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小惑星探査機「はやぶさ」の活躍はまだ記憶に新しい。そのはやぶさを宇宙に送り届けたのは、日本が誇る固体ロケット「M-V」(ミュー・ファイブ)であった。"世界最高性能"とも呼ばれたこのロケットは、コスト高を理由に2006年に廃止されてしまったのだが、現在、その後継として開発が進められているのが「イプシロン」である。プロジェクトマネージャーとしてイプシロンの開発を率いる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の森田泰弘教授に、イプシロンとはどんなロケットなのか、今までのロケットとは何が違うのか、詳しく話を伺った。
■固体ロケットと液体ロケットの"いいとこ取り"
──固体ロケットの特徴はまずシンプルなことですよね。


シンプルさが極限まで追求され、これまでとは劇的に違います。まず複雑なエンジンがいらない。固体ロケットのモーターは、単なる筒に出口があるだけです。恐らく、液体ロケットと比べると、部品点数は倍くらい違います。

ロケット開発の半分以上はエンジン開発です。液体ロケットの開発に時間も人数もお金もかかるのは、エンジンを開発するのがすごく大変だからなんです。H-IIの開発には10年近くもかかりましたが、イプシロンは実質3年で初号機を打ち上げます。

だから、新しいことも試しやすい。液体ロケットでは、なにか新しいことをやろうとしても、打ち上がる10年後には陳腐化している。しかし、固体ロケットならば3年で上がるので、いま最新のことをやっておけば、上がったときにも世界一である可能性が高い。短期間で実証できるのが固体ロケットの大きな強みです。

そうやって固体ロケットで獲得した新技術を、次のステップでは液体ロケットにも適用して、さらに将来の再使用型ロケットにも繋げていくのが我々の戦略となっています。固体ロケットを輸送系全体のパイロットプログラムにするわけです。

──しかし一方、固体ロケットには、一度点火したら燃え尽きるまで止められないという特性上、衛星の投入精度は液体ロケットに比べ、悪くなる問題もあります。

プシロンの基本形態は全段固体の3段式ロケットですが、液体エンジンの「PBS(ポストブーストステージ)」を4段目として搭載するオプション形態も用意されています。これを使えば、投入高度の誤差は±20km程度と、液体ロケット並みの精度が実現できます。

PBSは液体エンジンと言っても、M-Vの姿勢制御用エンジンと同じような1液式エンジンで、非常に取り扱いは簡単。燃料は有毒なヒドラジンですが、工場で充填して封印してから運ばれてくるため、固体燃料と同じように扱うことができます。そのため、イプシロンのシンプルさには全く影響はありません。



[写真] イプシロンのオプション形態で用意されるPBS。液体エンジンなので、最終軌道に精度良く衛星を投入することができる。
Credit:JAXA


──PBSの使い方を教えてください。

基本的には、3段目の燃焼が終わってから、4段目として最終軌道に正確に合わせるのが役目ですが、それだけだと、3段目の燃焼終了時に、誤差が大きくなっている可能性があります。すると4段目で修正するのが大変になってくるので、3段目の燃焼中からPBSを使ってロケットの姿勢を制御して、誤差を小さくする方法が考えられています。

イプシロンの3段目は、1〜2段目と違って、スピンさせることで姿勢を安定させます。このとき、何もしなくてもスピンの回転軸の方向は維持されますが、もしここで誤差があったら、どんどん蓄積して大きな軌道のズレとなってしまうので、PBSをピュッピュッと断続的に噴射することで、姿勢を正しい方向に修正していきます。

こうした制御はラムライン制御と呼ばれ、衛星では古くから使われてきましたが、決定的に違うのは回転の速さです。衛星の回転は1分間に5〜6回転くらいですが、ロケットは1秒間で1〜2回転とケタ違いに高速です。そのため、噴射のタイミングがシビアで、ちょっとでもずれると、ロケットが違う方向に傾いてしまいます。精度で言えば、数ミリ〜10ミリ秒程度の正確さが求められます。

1液式のエンジンでは、平気で50〜100ミリ秒の遅れが出てしまいますので、推力発生の立ち上がりと立ち下がりの特性を予め調べておいて、それを見込んで噴射の命令を出します。ここで重要なのは、遅れのバラツキを抑える技術ですが、宇宙研はこの技術を、前述のペネトレータの制御実験を繰り返してきたことで習得していました。ペネトレータ自体はLUNAR-Aの中止により、使うことはありませんでしたが、イプシロンでこの技術が日の目を見たというのは面白いですね。

──M-Vは衛星にとって"厳しいロケット"と言われていました。打ち上げ時の振動環境に対し、なにか改善は。

液体ロケットは燃費は良いが推力は小さい、逆に固体ロケットは推力は大きいが燃費が悪い、という特徴があります。固体ロケットは、推力が大きいのは良いのですが、打ち上げ時の音の衝撃が大きくなり、ロケットに搭載された衛星にとっては、決して乗り心地が良いものではありませんでした。衝撃が大きすぎれば、壊れてしまいかねません。

この対策として、イプシロンでは2つの工夫がしてあります。1つは、発射台の位置を12mほどかさ上げして高くしたこと。地面から離すことで、反射してくる音を小さくすることができます。もう1つは、発射台の下に滑り台のようなものを作って、燃焼ガスが地面と平行に流れていくようにしたこと。この2つの工夫で、イプシロンの音響衝撃はH-IIAと同等以下になる見込みです。



[写真] M-Vの発射台(左)とイプシロンの発射台(右)。M-Vは斜め打ち上げだったが、イプシロンはH-IIAと同じような垂直打ち上げになっている。
Credit:JAXA



(つづく)

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記事提供:テレスコープマガジン