昨季の栃木SCは、J2初年度の洗礼を浴びて17位と低迷。しかし、今季は中位をキープしながら、いち早くJ1復帰を決めた柏に2戦2分、33節にはJ1昇格を争う3位福岡をアウェーで撃破するなど、常に上位を脅かす存在にまで成長を遂げた。チームが躍進した大きな要因は、他チームも手を焼くその鉄壁の守備組織にあるだろう。

栃木SCを率いて2季目となる松田浩監督は、J屈指の「ゾーンディフェンス」の使い手として知られる。「自分たちの組織的なサッカーをやれば、相手のシステムに関係なく良い試合ができる」。松田監督はそう豪語する。この組織的な守備がまはると、相手の攻撃は消化不良を引き起こす。栃木SCの堅守速攻は、今やJ2他チームの脅威だ。今回、松田サッカーの代名詞とも言える「ゾーンディフェンス」の手法やその拘りについて、改めて松田監督に詳しく聞いた。

※このインタビューは、11月上旬にJマガ公式携帯サイトへ掲載したものの再掲です。

■オフサイドトラップは死語だ
――今季、ニッパツでの横浜FC対栃木SCの試合をスタジアムで見たとき、大黒将志選手と大久保裕樹選手のものすごいやり合いが強烈に心に残りました。大久保選手にはラインコントロールからファーストアタックまで、たくさんのタスクが課せられていました。また、大黒選手がディフェンスラインの裏、裏を狙っているのにもかかわらず、栃木のディフェンスラインはボールホルダーの状況によってかなり細かくラインの上げ下げをしていたのが印象的でした。
「ラインコントロールは何のために必要か。それはチームをコンパクトにするためです。今はもう、オフサイドトラップは死語です。3人か4人で、クッとラインを上げてオフサイドにかけることがありますが、それは例えそのときにできたとしても、二列目から飛び出されたら終わりです。だからもうオフサイドトラップはないものだと思っているんです。唯一あるのはひとりで決めるときです。ひとりならばラインを揃える必要もない。ボールが出てくるときにラインを上げるのならば、それは間違いなくオフサイドトラップです。でも、うちがラインを上げるのは、ボールが出て来ないときにだけ上げるんですよ」

――はい、それはすごく感じました。
「チームをコンパクトにしようとしているだけなんです。中盤の選手が動くスペースを少なくしてあげたいからです。それと、オフサイドポジションに残った相手の選手が死んでしまうから、一回戻させるようにすると」

――つまり、常にディフェンスラインと中盤のラインを細かく設定していると。
「僕は3つのライン全体で、25m〜30mが適正だと思っているんです。そこがそれ以上開くと、浮球のボールが入ることになるんです。たとえ浮球のボールが入っても、相手がちょっとトラップミスをしたり、振り向いたりしたときにボールが奪えるのが理想的です。3ラインが25mならば、間は10mちょっとずつですかね。それくらいの幅であれば、こちらのプレッシャーがかかっている状況で相手がそこに浮球を落とすのは難しい。ほとんどがボランチに引っかかる。足元にスポッと入れるには難しいパスになります。たとえパスが入ったとしても、サンドイッチしたり、プレスバックしたりして抑えにいきます。いずれにしても、3ラインがくっ付き過ぎるとダメですね。2ラインになってしまうので。それは縦横いずれもそう。

縦は、後ろの人のラインコントロールによって保ちます。あるいは、2トップが下がることによって保つ。そして、横にもコンパクトである必要があります。僕は『門を閉じる』という言い方をしますが、相手の2トップや、ボックスタイプのミッドフィルダー、ワイドミッドフィルダーが中に入ってきた場合、あとは3−4−3の1トップ2シャドー、2トップ1シャドーなど、そこにゴロでボールが入ることがかなり問題なんです。浮球でそこにボールが入るのはまだ危機的ではありません。それが起こらないために横もコンパクトでなければいけないんです」

――そういう意味で、2008年の神戸はその横方向のスライドも滑らかでした。
「縦横にコンパクトであること。たとえば、水族館でイワシの群れがワッと動くでしょ。あれが理想なんです。2008年は神戸にキム・ナミルがいましたよね。彼は最初それが全然できなかった。ボランチだから、いつも集団のへそにいる必要があります。でも、相手がサイドチェンジをしたとき、キム・ナミルだけが群れの外れた場所に残っていた。マンツーマンディフェンスで育ってきた選手でした。でも最後は完璧に身に付けてしまって、本当に素晴らしかった」

■「こっちのラインは俺たちが決める」という考え方
――大久保裕樹選手についてはどうでしょうか。彼は昔から、マンツーマンのハードワーカーという印象が強いプレーヤーでした。でも昨年栃木に加入して、ゾーンディフェンスでの効率的な守備を覚えたことで、本人も「それまでのプレーの粗さがなくなった」と話しています。彼の成長をどう見ていますか?
「マンツーマンは、その対戦する選手との力関係で上にいっていれば問題はないですが、下だったらダメです。マンツーマンで私が感じるのは、相手にくっつき過ぎなんです。うまくて強い選手は、くっつかれたら助かりますよ。相手がどこにいるかわかるから。私も、アルシンドやディアスと対戦して、背中からぶつかっても、うまい選手がミスをするのを待つのは無理だなと思いました。逆に、変にハードにいくと決定的なピンチを招いてしまう。

裕樹(大久保)の場合、昔はそのやり方しか知らないから、強い選手と対峙すると引きずられて、イエローカードをもらったりしていた。『粗っぽさがとれた』というのは、そういうプレーがなくなったということだと思います。常に1対1ではなく、常に相手に当たっていない状況で、こことここに仲間がいると思えば楽でしょ? 自分が抜かれたら終わりではない。そういう面白みを感じてくれたと思うんです」

――まったく別の守備のやり方が、彼の成長に繋がったということですね。
「私なんかの場合、マンツーマンからゾーンディフェンスになったとき、嬉しくて仕方がなかったですよ。20歳前後の元ヴェルディの武田修宏選手のようなスピードのある選手に、『何で付いて回らなきゃいけないんだ』って、本当に嫌でした。だから、バクスターのゾーンディフェンスは目から鱗でしたね。一回引退してコーチになって、また選手として復帰したとき、ゾーンディフェンスが本当に面白いようにやれたんです。それでまた武田とも対戦したんですよ。彼がヒュっと走り出すでしょ。行ってらっしゃいって感じで。その次のタイミングでパスが出てもオフサイド。もう嬉しくて仕方がない。

ディフェンスは常に受け身というイメージがありますが、『こっちのラインは俺たちが決める』という考え方です。今までは武田選手のような裏を狙う選手たちにラインを下げられて、相手にラインを決められていた感じはあったけれど、こちらが主導権を握ったディフェンスができるようになった。それと、基本は相手を外に出させるのが常識なのに、バクスターは中にやらせるんです。『本当にいいの?』というのが最初はあったけれど、実際、左利きの選手が左サイドから中に入ってもシュートはないんです。ボランチがシュートブロックにいけるし、抜かれることもないわけです」

(第2回へ続く)

■著者プロフィール
鈴木康浩

1978年生まれ、栃木県宇都宮市出身。Jリーグ登録フリーランス。作家事務所を経て独立。現在はJ2栃木SCを中心に様々なカテゴリーのサッカーを取材。「週刊サッカーマガジン」「ジュニアサッカーを応援しよう!」などに寄稿している。

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