「ネグレクト」というコトバは10年前に広まった 大阪市西区のマンションから幼児2人が遺体で見つかった事件で、7月30日に死体遺棄容疑で逮捕された母親の風俗店従業員下村早苗容疑者(23)。その後の下村容疑者の話などから、2人を室内に放置して殺害した疑いが強まったとして、大阪府警捜査1課は下村容疑者を殺人容疑で再逮捕した。下村容疑者は「2人が亡くなった原因は、私にある」と話し、容疑を認めているという。

 下村容疑者のとった、母としてあるまじき行動は、いわゆる「ネグレクト(育児放棄)」と呼ばれる。この「ネグレクト」についてちょっとおさらいしておこう。ネグレクトは、子供にとって必要不可欠な食物、衣服、生活場所を与えない、言わば目に見えにくい児童虐待の一種。この言葉は、筆者の記憶が正しければ、2000年12月に発覚した『村田真奈ちゃん段ボール詰め餓死事件』をきっかけに、一気に世間に認知された。この事件を題材にしたルポルタージュ『ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』が話題となり、広まったのである。

 この事件を振り返ると、3歳になったばかりの村田真奈ちゃんが、名古屋にあるアパートの一室で、段ボール箱の中に入れられたまま餓死した。両親は共に当時21歳。10代で親になった夫婦だった。逮捕当時、小さなアパートの中は段ボール箱まで容易にたどり着けないほどのゴミ屋敷状態で、酷い臭いが部屋中に充満していた。しかし両親は、腐臭も気にならず、何とかしなければとも思わなかったという。つまり若く幼稚な両親は、完全に思考停止に陥っていた。

 下村容疑者もまた、逮捕前、一度自分のマンションに戻り、子ども二人の死亡を確認しているものの、何の措置もとらずに部屋を後にしていることなどから、同様に思考停止状態だったことは想像に難くない。
増加するであろうネグレクト事件 また、ネグレクトしてしまう親は、自分自身も、同じような体験をしていることが多い。下村早苗容疑者の父親は、某名門ラグビー部の名監督と呼び声が高い人物。しかし、父親には二度の離婚歴があり、シングルファーザーの間は家事をする様子はなく、子供の面倒もあまりみていなかったという。そういったフクザツな家庭環境下で育った下村容疑者ゆえ、もともとネグレクトに走ってしまう危険性は持っていた、という見方も出来る。

 ちなみに、厚生労働省の調査によれば、平成20年度に虐待死した67人(心中以外)のうち、ネグレクトは約2割の12人だった。さらに、今年上半期(1〜6月)、刑事事件として立件されたの児童虐待の件数は、前年同期比15%増の181件にのぼった。そのうち身体的虐待が140件と8割近くを占めたが、ネグレクトも少ないながら10件立件されている。
 これらの報告を見ていると、ネグレクトという「虐待」は、これからどんどん表面化していく懸念を禁じざるを得ない。
 その懸念の象徴的な理由として、下村早苗容疑者が取り調べに対して「周りに相談できる人がいなかった」と述べたこと。ある識者は「育児をがんばろうという気持ちはあっても自分自身の生活で精いっぱいになるなどして、結果的にネグレクトに走ってしまう親もいる」と述べ、専門家によるカウンセリングや育児支援の必要性を訴えるが、若く知識も人脈も、そして想像力もない親が、育児に行き詰まって誰かに相談したとしても、周囲も頼りにならなかったとしたらどうすればいいか、路頭に迷うことになるのは火を見るよりも明らか。地域との繋がりもない環境、アテにできない親や親戚…。このような状況の下では、子どもをマトモに育てられるはずもない。
想像力の欠如は止められるものではないから…
 下村容疑者について「母性というものがないのか?」と憤る声は絶えない。しかし、母性というのは、もともと備わっていると考えない方がよいと、ある心理学者は警鐘を鳴らす。人間の場合、親の愛情を感じながら、母性は育まれていくものなのだ。下村容疑者の場合は、それが足りなかった。さらに、安易なセックスと結婚、そしてそれらの破綻によって全てのバランスが崩れる。そういったことを「想像」できない未熟さが「思考停止」へとつながり、あり得ない行動をとってしまった。

 その背景には、「結婚」「離婚」がお手軽感を増してしまったという社会的な風潮が見え隠れする。とかく非婚、晩婚化が問題視される昨今だが、一方では、「できちゃった結婚」や「ブチギレ離婚」が横行している事実もあるのだ。できちゃった婚が悪いとは今さら言わないが、日々芸能ニュースなどで流れるそういった風潮を、若いカップルは「アリ」だと思いこんでしまう。そしてそんな風潮に翻弄されるかのように、実際オママゴトのような結婚生活をしている夫婦も決して少なくはない。そして、こういった夫婦や、また破局して片親になったシングルマザー、ファーザーがいっぱいいっぱいになってしまったとき、身体的虐待やネグレクトに走る危険性が生じてくる。だから、残念ながら下村容疑者のような親は、社会にまだまだ潜伏しているはずだ。
 想像力がないまま育ってしまった人間に、今さら想像力を求めても無駄である。ゆえに今後も、この様な哀しい事件は繰り返され、また増加して行くであろう。

 しかしながら、今私たちがすべきことは、下村容疑者や、日々起こる虐待事件の親たちの想像力の欠如を責めることではない。責めるべきは、想像力を育めず、思考停止に陥ってしまうような人間を生んでしまう環境を甘んじて許してしまっている社会全体だ。言い換えれば、家族、友人、隣人、地域との繋がりについて、こういった事件が起こる度に一人ひとりが考え、自分の出来ることから実行していくことが重要だと思う。そう、たとえば、シングルマザーの友達がいたら、メールでも何でも、一声かけてあげるような簡単なことからでいい。そんな「お節介」が、今一番この社会で欠けているものなのだから。そんな些細な意識が、あるいは大きな抑止力となる可能性もあるだろう。
(NANIO)

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▼外部リンク

ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか (小学館文庫)