(※写真はイメージです/PIXTA)

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定年後は、都会を離れて自然の多い場所で暮らしたい。そんな希望を持つ人もいるでしょう。ただ、旅行で訪れるのと、そこで毎日の生活を送るのとでは、見えてくるものが異なります。買い物や通院、交通手段など、年齢を重ねるほど重要になる条件もあります。海辺の街へ移住した72歳夫婦も、2年後、これからの住まいについて改めて考えることになりました。

「朝から海を見られるなんて」念願だった移住生活

「最初の1年くらいは、本当に毎日が旅行みたいだったんですよ」

そう話すのは、72歳の隆夫さん(仮名)です。71歳の妻・洋子さんと2人で暮らしています。

夫婦が長年暮らしていたのは、首都圏の住宅地にあるマンションでした。最寄り駅まで徒歩10分ほど。スーパーやクリニックも近く、電車に乗れば30分ほどで都心へ出られます。

隆夫さんが65歳で退職してから、夫婦で各地を旅行するようになりました。なかでも気に入ったのが、海が近くにある地方都市です。

「朝に散歩すると海が見えて、魚もおいしい。こういうところで暮らせたらいいねと、妻とよく話していました」

子どもは娘が1人。結婚して首都圏に住んでいます。

夫婦が70歳になったころ、長年住んだマンションを売却。海まで歩いて10分ほどの場所に中古の戸建てを購入しました。

娘は当初、「いきなり家を買わなくても、まず借りて暮らしてみたら?」と心配したそうです。それでも夫婦の気持ちは固まっていました。

「何年住めるか分からないんだから、元気なうちにやりたいことをやろうと思ったんです」

年金は夫婦で月約25万円。マンションの売却代金もあり、住宅購入後にも一定の預貯金が残りました。家計についても、当面は問題ないと考えていました。

移住直後は期待していた通りの生活でした。

朝は夫婦で海まで散歩し、帰りに地元の店で魚を買う。庭では洋子さんが花を育て、隆夫さんは以前から興味のあった釣りを始めました。

近所の人とも挨拶を交わし、娘には海の写真を頻繁に送っていたといいます。

「本当に楽しそうだったんです。だから私も、両親には合っていたんだと思っていました」

娘の由佳さん(仮名・45歳)はそう振り返ります。

ところが、移住から2年ほど経ったころ。久しぶりに2泊する予定で実家を訪ねた由佳さんは、以前とは少し違う両親の生活に気づきました。

冷蔵庫を開けると、食材は思ったより少なめでした。

「明日の朝、パン買いに行こうか」

由佳さんがそう言うと、洋子さんは「お父さんが車を出すときでいいよ」と答えました。

近所にコンビニはあるものの、夫婦が普段利用するスーパーまでは車で15分ほど。かかりつけのクリニックへ行くにも車を使っていました。

由佳さんは初めて、両親の生活の多くが父親の運転を前提に成り立っていることを知りました。

「車に乗れなくなったらどうする?」娘の一言で考え始めたこと

「お父さん、車に乗れなくなったらどうするの?」

由佳さんが聞くと、隆夫さんは「そのとき考えるよ」と笑いました。

しかし洋子さんは何も言いませんでした。後から2人になったとき、洋子さんは娘にこう話したそうです。

「私も、それはちょっと考えていたの」

移住したころは、夫婦とも車を運転していました。しかし洋子さんは1年ほど前から、知らない道や夜間の運転を避けるようになり、現在はほとんど隆夫さんがハンドルを握っています。

バスもありますが、本数は多くありません。

内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、高齢者が普段の外出に利用する交通手段は「徒歩」が50.1%、「自分で運転する自動車」が46.6%、「家族などの運転する自動車」が27.1%。自動車が日常の移動を支えている高齢者は少なくありません。

同調査では、現在住んでいる地域で不便・気になることとして、「日常の買い物に不便」が23.9%、「医院や病院への通院に不便」が23.8%、「交通機関が高齢者には使いにくい、または整備されていない」が21.5%となっています。

夫婦にも、もう一つ変化がありました。

当初は頻繁に歩いていた海までの散歩が、週に1、2回程度になっていたのです。隆夫さんの釣り仲間とも最近は予定が合わず、洋子さんも以前のように友人と気軽に会えません。

首都圏に住んでいたころは、思い立てば一人で電車に乗って友人に会いに行けました。しかし現在は、以前の友人に会うだけでも泊まりがけになることがあります。

「海が嫌になったわけではないんです。でも、景色が好きなことと、ここで80歳、85歳になっても暮らせることは別なのかもしれないと思うようになりました」

国土交通省『令和5年住生活総合調査』では、65歳以上の夫婦世帯が今後の住み替えで住宅周辺の環境について重視する点として、「日常の買物などの利便」が持ち家世帯で43.2%と最も高く、「医療・福祉・介護施設の利便」が15.6%で続いています。

だからといって、夫婦はすぐに元の街へ戻ることを決めたわけではありません。

娘が帰ったあと、まず調べたのは、自宅から利用できるバスやタクシー、宅配サービス、近隣の医療機関でした。隆夫さんが運転できなくなった場合でも生活を続けられるのか、一つずつ確認することにしたのです。

「移住したことを後悔しているわけじゃないですよ。この2年間は楽しかった。ただ、70歳のときに暮らしやすかった場所が、80歳でも暮らしやすいとは限らないですよね」

今後、車なしでの生活が難しいと判断すれば、駅や病院に近い地域への再度の住み替えも考えるといいます。

自然の豊かさや景観は、移住先を選ぶ大きな魅力になります。一方、そこで長く暮らすのであれば、買い物や通院の方法、公共交通、車を使えなくなった場合の移動手段なども確認しておく必要があります。

現在の自分たちにとって快適かどうかだけでなく、5年後、10年後に生活の条件が変わったときにも暮らしを続けられるか。移住を考える際には、そんな視点も持っておくことが大切でしょう。