筋トレを継続するにはどうすればいいのか。理学療法士でトレーナーの庵野拓将さんは「運動やトレーニングを続けられないのは意志が弱いからでも根性が足りないからでもなく、生物として正常な反応だ。筋トレを続けるためには『脳の防衛本能』を解除する必要がある」という--。

※本稿は、庵野拓将『科学的に正しい筋トレ大全』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Tempura
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tempura

■ジム入会者の96%が1年以内に通わなくなる

筋トレほどハイリターンな自己投資は、他には見当たりません。論理的に考えれば、筋トレは一生涯続けるべき最適解です。

しかし、データは残酷な現実を突きつけます。

フィットネス業界の統計や研究によると、ジムに入会しても半年以内に約50%が脱落し、1年後に継続できている人はわずか4%未満と言われています。

出所=『科学的に正しい筋トレ大全』(KADOKAWA)

つまり、100人が「今年こそは!」と決意してジムの門を叩いても、1年後には96人以上が姿を消しているのです。

私たちは頭では「運動したほうがいい」と痛いほどわかっています。それなのに、なぜ仕事終わりのソファに一度座ってしまうと、二度と立ち上がれなくなってしまうのでしょうか。

その答えは、「意志が弱いから」でも「根性が足りないから」でもありません。

最新の科学が導き出した結論はシンプルです。あなたがジムに行きたくないのは、生物として「正常」だからです。

行動科学や心理学の分野では、健康に良いとわかっている行動ほど続かず、楽な行動を無意識に選んでしまう矛盾を「運動のパラドックス」と呼びます。

この謎を解くカギは、私たちの数百万年にわたる「進化の歴史」と、最新の「脳科学」に隠されていました。

■ヒトは「省エネマシン」として進化した

ハーバード大学の進化生物学者ダニエル・E・リーバーマンは、著書『運動の神話』の中でこう断言しています。

「人間は、無駄なエネルギーを使わないように進化してきた」

旧石器時代のヒトにとって、カロリーは「貨幣」のように貴重な資源でした。いつ次の獲物にありつけるかわからない過酷な環境下では、目的もなく走り回ったり、重いものを持ち上げたりすることは、貴重なエネルギーの浪費であり、餓死のリスクを高める自殺行為に他なりません。

そのため私たちの祖先は、必要がないときは動かない(休息する)という戦略をとった個体だけが生き残り、その省エネ遺伝子が現代の私たちに受け継がれてきました。

つまり、現代の私たちが本能的にソファなどでゴロゴロするのを好むのは、怠惰だからではなく、優秀な省エネマシンとして進化した証なのです。

■脳は「座ること」を強烈なご褒美だと認識している

「進化の話はわかったけど、現代では食べ物に困らないじゃないか」

そう思うかもしれません。しかし、問題は私たちの「脳」がまだ旧石器時代のままだということです。

2020年代に入って注目されている最新の神経科学理論「運動最小化理論」は、興味深い事実を明らかにしました。

それは、私たちの脳は「座ること」そのものを報酬として処理しているという事実です。

脳波(EEG)を使った研究では、人間が「座っている画像(楽な状態)」から逃れようとするとき、脳は「動いている画像」から逃れるときよりも、はるかに多くのエネルギー(皮質リソース)を消費することが確認されました。

これは何を意味するのでしょうか。

あなたの脳内では、常に「動くな! 座れ! エネルギーを保存しろ!」という強烈な命令信号が出続けているのです。

ジムに行こうとするとき、あなたが感じている億劫さの正体は、この脳の原始的な命令信号に逆らうために発生している、脳内での激しい葛藤による綱引きの負荷そのものです。

「ソファの引力」は単なる比喩ではありません。脳の電気信号レベルで発生している、物理的な引力なのです。

■現代は「アクセル(生存の危機)」が壊れた車

かつては、この「動きたくない脳」を持っていても問題ありませんでした。

なぜなら、「獲物を追わなければ餓死する」「逃げなければ食べられる」という強烈な生存危機が、強制的に身体を動かすアクセルになっていたからです。

しかし現代はどうでしょうか。

指先ひとつで高カロリーな食事が届き、デスクに座ったまま仕事ができ、猛獣に襲われることもありません。

写真=iStock.com/miodrag ignjatovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miodrag ignjatovic

「動きたくない」という強力な本能はそのままに、「動かなきゃ死ぬ」という環境だけが消滅してしまった。

これが、現代人が直面している運動不足の正体です。私たちは、ブレーキを踏みっぱなしで、アクセルがない車で前に進もうとしているようなものです。これでは、どんなに気合を入れても前に進むはずがありません。

ここまでの話で、重要なことがわかりました。

あなたが筋トレをサボってしまうのは、性格のせいではありません。数百万年かけて培われた「強力な本能」と、現代の「快適すぎる環境」のミスマッチが原因です。

この圧倒的に不利な戦いに、気合や根性で挑んでも勝てるはずがありません。そんなことをすれば、脳の防衛本能にあっけなく返り討ちに遭い、ジムに1年間通い続ける4%の生存者に入ることは不可能です。

本能に逆らうには、気合ではなく、脳の仕組みをハックする「筋トレを続ける技術」が必要です。

■「意志力」は使えば減っていく

ここまで、筋トレが続かないのは「性格」のせいではなく、人類が生き残るために獲得した「省エネ本能」のせいであることを解説しました。「なんだ、自分のせいじゃなかったのか」と安心した方も多いでしょう。

しかし、現実にはその強力な本能に逆らってジムへ向かわなければなりません。

「今日は仕事でクタクタだけど、なんとか行こう」

そうやって頼りにしてきた意志の力やセルフコントロール能力にさえ、実は私たちの想像を超える物理的な限界があることが、最新の研究で証明されたのです。

かつて心理学の世界では、「意志力は使えば減る」という自我消耗説が議論されていました。

一時は「本当か?」と疑われたこともありましたが、2024年の最新レビューや脳科学研究により、この説は再び「間違いのない事実」として復活しています。それどころか、「脳の一部が勝手に寝始める」という衝撃的なメカニズムまで明らかになったのです。

「意志力が減る」とき、具体的に脳の中で何が起きているのでしょうか?

2024年、この疑問に対して注目すべき研究結果が発表されました。IMTルッカ高等研究所のオルダリらが、人間が我慢や決断(セルフコントロール)を45分間続けると、脳に何が起こるかを調べたのです。

その結果、覚醒しているにもかかわらず、理性を司る前頭前皮質という部位において、深い睡眠時特有の脳波(デルタ波)の増加が確認されました。

つまり、長時間にわたり我慢や決断を強いると、脳全体は起きていても、理性を司る司令塔の部分だけが局所的にうたた寝をしてしまうのです。

■夕方にサボってしまうのは脳が部分的に寝ているから

さらにこの研究では、脳がこの状態になると、性格が変わってしまうこともわかりました。前頭葉がうたた寝を始めたグループは、普段より攻撃的になり、他人に対して意地悪な行動をとる傾向が強まったのです。

これは筋トレにおいても重大な意味を持ちます。

仕事で長時間、決断や我慢を続けた後の脳は、物理的に「一部が寝ている」状態です。そんな状態で、「ジムに行く」という理性的な決断ができないのは、脳の生理現象として当たり前のことなのです。

夕方にサボりたくなるのは、あなたの性格のせいではなく、脳が部分的に寝てしまっているせいなのです。

■脳が「省エネモード」に入るとパフォーマンスが落ちる

「意志力は本当に枯渇するのか?」という長年の論争に対し、社会心理学の権威であるコンストラクター大学およびハーバード大学のバウマイスターらも2024年に「意志力の消耗は確実に存在する」と結論づけました。

最新の知見では、20分以上頭を使い続けると、脳はこの消耗状態に入りやすくなります。さらに重要なのは、この精神的な疲労が、肉体的なパフォーマンスにも悪影響を及ぼすという事実です。

スポーツ科学の分野におけるメタ分析では、精神的疲労が持久力、正確性(バスケットボールのフリースローやダーツなど)、そして反応速度を低下させることが証明されています。つまり、意志力が消耗した状態では、筋トレの質そのものが下がるリスクがあるのです。

また、この現象は「エネルギー切れ」というより、脳の「省エネモード」だと考えられています。

脳はエネルギーを使いきったわけではなく、「これ以上使うと危険だ」と判断して、出力をセーブしてしまうのです。だからこそ、疲れを感じた瞬間に「もう動きたくない!」という強烈なブレーキがかかるわけです。

■最大の壁は「始めること」にある

では、私たちはこの「脳のうたた寝」や「省エネモード」にどう対抗すればよいのでしょうか?

重要になるのが、気合で乗り切るのではなく、「戦略」を使うことです。

2024年、カールトン大学のミリャフスカヤらのレビューによると、筋トレなどの習慣化において私たちが直面する壁には、大きく分けて3つのタイプがあります。

● 開始の壁:やるべきこと(ジムに行くなど)を始められない
● 持続の壁:やっていること(運動など)を続けられない
● 抑制の壁:やってはいけないこと(暴飲暴食など)をしてしまう

驚くべきことに、日常で最もつまずきやすいのは「開始の壁」であり、全体の約50%を占めています。

つまり、一度ジムに行ってしまえば意外となんとかなるものの、「準備をして家を出る」という最初のステップが最大の難関なのです。

この壁を越えるために科学が推奨するのは、意志の力に頼らず、「環境を変えること」です。さらに、1つの方法だけでなく、複数の作戦を組み合わせて使うことで、継続できる確率はぐんと上がります。

写真=iStock.com/Liudmila Chernetska
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Liudmila Chernetska

■疲れた脳に「ジムに行くか行かないか」の決断をさせない

以上のデータを踏まえ、脳の仕組みに逆らわずに筋トレを続けるための具体的なアクションプランを紹介します。

庵野拓将『科学的に正しい筋トレ大全』(KADOKAWA)

1.「開始」のハードルを環境設定で下げる

最大の敵は「ジムに行くまで」です。仕事後の疲れたうたた寝状態の脳に「行くか、行かないか」の決断をさせてはいけません。

「朝のうちにウェアを玄関に出しておく」「仕事カバンにウェアを入れておく」など、意志力を使わずに流れで動けるよう、物理的な環境をあらかじめ作っておくのが正解です。

2.20分以上のデスクワーク後は「脳の疲れ」を自覚する

20分以上の頭脳労働は、確実に意志力を消耗させます。脳が疲れた状態で、自己ベストを狙うようなハードな筋トレはおすすめできません。

もし行うなら、運動前に数分間のマインドフルネス(瞑想)を取り入れてみてください。短い瞑想が、脳の消耗によるパフォーマンス低下をリセットしてくれることが研究で示されています。

3.「ご褒美」と「フィットネス」を味方につける

脳の「省エネモード」を解除するには、ご褒美が有効です。実験でも、報酬があるときは脳のブレーキが外れることがわかっています。

「ジムに行けば好きな動画を見ていい」などの楽しみを用意しましょう。そして何よりの朗報は、日頃の筋トレで体力をつけること自体が、意志力を強くし、脳の疲れに強くなる一番の方法だということです。

■気合ではなく戦略で脳を動かす

意志力が続かないのは、あなたの精神が弱いからではありません。脳が部分的に寝てしまい、エネルギーを節約しようとする正常な反応です。

45分も頭を使えば、前頭葉はうたた寝を始めます。そのことを前提に、「気合」ではなく、「環境を変える」「ご褒美を用意する」といった「戦略」で脳を動かしてください。

「意志力をマネジメントすること」

それこそが、筋トレを続けるための最強の技術なのです。

----------
庵野 拓将(あんの・たくまさ)
理学療法士
トレーナー、博士(医学)。大学院修了後、大学病院のリハビリセンターに勤務。けがや病気をした患者やアスリートのトレーナーとして、これまで延べ6万人の体づくりに携わってきた。大学病院では、世界最先端の研究成果を現場でのトレーニングにフィードバックするため、研究発表、論文執筆も行っている。筆名・庵野拓将として、筋トレ、スポーツ栄養学をはじめとする最新の研究報告を紹介するブログ「リハビリmemo」を主宰。
----------

(理学療法士 庵野 拓将)