「看板に偽りあり」はなぜ繰り返されるのか?(前編)/日沖 博道
外食産業や有名ホテルで次々に明らかになる偽装表示。冷蔵・冷凍輸送のはずが常温になっていた一部の宅配便。いずれも本質はコンプライアンス問題である。信頼してくれた消費者を欺く行為であるという認識を組織内に浸透させることができるかが問われている。
10月に阪急阪神ホテルズの直営8ホテルなどで「鮮魚のムニエル」に冷凍の魚を使用するなどしていたのが内部調査で判明したのをきっかけに、他の有名ホテルや百貨店内でのレストラン・宴会場でのメニューの偽装表示が次から次へと明らかになっていることは周知の通りである。今、内部調査を進めている会社が今後、「実はうちでも」というのを発表するだろうから、まだ暫くはこの騒動が続くだろう。つまり特定の企業の問題ではなく、「業界の常識」の問題と思われる。
ただし一律に「偽装表示」と括ってしまうと可哀そうなケ−スもある。例えば日本橋高島屋のあるレストランではビーフフィレステーキなどに正しく牛ヒレ肉を使っていたが、厚さを揃えるために細い部分は折り返して結着材でつないでいたため、「加工肉」と表示すべきとされた。これは業界では一般的な調理法だそうで、虚偽とか偽装という類ではないだろう。
微妙なケースもある。幾つかの中華料理店や宴会場で「芝えびの…」とメニュー表示しながら実際にはバナメイエビを使っていた。小エビのことを「芝えび」と呼ぶものだと認識している中華料理人は多いらしく、「偽装」の意図がなかった店もあろう。それでも「小エビの…」とメニュー表示している店も事実あるので、経営者がそこまで気を使わずに大雑把だったともいえる。しかし「芝えび」は小ぶりだが天然で、「バナメイエビ」は少し大ぶりだが養殖であるため相対的に安いことも事実で、意図的に偽装表示していた店も少なくないと思える。
それ以外のケースは、意図的に偽装表示したとしか思えない、悪質なものが多い。「ビーフステーキ」と表示された牛脂注入肉、「車エビ」と表示されたブラックタイガー、「鮮魚」と表示された冷凍魚、「フレッシュジュース」と表示された冷凍ジュース、等々。どれも明らかにメニュー上は新鮮・高級に見せて価格を高くする表現を用いながら、実際にはコストを抑えるために安い食材を使っていた。
以前に食品会社で問題になった偽装表示と全く同じ構図で、「どうせ客には分からないだろう」という不誠実さが感じられ、決して一部のホテルやレストランの幹部が主張するような連絡不足が原因ではないと思われる。
実は小生も以前、あるホテルチェーンのBPRをコンサルティングしたことがあり、レストラン部門も含まれていたので、多少は実態が分かる。今や外食産業の現場では、コスト削減や利益確保を上からやかましく言われる。しかも大多数の消費者の舌はいい加減だということを、経験的にも伝聞的にも皆分かっている。
すると何かの拍子に、メニューに表示している食材より格段に安いものを使う誘惑が目の前をちらつかない仕入担当者は少数派だろう。問題は、実際に安い食材に切り替えるなら、同時にメニューの表示を変えるまで組織として動いているか、である。メニュー表示はお客に対する「店のマニュフェスト」なのである。
これはいわゆるコンプライアンス問題である。そしてコンプライアンスというのは、顧客の信頼を裏切っていないか、社会に後ろ指を指されることがないか、組織人の誠実さと倫理観が問われる問題なのである。経営層と管理職が普段から口を酸っぱくして具体的に「こういったことをやったら、うちはアウトだよ」と言い続けていないと、なかなか普通の従業員は真剣に考えない類の話なのである。
食品業界が偽装問題で大騒ぎになったのは2007年であり、それを他山の石として自らを省みる時間は十分過ぎるほどあったはずだ。残念ながら、今回問題が表面化している外食企業では、経営者にそうした問題意識は薄かったのではないか。
ところで、テナントのレストランや総菜店に偽装表示が見つかったからといって百貨店を非難する報道はおかしいと思う。百貨店がテナント店のメニューや食材をいちいちチェックするようにしていたら、とんでもないコストアップになろう。それを負担することになるのは、結局は消費者だ。ヒステリックにならず、社会的に妥当な改善への方向性を示すのがジャーナリズムの仕事のはずだ。
※「看板に偽りあり」はなぜ繰り返されるのか?(後編)に続く
10月に阪急阪神ホテルズの直営8ホテルなどで「鮮魚のムニエル」に冷凍の魚を使用するなどしていたのが内部調査で判明したのをきっかけに、他の有名ホテルや百貨店内でのレストラン・宴会場でのメニューの偽装表示が次から次へと明らかになっていることは周知の通りである。今、内部調査を進めている会社が今後、「実はうちでも」というのを発表するだろうから、まだ暫くはこの騒動が続くだろう。つまり特定の企業の問題ではなく、「業界の常識」の問題と思われる。
微妙なケースもある。幾つかの中華料理店や宴会場で「芝えびの…」とメニュー表示しながら実際にはバナメイエビを使っていた。小エビのことを「芝えび」と呼ぶものだと認識している中華料理人は多いらしく、「偽装」の意図がなかった店もあろう。それでも「小エビの…」とメニュー表示している店も事実あるので、経営者がそこまで気を使わずに大雑把だったともいえる。しかし「芝えび」は小ぶりだが天然で、「バナメイエビ」は少し大ぶりだが養殖であるため相対的に安いことも事実で、意図的に偽装表示していた店も少なくないと思える。
それ以外のケースは、意図的に偽装表示したとしか思えない、悪質なものが多い。「ビーフステーキ」と表示された牛脂注入肉、「車エビ」と表示されたブラックタイガー、「鮮魚」と表示された冷凍魚、「フレッシュジュース」と表示された冷凍ジュース、等々。どれも明らかにメニュー上は新鮮・高級に見せて価格を高くする表現を用いながら、実際にはコストを抑えるために安い食材を使っていた。
以前に食品会社で問題になった偽装表示と全く同じ構図で、「どうせ客には分からないだろう」という不誠実さが感じられ、決して一部のホテルやレストランの幹部が主張するような連絡不足が原因ではないと思われる。
実は小生も以前、あるホテルチェーンのBPRをコンサルティングしたことがあり、レストラン部門も含まれていたので、多少は実態が分かる。今や外食産業の現場では、コスト削減や利益確保を上からやかましく言われる。しかも大多数の消費者の舌はいい加減だということを、経験的にも伝聞的にも皆分かっている。
すると何かの拍子に、メニューに表示している食材より格段に安いものを使う誘惑が目の前をちらつかない仕入担当者は少数派だろう。問題は、実際に安い食材に切り替えるなら、同時にメニューの表示を変えるまで組織として動いているか、である。メニュー表示はお客に対する「店のマニュフェスト」なのである。
これはいわゆるコンプライアンス問題である。そしてコンプライアンスというのは、顧客の信頼を裏切っていないか、社会に後ろ指を指されることがないか、組織人の誠実さと倫理観が問われる問題なのである。経営層と管理職が普段から口を酸っぱくして具体的に「こういったことをやったら、うちはアウトだよ」と言い続けていないと、なかなか普通の従業員は真剣に考えない類の話なのである。
食品業界が偽装問題で大騒ぎになったのは2007年であり、それを他山の石として自らを省みる時間は十分過ぎるほどあったはずだ。残念ながら、今回問題が表面化している外食企業では、経営者にそうした問題意識は薄かったのではないか。
ところで、テナントのレストランや総菜店に偽装表示が見つかったからといって百貨店を非難する報道はおかしいと思う。百貨店がテナント店のメニューや食材をいちいちチェックするようにしていたら、とんでもないコストアップになろう。それを負担することになるのは、結局は消費者だ。ヒステリックにならず、社会的に妥当な改善への方向性を示すのがジャーナリズムの仕事のはずだ。
※「看板に偽りあり」はなぜ繰り返されるのか?(後編)に続く