9月11日の日本政府による尖閣諸島の国有化により、中国全土が反日一色に染まった。

一日当たりのデモ参加人数や発生都市数は、2005年に小泉純一郎首相(当時)が靖国神社を参拝したことなどを受けた反日デモを上回り、日中国交正常化(1972年)以来、最大規模。各地でとても法治国家とは思えない暴挙が繰り広げられた。

日本では13日頃から現地の様子を伝えるニュースが飛び込んでくるようになったが、暴徒化した中国人が日系企業の店舗や工場に次々と襲いかかったのだ。

パナソニックは山東(さんとう)省青島(チンタオ)の工場に乱入した暴徒により工場設備に火をつけられ、江蘇(こうそ)省蘇州(そしゅう)では工場の守衛室などが破壊された。同じく青島でトヨタの販売店が放火されて全焼したほか、日本車販売店も車両を壊されるなどの被害を受けている。

さらにイオングループのスーパー「ジャスコ」の青島・黄島店も1階店舗の大部分が壊され、商品が略奪された。湖南(こなん)省長沙(ちょうさ)の日系デパート「平和堂」も破壊、略奪行為によって営業再開のめどが立たないほどの被害を受けた

ほかにも、路上の日本車が倒されたり、日系コンビニのレジから金が奪われたり、日本料理店が襲撃される被害が報告されている。

そして、このように暴徒化した中国人のターゲットにされたのは企業や店舗だけではない。

12日夜、上海で日本人男性が中国人に声をかけられ、日本人だとわかると、いきなり殴られた。

13日にも同じく上海で日本人男性が歩いていたところ、何者かによって顔にラーメンをぶっかけられやけどを負っている。さらに前日に続き、「日本人か?」と声をかけられた日本人男性が、突然、足を数回蹴られた。

17日夜にも、香港のフェリーターミナル付近を散歩していた日本人夫婦がいきなり殴られ、頭部にケガを負わされた。

このほかにも、路上を歩いていたら頭から炭酸飲料をかけられる、メガネを奪われてレンズを割られる、いきなりすごい剣幕で「小日本人!」と罵声を浴びせられる、タクシーの乗車拒否をされるといった、街中や飲食店での被害が相次いでいる。



日本人であるというだけで狙われる。まさに“日本人狩り”ともいえる異常な状況にあるのだ。

上海在住のビジネスマンのA氏に、現地の様子を聞いた。

「やはり街には緊張感がありますし、外出はなるべく控えていますね。上海の日本領事館からもメルマガが届きましたが、これまでは月に1、2通程度、『日本人相手の、ぼったくり商売があるので気をつけて』といった内容だったのに、今回は一日に2通は届いています。『日本人だけで集団行動しないように』『外で日本語で大声で話さない』『デモには近づかない』といった内容でした」

A氏はこう続ける。

「しばらくは社用車での送り迎えが続くと思います。聞くところによると、一部の日系企業ではすでに日本人社員を中国から引き揚げさせているところもあるみたいです。ただ、結局は自分の身は自分で守らなければならないので、当分、外に出ても日本語を話さないようにするしかないですね。日本人の友人の中には、スーツを着ないで、中国人っぽい私服で仕事をしているヤツもいますよ」

理不尽な恐怖に息を潜める在留邦人には同情するしかないが、尖閣諸島を日本政府が国有化したことに端を発した今回のデモは、なぜここまで拡大したのか。

中国事情通の評論家、宮崎正弘氏はこう見る。

「今回の反日デモは、共産党公安部の“やらせ”ですよ。というより、05年も含めて、とにかく反日運動というのはやらせです。自然発生的な反日デモというのはあり得ない。ただ、今回はやらせの範囲を超えて収拾がつかなくなってしまったということです。その典型が青島や長沙です。公安の制御が利かなくなった」

やらせという根拠は?

「北京の日本大使館の前に行くと『(投げるための)卵はひとり2個まで』という紙を持って卵を配る公安がいたり、ペットボトルも用意されている。さらに、デモ隊が持つスローガンの書かれた横断幕もきれいに印刷されたもので、用語も統一されている」

言われてみれば、そうかもしれない。ただ、デモをやらせる目的はなんなのだろうか。

「まず第1は、政治への不満に対する“ガス抜き”。第2の理由が今回の特徴で、共産党内の権力争いです。10月の共産党大会で胡錦濤(こきんとう)体制から習近平(しゅうきんぺい)体制に政権が移行しますが、執行部の人事はまだ決まっていない。習近平の『上海閥』といわれるグループと、胡錦濤の『団派(共産党青年団)』が、執行部で多数派を取るために激しく対立しているんです」



権力闘争と反日デモ、その関係がピンとこないが、そのあたりを中国事情に詳しい評論家の黄文雄(こうぶんゆう)氏に解説してもらった。

「今は胡錦濤のグループである団派が徐々に力をつけてきて、中央だけでなく、地方でも胡錦濤のほうが優勢なんですね。中国では政権交代後も自分の力を誇示するために、執行部に自分の派閥の人間を送り込みますから、習近平としては胡錦濤に力をつけてもらっては困るわけです。今回の反日デモは習近平の胡錦濤への逆襲とみられます」

胡錦濤にとって、今回の反日デモはどんな影響があるのか。

「まだ政権は胡錦濤にあります。その間に民衆を制御できないという状況をつくればいいわけです。そのためには、パナソニックやミツミ電機などの“親中派”企業を焼き打ちにすればいい。(パナソニックの創業者)松下幸之助は中国の近代化、発展に大きく貢献し、中国との関係は非常に深い。『井戸を掘った人を忘れない』という中国が忘恩の挙に出たわけですから、胡錦濤政権にとってはものすごい赤っ恥で打撃ですよ」(前出・宮崎氏)

さらに宮崎氏は、今回の反日デモにはもうひとつ別の目的があったと分析する。

「国内矛盾のすり替えです。今の中国は反日どころではない。バブルは完全に崩壊しているし、失業者はあふれ、特に700万人の新卒者のうち230万人から250万人が就職できない。この状態が5年も続いていますから、1000万人以上の若い大卒者が無職なんですよ。これは国としてかなり厳しい。報道では“若者”の参加が目立つといっていますが、正確には“若い失業者”です。そんな彼らの不満をどうすり替えるか。中国では徹底した反日教育が行なわれているので、それを利用しているわけです」

では今後、反日デモはどうなるのか。

「今回は収束に向かうでしょう。でも、中国は国内経済も治安もガタガタですし、共産党内部の権力争いも続くでしょうから、その目をそらすための反日デモは今までよりも増えていくんじゃないでしょうか」(前出・黄氏)

中国の内政のために利用される反日。たまったもんじゃない。

(取材・文/頓所直人)