■トヨタ「ヴィッツ」で800km走ってみた

今年4月にハイブリッド車を除くガソリンエンジン車でトップとなるピーク熱効率38%を実現する1.3リットルエンジンを発表したトヨタ。熱効率とは、燃料を燃やして得られた熱のうちどのくらいを動力に変換できるかを示す割合で、現在、自動車メーカーは40%を当面の目標として熾烈な戦いを繰り広げている。ハイブリッドカー以外のモデルのエンジン戦略の遅れをしばしば指摘されてきたトヨタだが、この1.3リットルエンジンを皮切りに、一気にエンジン戦略を加速させる構えだ。

その新型1.3リットルエンジンを搭載したコンパクトカー「ヴィッツ」の改良版を800kmあまりテストドライブする機会を得た。

最高気温が36度という猛暑の中でエアコンをフル稼働させてのドライブであったが、ヴィッツの燃費のリザルトは大変優れたものであった。東京を出発、愛知県豊田市界隈をアップダウンのきつい山岳路を含めて走行し、浜名湖に達するまでの512.8kmの区間ではガソリン消費量22.7リットルで燃費は22.6km/リットル。そこから東京への帰着までの302.5kmでは12.8リットルのガソリンを消費し、燃費は23.6km/リットル。総走行距離815.4kmのトータル燃費は約23km/リットルであった。

筆者はこの区間をドライブする機会が多いのだが、23km/リットルという燃費は非ハイブリッドカーの普通車の中ではトップクラス。これを上回ったのは1リットル超クラスでJC08モード燃費首位(26.4km/リットル)のスズキ「スイフト」のみ。コンパクトクラスのハイブリッドカーや軽自動車のエコカーでも走り方によっては負けかねない数字である。

■市街地燃費の改善がカギ

ヴィッツの真骨頂は、バイパスや地方道など交通量の少ない道を交通の流れに乗ってクルーズするときだ。今年4月のマイナーチェンジを機に、ヴィッツは車両のエコ情報をきめ細かに表示できる液晶インフォメーションディスプレイをメーター内に設置。エンジンスタートからオフまでの区間燃費も簡単に計測できるようになった。

その区間燃費で最も良かったのは、愛知県の矢作川沿いでエコランアタックを行った時で、走行距離31.0kmで燃費計表示は30.7km/リットルに達した。また、交通の流れが速くなる夜の静岡県内のバイパスでも、走行距離89.3kmで26.4km/リットルであった。ちなみに試乗車の燃費計は2度の満タン法計測において、いずれも実燃費より若干悪い数字を表示しており。これらの区間でも実燃費は表示燃費よりさらに良好である可能性が高い。

巡航燃費がこれだけ優れているのにトータルで23km/リットルに終わったのは、市街地走行時の燃費が凡庸な数値であったためだ。ドライブを分析すると、クルーズ燃費では前出のスイフトをやや上回り、市街地燃費でスイフトを下回るというイメージで、市街地燃費を改善することができれば、さらに燃費の向上を図ることも可能だろう。

■トップを狙うマツダ「デミオ」

一気に燃費性能でトップクラスに踊り出た感のあるトヨタだが、エンジンの熱効率や変速機の伝達効率を巡るメーカー間の競争は激化する一方。ライバルも手をこまぬいているわけではない。

トヨタとスズキのバトルを横目に、トップ獲りを虎視眈々と狙っているのはマツダだ。今年の初秋にコンパクトモデル「デミオ」をフルモデルチェンジする見通しだが、その主力エンジンは排気量1.5リットルのターボディーゼルエンジンだ。

この次期デミオのプロトタイプ(生産型の試作車)を短時間テストドライブする機会があったが、新開発の1.5リットルディーゼルの完成度は素晴らしいものであった。マツダは先行してSUV「CX-5」や上級セダン「アテンザ」などに、より排気量の大きな2.2リットルディーゼルを大々的に搭載して注目を集めた。その2.2リットルディーゼルと比較しても、1.5リットルディーゼルは見劣りするようなものではなかった。

とりわけ優れていたのは、ディーゼルの弱点とされる騒音・振動がきわめて小さかったこと。2.2リットルも優秀ではあるのだが、エンジンの排気量が小さいぶん、みっちりと回るフィールは圧倒的に1.5リットルが良好。燃費については、もともとガソリンに比べてピーク熱効率が高く、また低速から高速まで広い範囲で高い熱効率が維持されるというディーゼルの特性上、相当良い数字を期待できそうである。このディーゼルモデルは発売前からユーザーの関心がかなり高く、今年の“エコカー秋の陣”の台風の目玉となることは確実な情勢だ。

スズキ「ワゴンR」の新機能とは

トヨタに迫られたスズキも黙ってはない。8月下旬に主力軽自動車「ワゴンR」をマイナーチェンジするが、それを機にJC08モード燃費を30km/リットルから32.4km/リットルに引き上げるという。このモデルの注目点は、アイドリングストップ装置を改良して発電機にモーター機能を持たせ、駆動力をアシストするシステムが採用されることだろう。

これはきわめて規模の小さなハイブリッドのようなものだが、コスト的には本格的なハイブリッドよりはるかに低く、すでにアイドリングストップがついているクルマに実装するのが簡単というメリットを持つ。4月にスズキは「エネチャージII」というこのシステムを技術発表会で公開。関係者は「小さいながら難題は多いが、できるだけ早くデビューさせたい」と語っていたが、予想以上に完成は速かった。ワゴンRだけでなく、コンパクトカーのスイフトに搭載するのも時間の問題とみられ、ライバルを引き離しにかかってくることは想像に難くない。

従来型のモデルの燃費はここ10年、加速度的に良くなってきており、前述のように交通の流れがスムーズなところでは20km/リットル台半ばくらいでスイスイと走れる時代がすでに到来しつつある。今日、日本市場は世界でも突出してハイブリッドカーの市場占有率が高いのだが、普通のクルマでも道路がそれほど混雑していない環境下では十分経済的に運用できるということが知れ渡るにつれ、その状況も次第に変化していく可能性がある。

■ハイブリッド陣営がやるべきこと

ハイブリッドカーのトップランナーは言わずと知れたトヨタだが、そのトヨタのエンジニアの間でも、ハイブリッド一辺倒ではまずいという空気は流れている。

「都市走行の割合が高い日本のユーザーが欧米に比べてハイブリッドになびきやすいのは確かだが、現在の日本のハイブリッドカーの比率の高さはバブルに近いものがあると思う。ハイブリッド陣営が何か大きなレベルアップを果たせなければ、コンパクトクラスにおいては次第に普通のエンジン車が復権を果たしてもおかしくない。それくらい最近のモデルの燃費性能は高い。ハイブリッド陣営がやるべきことは、ここ10年以上高止まりしているコストをいい加減下げること。そして、性能をさらに上げること」(トヨタのパワートレイン開発エンジニア)

今秋、マツダのコンパクトディーゼルの参戦で、ますます激しくなる燃費競争。ガソリン高騰の折、クルマを必需品とするユーザーにとっては何とも有り難い話だが、各メーカーのエンジニアにとっては胸突き八丁の戦いが当面続きそうだ。

(ジャーナリスト 井元康一郎=文)