〈沖縄・ジャングリア崖っぷち〉173億円の赤字、悲惨な来場者数…当初軽視していた地元から「あの廃墟ホテルみたいにならないといいが…」の声も
羅針盤はどこで狂ってしまったのか--。2025年、沖縄県北部に開業したジャングリア沖縄が苦境に立たされている。那覇市内で25日に開かれた運営会社の親会社「ジャパンエンターテイメントホールディングス」の株主総会。そこで開業後初となった2026年6月期決算で、最終赤字が173億円に及ぶことが明らかになった。
【画像】「同じ失敗を繰り返さなければいいが…」地元で有名な「廃ホテル」の歴史を重ねる声も
開業当初から、「アトラクションが期待外れ」「県民を軽視するような姿勢が目立つ」などの悪評が広まっていたことから先行きを危ぶむ声が出ていたなか、不安が現実になった形だ。地元では、1970年代初頭に建設され、その後、長く廃墟として残ったリゾートホテルと重ねる声もあがっている。
最終赤字は「173億円」 株主総会では森岡氏が謝罪する一幕も
「沖縄は日本の観光産業の変化の起点となる」。ジャングリアの開業を半年後に控えた25年1月28日、東京都内で開かれた会見でこう力説していたのは、コンサルティング会社「刀」の森岡毅CEOだった。
USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の再建の立役者とされ、「希代のマーケター」とも称される森岡氏が仕掛け人として立ち上げたジャングリア。会見には当時の石破茂首相が出席し、「ジャングリアの開業は大きな意義を持つ」とお墨付きを与えたことも期待感に拍車をかけた。
あれから1年と7か月あまり。9月25日、那覇市内で開かれたジャングリアの運営会社の親会社「ジャパンエンターテイメントホールディングス」の株主総会では、かつて誇らしげに手掛けたテーマパークの展望を語っていたのとは対照的な森岡氏の姿があった。
「ジャパンエンターテイメントの筆頭株主となっているのが、森岡氏が率いる刀。この日の株主総会では、開業1年が経ったジャングリアの来場者数が、目標の150万人を大きく下回る100万人にとどまり、最終赤字が173億円にまで膨らんだことが明らかにされました。株主からは経営悪化の責任を問う声が上がり、経営を主導してきた森岡氏が自ら『申し訳ありませんでした』と謝罪する一幕もあったようです」(地元メディア関係者)
一方、加藤健史CEOは「今後も変わらずパークの運営を継続していく」とコメントし、事業継続の方針を明確にしている。琉球新報などの報道によると、森岡氏は株主総会終了後、報道陣が待ち構える入口には姿を現さず、別の出口から会場を後にしたという。
「地元メディアへの露出には消極的だった印象があります」
華々しい船出から一転、開業からわずか1年で重大な岐路に立たされているジャングリア。開業当初から経営状態を不安視する声は上がっていた。
「有名ユーチューバーを起用したり、海外市場をにらんで台湾でCMを展開したり、といった派手なプロモーションが奏功して開業当初は盛況でしたが、日を経るごとに問題点が露呈しました。
アトラクションについて、『追いかけてくると思っていた恐竜が動かなかった』といったプロモーション映像から想像した体験とのギャップを指摘する声があることや、待ち時間の長さ、オペレーションの不備といった課題も明らかになりました」(同)
「沖縄にはハワイを超えるポテンシャルがある」(日経ビジネスでの森岡氏のインタビューより)とぶち上げていた通り、ジャングリアは当初から県外や国外からの集客を当て込んでいた。「自然への没入感と贅沢感」をコンセプトに掲げ、入場料(大人料金)を1Dayチケットは大人6930円、スパとのセット券は9240円とするなど、県内の観光施設としては比較的高価格帯に設定していた。
運営会社の自社サイトに「地域経済への貢献」をうたっている点からも、国が進める沖縄振興と連動したテーマパーク運営の青写真を描いていたことがうかがえる。ただ、そうした「外向け」の姿勢が地元では懐疑的にとらえられていた面もあるようだ。
「ジャングリア側は、開業前の内覧会に県外メディアを優先的に呼び込むなど、県外へのアピールに積極的だった一方、地元メディアへの露出には消極的だった印象があります。集客に苦戦する様子が伝えられるようになってからは、県民向けの割引キャンペーンを始めるなど県内客の取り込みに動くようになりましたが、遅きに失した感はあります」(前出のメディア関係者)
株主総会では、政府系金融機関の沖縄振興開発金融公庫から約30億円の追加融資を受ける方向でめどがたったことも報告されたが、そもそもジャングリアは、事業を主導する「刀」に経済産業省が主導する官民ファンド「クールジャパン機構」からすでに80億円の出資を受けている。
運営側の当初の事業計画との差が明らかになるなか、公的な性格を持つ資金が追加投入されることについて、SNSなどでは疑問の声が噴出しており、前途は多難だ。
沖縄で有名な「廃ホテル」の歴史と重ねる声も…
先行きに不透明感が漂うなか、県内では「あのホテルみたいにならなければいいが」として、県中部・中城村にあった廃墟がたどった歴史と重ねる声もあがっている。
「世界遺産となっている中城城跡に隣接していた廃墟『中城高原ホテル』のことです。1970年代に建設されたものの、40年以上も放置され、2020年に解体されるまで長らく廃墟になっていた施設です」(地元関係者)
地元紙の沖縄タイムスなどによると、ホテルは、戦後の沖縄初の映画館「アーニー・パイル国際劇場」を開業したことなどで知られる、米軍統治下の沖縄で活躍した実業家・高良一氏が開発を手掛けた。
1972年の沖縄の日本復帰を記念して75年に開催された沖縄国際海洋博覧会での観光客需要を見込んで建設が始まった。しかし、本格的な開業を前に開発は頓挫。ホテルへのアクセス道路が、県管理になるなど問題が浮上したこともあり、短期間営業したとも伝えられるが、その後長く放置され、廃墟化してしまったという。
「ホテルの敷地内には、当時としては珍しいウォータースライダーが設けられ、迷路のような構造になっていました。独特の景観が、名作アニメ『天空の城ラピュタ』を彷彿とさせるとして映画のロケ地になるなど、隠れた観光スポットになっていました」(同)
このホテルに限らず、当時の沖縄では、海洋博の特需を当て込んだホテル建設が相次いだ。ところが、経済活性化の起爆剤となることを期待された海洋博は、来場者が想定の約7割にとどまるなど期待外れの結果に。開催翌年の76年には、沖縄への観光客数が大きく落ち込み、「海洋博ショック」と呼ばれる不況に陥ったこともあり、件の廃墟は当時の状況を象徴する「負の遺産」として人々の記憶に残った。
「失敗に終わった海洋博も、ジャングリアと同じ『やんばる』と呼ばれる県北部が会場となった。同じ失敗を繰り返さなければいいですが」(前出の地元関係者)
地元で広がる懸念を杞憂に終わらせるために打てる起死回生の一手はあるのか。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
