『雇用の常識 決着版「本当に見えるウソ」』海老原嗣生/筑摩書店
総務省発表などの公のデータに、妥当になるような統計処理をして雇用にまつわるウワサを検証していく本書。新聞やテレビに惑わされないためのリテラシーを身につけたり、働くスタイルについて考える情報ソースにもなるぞ。

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日々ニュースとかを見ていると、「新卒の正社員雇用が激減」とか「年金システムが崩壊寸前」とか、ショッキングな言葉がならんでいて、「日本もう終わってるな」「やっぱりもう欠陥が蓄積しまくった社会になっちゃってんだよな」って感じになる。

だけどどの記事見ても、どういうデータをどう解釈してその記事書くに至ったのか、全然書いてないことが多い。そしてショッキングな見出しの「ウソ率」は意外なほど高い。名前こそ有名立派な新聞だけど、データの「こねくりまわし」も日常茶飯事。

そんな記事の元となったデータを、妥当なプロセスで読み取ってゆく『雇用の常識 決着版「本当に見えるウソ」』が文庫として出た。ただ「マスコミはウソばっかり」というのではなく、「こういうトリックで、こういう社会構造を無視して、こういう見出しを作ったんだな」というのが数字と理屈で解る、非常にお見事な本だ。

本書は序盤たった50ページで「日本型雇用崩壊の噂」を検証する。真面目に統計データを見て、思い込みを排除して、いろんな可能性を、ざっくり優先順位をつけてスマートに考慮している。そうして得られる結果は以下の通り。

・終身雇用は崩壊していない
・転職はちっとも一般化していない
・若年の就労意識は三〇年前のまま
・就職氷河は、企業に責任転嫁された
・本当の成果主義なんて日本に存在しない

という感じだ。別にこれは主張ではない。それぞれを見ると多くが「ではない」というような形で終わっているのがわかる。つまり、「こうなんじゃないか」というニュースが広めた世間の認識をにたいして、「いや、別にデータからはそうは読み取れないっす」という感じだ。まさに検証。

たとえば若者の非正規雇用。僕が新聞社の人間なら、できるだけ非正規の割合が高いことを報じたいと思うだろう。そう思ったとき、どうするかというと、

・学生バイトの人数を合算する。
・中卒と高卒を合算する。

これだけで一気に「非正規5割」が言える。でも大卒と院卒だけのデータだと、非正規の割合は男性で10.8%、女性で33.5%となる(総務省統計局「労働力調査2009」)。

こういうデータを見ていると、女性の社会進出や、中卒高卒の雇用状況の方が問題に思える。だけど新聞は、「もらい逃げする高齢世代」「損ばっかりのかわいそうな若者」という解りやすい構図を打ち出しているように見える。

同じようにワーキングプアの問題も、「わざとあんまり稼いでいない」、パートの主婦やバイトの学生、年金をもらっている高齢者などを合算したデータを用いている場合が多いという。彼らは他の所得があって節税のために意図的に「年に103万」などのラインにおさめている。そういう人を合算して「ほらみんな貧乏だ!」というのは、インチキっていってもいいレベルだろう。

本書はそういったウソを暴いていきながら、日本の雇用をとりまく構造変化や景気の影響の大きさなどを、ていねいに解説していく。

否定されがちな新卒一括雇用も、日本の雇用スタイルにあっている部分が多いというのも説得力があった。元々日本は新卒後数年間はふらふらする傾向が多く、そのために昔からその年代の離職率は高かったという。だが再就職率も同様に高く、アメリカのように就職時に専門や生涯所得がバチッと決まってしまう傾向が強い社会とは異なるのだ。

最近も新聞などで「大卒・専門卒の半数以上が不安定な雇用状態か無職状態」と言われることがあるが、離職と再就職を考慮すれば、卒業後数年間でミスマッチが解消されたりしていると考えることもできる。

ともかく、社会が1つの単純な理由で革命のように変化することはまれで、何十年もかけていくつもの変化がいろんなベクトルで動いている。ニュース記事を読む1分間で、簡単に世情を理解しようなんて思う僕らの感覚もどうかしてるな、と思わされる。大企業にばかり向かって、終盤に慌てて中小企業を受けるような就職活動を行う大学生の行動パターン解析なども面白く、おすすめです。(香山哲)