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事故や病気で言葉が出にくくなる「失語症」に悩む人々がいます。回復を目指して頑張る姿に密着しました。

【写真を見る】言葉が出ない… 脳出血で倒れ“失語症”に 「死んだ方がよかった」 苦悩の男性 推定50万人も支援進まず

愛知県内に住む福長潤さん54歳。5年ほど前に脳出血で倒れ、今も半身に麻痺が残っています。この日は、3か月に一度の定期検診です。

今も悩まされているのは…

(福長潤さん)
Q.どこかへ出かけた?
「…えーと…岐阜」

話そうとしても、すぐには言葉が出てこなくなる「失語症」。脳出血や交通事故などで脳の言語を司る部分に障害が残り、話せなくなったり言葉を理解できなくなったりします。

“海外に突然放り出されたような感覚” 

福長さんは長年 洋食店で料理人をしていましたが、退職を余儀なくされました。

(医師)「血圧が少し高い。いつもはいくつ?」
(福長潤さん)「えーと…」
(支援者)「数字書きます?」

病院の診察で、体調を説明しなければならない時にも苦労します。

(福長潤さん)
Q.日常生活でどんな困り事がある?
「もう、いろいろ。つらい」

言葉の通じない海外に突然放り出されたような感覚で、簡単なコミュニケーションも難しいと言います。

愛知県内に3万人以上いる失語症者 支援受けるのはたった130人

国内に50万人以上にのぼると見られる失語症。国は支援事業を制度化し、訓練を受けたボランティアが外出や通院などの日常生活を支援する無料のサービスが各自治体ごとに行われています。

福長さんも通院の際、サポートしてもらうためについてもらいます。

(福長潤さん)
Q.いないと困りますか?
「うん、そう。困る」

愛知県内の失語症者は3万人以上と見られていますが、「意思疎通支援事業」を利用している人はわずか130人程度。

(愛知県言語聴覚士会 石田有紀さん)
「これだけ毎年 失語症患者がいるのに、約130人のわけがない。支援事業の周知が足りていない。知らないが故に繋がりきれていない方が多い」

「倒れた時にそのまま死んだ方がよかった」64歳の男性

名古屋市に住む、高橋文彦さん64歳も失語症と闘う一人。国の支援事業が、大きな助けになったと言います。

(高橋文彦さん)
「役所に行く時に、意思疎通支援者に頼んで一緒に行けばなんとかなる。家の中にいるだけだと進歩しないから」

高橋さんは大手自動車メーカーの営業職でした。仕事一筋でしたが6年前、58歳の時に出張先で電車に乗っていた時に脳出血で倒れ、緊急搬送。一命はとりとめたものの、失語症が残りました。

(高橋文彦さん)
「倒れた時に、そのまま死んだ方がよかった。苦しかったですね」

リハビリ続け…勤め先に復帰

退院後も家に閉じこもりがちになったと言います。

(高橋文彦さん)
「選挙に行っても生年月日を求められて、言っていることが分からなくて、そのまま逃げて帰った」

それでも高橋さんは、少しづつ社会復帰に向け前へ進んでいます。

退院以来続けているのは、新聞記事を読み上げることです。

(高橋文彦さん)
「これを、だい ざい だい ざい だい ざ い…題材として…」
「『ざ』が頭の中に出てこない」

ボランティアの支援も受けながらリハビリを続け、倒れる前に勤めていた元の職場にも復職しました(8月末で定年退職)。

「またやってみたかった」自分を取り戻すため…司会進行に挑戦

そんな高橋さんには「ある目標」が…

(高橋文彦さん)
「本日司会を勤めさせていただきます、高橋文彦と申します」

失語症の当事者や家族が集まるイベントで、司会進行に挑戦すると言います。

(高橋文彦さん)
「たくさんの人の前で話すとか、またやってみたいなっていうのがあった」

倒れる前は、人前で話すことが得意だった自分を少しでも取り戻すための挑戦です。

迎えた本番当日  3時間ものイベントを進行

迎えた本番当日。リハーサルでは、なかなか思うようには進みません。

(高橋文彦さん)
「きょうは言葉が回らない日かも… ちゃんとした会場だから、びっくりした」

想定よりも大きな会場に緊張。ストレスのかかる場面で、より言葉が出にくくなるのも症状の1つです。

そして高橋さん、司会の姿をどうしても見せたい人がいると言います。病に倒れた後に生まれた孫。リハビリ中の高橋さんにとって、その存在が心の支えとなりました。

孫も見守る中、いよいよ本番が始まります。

(高橋文彦さん)
「本日司会を務めさせていただきます、高橋文彦と申します。当事者体験談に移りたいと思います」

当事者の発表から、吹奏楽団のコンサートまで。3時間ものイベントを、高橋さんは順調に進行していきます。

「1歩ずつ進んでいきたい」

そして、イベントの最後には高橋さん自身の思いも。

(高橋文彦さん)
「私たち失語症の当事者は、生活の中でうまく言葉が話せない、伝わらない、分かってもらえないと感じ、悔しい思いをすることがあります。失語症の理解を広げる活動に取り組んでいきましょう」

イベントは無事終了。失語症になってから塞ぎがちになっていた高橋さんにとって、司会という大役は次のステップに進む大きな自信になりました。

(高橋文彦さん)
「とにかく1歩ずつ進んでいきたい」

言葉が出にくい失語症と向き合う日々。それでも、1歩1歩前へ進んでいます。