JRA最長開業から19カ月連続勝利 佐藤悠師の揺るぎない信念 心に刻まれた故郷・上山競馬の廃止
じっくりと話を聞きたかった。昨年3月の開業以来、19カ月連続で勝利を重ねる佐藤悠太調教師(38)=栗東=だ。「毎日が必死過ぎて毎月勝っている感覚もなかった。ネットでJRA最長記録と知ったけど、どこかで途切れていると思っていたんです」と笑う。
山形県上山市出身。祖父と父が調教師という競馬一家に生まれ「夏休みは朝から寝わら上げをしていた。好きだったので」と話すように上山競馬がルーツだ。調教師を目指したのは10歳。中学から乗馬を始め、多くの調教師を輩出する日本獣医生命科学大学に進学した。「調教師がスタートラインと思った時に、どういう過程を踏んだ方がいいかな、と。10歳から超逆算人生です」と笑う。
“逆算”は続く。「調教師になるまでにやるべき経験は全部積みたかった」と向かった先はノーザンファーム。「2年お世話になりました。北海道の空港で先輩に“すごい馬になるから覚えておきな”と言われたのがジェンティルドンナ。その後、しがらきに移ると、またジェンティルがいて、本当にすごい馬になった。強い馬はどういう背中かとか雰囲気とか。勉強になりました。すごい財産です」とうなずく。
JRA競馬学校厩務員課程卒業後、アイルランドに渡った。刺激を受けたエピソードを教えてくれた。「カラ競馬場でエイダン・オブライエン調教師が馬場に入った馬を見えなくなるまでずっと見てるんです。勇気を出して何を見てるんですか?と聞いたら、“分からないから、何か発するものはないかを見ようとしている。だから常に見なきゃ。僕らも分からないんだよ”と言われて。観察する力って大事なんだ。僕なんて血まなこになって見なきゃ、って思った。それがベースになっています」。競馬の本場に触れ、今につながる。
29歳から受験したJRA調教師試験に7回目で合格。25年3月の開業からわずか2カ月で重賞初挑戦初勝利(25年ユニコーンSのカナルビーグル)の快挙を成し遂げた。新進気鋭トレーナーには揺るぎない信念がある。「常に誰かのおかげ。多くの方々の力があるということを忘れないで欲しい」。日々、厩舎スタッフに伝えている言葉だ。
「僕、競馬場の廃止を知っているので」。生まれ育った上山競馬は03年11月11日に廃止された。「“今日で競馬終わりです”って。レースを終えた騎手が全員号泣して帰ってくるんです。小さい頃からスタンドで競馬を見ていたし、中学3年生だったけどショッキングでした。関係者と一緒に『競馬廃止反対!反対!』って町を歩きました」。幼い頃、心に刻まれた傷を思い返す。
観客も売り上げも減少するなか、年に1度だけお祭りのような日があった。上山競馬唯一の重賞、さくらんぼ記念だ。「豊さんや典さんらトップジョッキーが来て、小さいスタンドが満杯になる。すごくキラキラしていました」と懐かしそうにする。日常だった競馬が目の前から消えるとは思いもしなかった。「お客さんがいて競馬ができるのが当たり前ではない環境で育ったので、そこにあぐらをかいてほしくない。お客さんあっての競馬。だから、オーナー、生産者、牧場の人に喜んでもらいたいという思いがベースにあるのでしょうね」と感慨深げにした。
今年22勝を挙げ、JRA通算43勝は同期でトップだが、「一つ、一つ、目の前のレースに向けてトライして。エラーが起きて修正して、もう一回トライしてというのを何回もやらせてもらっている状況。まだ土台作り。満足感は全くないです」と気を引き締める。上山競馬が生んだJRA調教師。少年の頃、夢に描いた道はまだ始まったばかりだ(デイリースポーツ・井上達也)
