ドラマ「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聰さんが、多臓器不全のため9月18日に91歳で亡くなった。9月28日、理事長を務める倉本財団が発表した。

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「週刊文春」は今年8月にインタビュー記事を配信していた。現代社会への違和感についても語られたインタビュー記事の一部を再公開する。(初出:文春オンライン2026年8月6日配信)

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「今の世の中をどうみているかって? 高市さんなんて何とも思わないですけどね(笑)。なんでトランプみたいな男が世界のトップに立っているんだろうか。それよりも、クマが悪者扱いされているのが悲しいです」

 7月27日、北海道富良野市。森の中のアトリエでインタビューに応じたのは倉本聰氏(91)である。名作ドラマ「北の国から」(フジテレビ)が1981年の初回放送から今年で45周年を迎えた。

「ちょっと肺が悪くてね」そう明かす倉本氏の鼻には酸素吸入のチューブが装着され、時折、息苦しそうな様子をみせる。大好きなコーヒーに口をつけ深呼吸して息を整えると、いつもの舌鋒鋭い倉本節が蘇ってきた。


現在も創作活動を続ける倉本聰氏

「何度もクマにあったことがあります」

「『北の国から』の第1話で、純(吉岡秀隆)が電気もない、水道もない原始的な生活に驚くシーンは、『ロビンソン・クルーソー』から着想しました。僕が富良野に住みはじめた頃(1977年に東京から移住)は荒れ果てた森でね。何にもなくて、今のような綺麗な森ではなかった。

 最近、クマが出たとやたら騒いでいるけれど、この森で何度もクマに会ったことがあります。全然怖くなかったよ。こっちが知らんぷりして友達と会話していると、それを黙って聞いているだけの存在。気立てのいいクマもいる。きっと熊吉とか熊五郎とかそういった名前のクマです(笑)。

 僕が思うに、クマの中にも通信網がある。クマは優れた嗅覚、聴覚を頼りに、身の回りで起こっていることの情報をキャッチして、言語以外の方法でちゃんと共有しているそうなんです。クマにも『週刊文春』のチーフみたいな存在がいて、仲間に『今の人の世はこうなっているぞ『と伝えていたりして。それで、『害意のない平和的な人間』だと、かつてのようには認めてもらえていないのかもしれない。共通の情報を持っているからこそ、あんなに人里にクマがこぞって出てくると思うの。

 学者を含めみんな、クマのことを軽蔑しちゃったものの見方ですよね。クマは我々人間が思っている以上に賢いのに」

「北の国から」の物語がはじまったのは、バブル景気前夜。世の中が好景気に浮かれ便利な暮らしを享受する中、主人公の黒板五郎(田中邦衛)と、純と螢(中嶋朋子)の2人の子供は電気もガスもない真逆の暮らしをする。貧しくても幸せな生き方があることを世に問うた。

「クリエイティブな作業がなくなっちゃった」

「僕はドラマを作るとき『虎の巻』と呼んでいる巻物(創作ノート)を見返します。1926年から起きた国内外の出来事、世相・流行、音楽、映画、テレビ番組、コマーシャルなんかをいっぱい書き込んでおいて、ドラマ作りのときに参考にするんです。

 バブル期以降をみていくと、コンビニがそこらじゅうにできて、携帯電話、今ならスマホをみんなが持ち歩くようになった。バブルを経て日本人の生活はガラッと変わったと思うの。その時に変わらなくていいものまで変わっちゃったんだね。要らないものまで何でも手に入って豊かになりすぎてしまった。

 同時にテレビの作り方も変わってしまった。テレビマンが浮かれて番組に金をかけるのも当たり前になった。番組について真剣に考えず、不必要な金の使い方をするようになった。それでドラマはつまらなくなったと思う。

『北の国から』も実はその影響を受けています。制作費はどんどん膨れ上がっていった。その分、作品の質が良くなった一面もあると思う。一方で、もし金をかけなければ悪くなったかというと、そうは思えない。なぜならバブルになる前の、初期のスタッフの熱意と智恵はすごかったから。

 大切なのはドラマに金をかけない工夫をするということ。知識より智恵でもって生み出す。今のドラマはクリエイティブな作業がなくなっちゃったんだね」

 倉本氏が「北の国から」でクリエイティブにあふれる場面として挙げたのが、「北の国から’84夏」の、五郎一家がラーメン店で夕食をとる場面だ。閉店間際、早く店を閉めたい店員が、純の食べかけのラーメンを下げようとする。それに五郎が「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」と激怒し、店員と揉める。

《インタビューでは名シーン「まだ食ってる途中でしょうが!」の誕生秘話の他に、いしだあゆみやガッツ石松の素顔、「北の国から」アニメ化構想などを、倉本氏が語っている。記事の全文は現在配信中の「週刊文春 電子版」で読むことができる》

 また、9月30日配信の「週刊文春 電子版」および10月1日発売の「週刊文春」でも追悼記事の掲載を予定している。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2026年8月13日・20日号)