吉野家のミスター牛丼・安部修仁氏の引退。牛丼業界はいま、岐路に立たされている。当代随一のマーケッター金森努氏とB級グルメライター唐仁原俊博氏が大激論を交わした。

■ブラック返上なるか、すき家の反転攻勢

【唐仁原】私がまず指摘したいのは、牛丼は日本人にとって最高のグルメだということ。日本では歴史上2回「食の革命」といえる出来事が起きています。1度目は明治維新で牛肉食が始まって、日本人の寿命は飛躍的に延びました。2度目は太平洋戦争後、パンやパスタを食べるようになって、今度は肥満が増えました。要するに、牛肉を食べれば寿命が延び、米食なら太りにくい。このことは多くの管理栄養士が指摘しています。経営の神様・稲盛和夫さんも孫正義さんも牛丼好きとして知られていますが、早く食べられておいしい牛丼はビジネスマン必食といえます。

【金森】なるほど。たしかに私も「頑張るぞ」というタイミングでは必ず牛丼を食べます。ビジネスマンにとってのソウルフードであることはたしかでしょう。ちなみに私は吉野家のオーソドックスな味が好きです。

【唐仁原】私はチルド方式を採用した「プレミアム牛めし」の松屋です。冷凍からチルド方式への転換はセブン−イレブンでも採用されましたが、外食産業の主流になるのは間違いない。吉野家は他の牛丼屋に比べてちょっと味が濃い傾向があります。すき家はパサパサした肉が好きな人におすすめです。

【金森】同じ牛丼屋でも「おいしい時間帯」ってありますからね。やっぱり店の回転がいい昼の時間帯が一番。人通りの多い繁盛店も外れがない。

【唐仁原】稲盛和夫さんの好きな吉野家有楽町店も繁盛店ですね。経営の神様は牛丼への理解が深い。ただし、マニュアルをちゃんと守る吉野家名駅太閤通口店のように、どんな時間帯でもおいしい例もあります。しかし、深夜にワンオペ(1人)でレジも調理もしていたら、マニュアルが守られないケースは増える。体調を崩してすき家を辞めた人に取材したことがあるんですが、1人で夜中に店を開けていると、うっかり寝ちゃって呼び鈴で起こされることがあるそうなんです。私は、夜中のすき家に入って疲れきった店員がいたら「頑張れ」と声をかけていました。

【金森】牛丼業界には、いくつか気になる「お客から求められていないこだわり」があります。24時間営業はその代表格。「全店共通で24時間開けてます!」って声高に言っているけど、そんなこと求められてないんですよ。24時間営業が喜ばれたのは、それこそ「24時間働けますか」の時代。その時代は会社も「どんどん働け、残業しろ」って言ってましたし、僕自身も月200時間残業したりしました。

【唐仁原】でも、今は会社も「早く帰れ。残業するな」という時代ですよね。

【金森】そうなんです。だから、人口動態を見て、都市部の駅前みたいに夜中も必要とされる店は開ければいいし、ビジネス街や郊外店は閉めればいい。マクドナルドも臨機応変にやっていますから、牛丼屋もそうなるでしょう。

【唐仁原】「牛丼を食べる幸せ」みたいな本来の部分で楽しませてほしい。3社を比べると、やっぱりすき家はそこが少し独特な気がする。

【金森】今、すき家が店舗数ではトップなので、牛丼界ではリーダー企業のはずなんですよ。でも、すき家のメニューを見てもわかるように、非常にチャレンジングなものが多い。

【唐仁原】わかります。先日打ち切りとなった「まぐろのたたき丼」。「とろ〜り3種のチーズ牛丼」とか、牛丼屋の発想ではないです。ファミレスに近い。

【金森】自分たちがリーダー企業だってことにまだ気づいてないんじゃないかな(苦笑)。リーダー企業になったら、率先してチャレンジする必要はないんです。フォロワー企業の成功例をシレッと模倣して、規模でねじ伏せちゃえばいい。そもそも、あれだけの規模の業態なのに、マーケティングがきちんとできていないのが問題。たとえば、吉野家のターゲットは「ザ・サラリーマン」。「牛丼」が食べたいコアなファンが行く店だから、チャレンジングなメニューは必要ありません。

牛丼ファンは値上げを待っていた

【唐仁原】チャレンジといえば、居酒屋「吉呑み」が好調ですね。夜の売り上げが4割増えました。これはどう分析されますか。

【金森】この「吉呑み」は戦略として非常に正しいと思います。これまでの実績として、吉野家の提供が早いことはわかっている。だから、コンビニで買った缶ビールを駅前で飲んじゃってるようなおじさんたちにはピッタリですよ。居酒屋よりもライトに、これまで「日高屋」あたりで飲んでいた人たちを「吉呑み」に呼び込むことができます。ザ・サラリーマンに新たなライフスタイルを提案することになりますね。サラリーマン濃度の高い街で展開していけば、早晩軌道に乗るんじゃないでしょうか。あと、今後もコンスタントに当たる定食を出すこと、マクドナルドの「月見バーガー」のような季節限定の人気商品をつくることができれば、吉野家は安泰です。

【唐仁原】その点、松屋は客層がちょっと違いますよね。

【金森】松屋のターゲットは女性や学生。「普段使い」を意識していると思います。牛丼でもいいけど、定食でもいい人が行く店。だから、非常にソツのない「食べてみてもいいな」と思わせる定食を出しますよね。理にかなっていると思います。

【唐仁原】ちょっと高い「プレミアム牛めし」。私はほぼ毎日食べてます。

【金森】実は牛丼の値段も、「お客から求められていないこだわり」のひとつ。今、吉野家牛丼並盛は300円、松屋は290円、すき家は270円ですけど、安すぎると思いませんか? 牛丼は2000年に松屋が並盛の値段を390円から290円に下げて以降、ずっと横並びで低価格競争をしているんです。でも、390円になったからって、牛丼を食べなくなる人はいませんよ。それなのに、何を怖がっているんだか、牛丼業界は値段を下げ続けている。その結果、人件費にしわ寄せがいってお客にまずい牛丼を食べさせているなら本末転倒。「プレミアム牛めし」は売れて当然なんです。たった90円高いだけでおいしいものが食べられるなら、消費者は絶対にそっちを選びます。松屋のこの成功を見たから、吉野家もきっと同じことをしますよ。

【唐仁原】正直、90円値上げと聞いたときは、とうとう牛丼のデフレ時代が終わったとガックリきました。しかし、発売されるとその魅力にとりつかれました。

【金森】それでいいんですよ。問題はすき家です。吉野家、松屋と比べると、ターゲットとメニューのマッチングがまったくできていない。CMなんかを見る限りではファミリー層を狙っているようですが、果たして今のメニューで家族連れが来るかと考えると……。

【唐仁原】都心の店舗にはあまり来てないですね。メニューに対する「遊び心」はビシビシ感じますけど、子どもに遊び心でつくった食事をさせたくないでしょうからね、親は。

【金森】ターゲットに合ったメニューを出すことも大事ですが、「顧客満足度」という飲食店としての「そもそも」の部分をもう一度考え直すべきでしょう。これまですき家は、店舗数の拡大のことばかり考えてきたでしょうから。でも、日本市場が縮小傾向にあるんだから、「拡大」という方向性自体が誤りなんです。最近では、ワタミもワタミ系列とわからない、少し高級志向の居酒屋を出店して人気が出ています。どんどん出店だけすればいい時代はとっくに終わっていることに早く気づいて、消費者に視点を戻してほしいです。

【唐仁原】プレミアム牛めしが好調で、価格競争よりも品質競争が始まるかもしれません。この対談のために1カ月牛丼屋に通いつめましたが、体調は万全で、力がみなぎっています。

【金森】品質競争という意味では、ちょっと安心できますね。今後は3社でうまくすみ分けて質の高い牛丼を提供してくれることを願いましょう。

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B級グルメライター
唐仁原俊博
食通の雑誌「dancyu」でも活躍するジャーナリスト。本対談のために1カ月間牛丼屋に通い続けた。最近はC級グルメ志向。
 
コンサルタント
金森 努
金森マーケティング事務所社長。徹底した顧客・生活者視点で日々企業戦略を立案。牛丼を愛する当代随一のマーケッター。

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(大高志帆=取材・構成 岡本凛=撮影 時事通信フォト=写真)