豊川悦司&山口智子、30年ぶり再会 『undo』当時の撮影を振り返る
それぞれから一言挨拶。豊川は「本日は集まりいただきまして、ありがとうございます。 俳優として昔の作品を見ていただくのは、本当に嬉しいことであると同時に、とってもとっても恥ずかしいことでもあります。今回この4Kリマスターの話を聞いて、ふつふつと30年前のことを思い出して、30年も経って、皆さんとこのように作品を共有できているということが、信じられない出来事でもあります」とあいさつ。
山口は続いて「本音を申し上げると、本当に豊川さんもおっしゃったように、昔の自分が出た作品を、今皆さんがご覧になって、しかもご覧になった直後に出てくるっていうことはめちゃくちゃプレッシャーというか…本当に夢を壊して申し訳ないという思いの塊なんです。でも30年経っちゃったし、岩井さんにも豊川さんにも会いたいし、皆さんに会いたいので、来ちゃいました!」と今の思いを含めて話す。
岩井監督は「30年前の作品になるんですけど、手作りというか、3人で「なんかこんな映画作りたいよね」から始まって、本当に自主映画のようにして作った作品です。 懐かしいというか、あの時のパッションが未だに羨ましく思う作品です。しかもこんな大きなスクリーンで流れたんですよね。本当に素晴らしいです」と顔をほころばせた。
豊川は4Kリマスター化の話を聞いた際、正直なところ「 『Love Letter』が4Kになった時に、『undo』も4K化になればいいな、と考えていた」と述べた。特に豊川は、作品の内容が現代では受け入れないかもしれないと心配していたそうで「中身的にも、今はウケない内容じゃないかな…」と思っていたと明かした。
それを聞いた山口は「今こそなんじゃない?(コンプライアンスの時代に)殴り込みみたいな感じがする」と作品への期待を滲ませる。山口は「岩井監督は作品への熱情の塊」と話す。「一緒にお仕事させて頂いた時は毎日熱病にかかったかのような気持ちで、朦朧としながら現場に行った記憶があります。心を込めた熱情の塊で作った“本物の念”がこもった作品というものは、時間と共に作品の魅力がじわじわと伝わるのでは…」と語った。
岩井監督に本作の4Kリマスター化にあたってどんな苦労があったかを聞く。監督は、撮影監督の篠田昇がフィルムの現像にこだわり、様々な現像方法を試していたこと、そして古い映画のような雰囲気を目指していたことを明かし、その再現に苦労したそうで「傷だらけの映画みたいな雰囲気からだんだん柔らかく、肌艶が変化していくということを目指していました。それの再現がなかなか骨の折れるところで…当時のことを色々思い出しながら仕上げました」と今は亡き篠田昇との思い出と共に作業したことを明かす。
撮影時の印象的だったエピソードで覚えていることを聞く。豊川は撮影現場が「印象だらけ」であり、自分のキャリアの中でも多くの情報を覚えている現場だと明かした。特に「寝なかった」ことが印象的で、山口と控室で「いつ終わるんだろうね」と話していたことを明らかになった。「撮影助手が毎日のスケジュール表に(撮影終了時間が)70何時間と書いてあった」という事実が披露されたが、豊川は「『終わるまで』と殴り書かれていたような気がする」と述懐する。「その時、チーフでスケジュールを切っていたのが、行定勲監督でした。彼が終わらないので、逆ギレしていたんですかね?」と振り返る。
そんなスケジュールをもらったのは、後にも先にもこの作品だけだそうだ。岩井監督は思わず「ご苦労おかけしました…」と小声で32年ぶりに謝罪した。豊川は「監督がというより、篠田さんですよね。かなり実験的なこともされていて」と思い返すと、岩井監督は「16mmを35mmに見せたいがために、最後のシーンは減感現像をしていて。通常の5倍くらいの照明がいるんです。真夏なんですよ。わざわざサングラスかけて確認していました。最後シーンの方は妙に山口さんの肌が美しかったと思うんですけど、篠田昇の演出になっております」と現場での苦労を話した。
山口は「だから熱病にかかったかのような高熱の中で撮影していた記憶があるんですね」と合点が行った様子。また「岩井監督が亀の吊るし方ひとつにもこだわっていました。好きだから作るというみなさんが集まっていて、誰も何時に終わろうが気にしていない、一番考えていないのが岩井さん(笑)。映画研究会の部活動みたいでした」とも振り返った。
当時の監督の印象を二人に聞くと、豊川は「穏やかな人だが、“ノアの箱舟”のように様々な要素が詰まっている」と表現し、「打ち上げ花火をどこから見るか…という発想を持っている人が、本当にいるのか?」と驚いたそうだ。豊川に岩井監督を紹介したのは俳優の桃井かおりとのことで、「君にぴったりの監督がいる」と聞いて引き合わせて頂いたのが岩井監督だそうだ。
山口も「『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は衝撃的でした。あの世界をテレビでぶちかましてくださったことが嬉しくて。だから岩井監督に憧れていて、豊川さんに会わせていただきました」と3人の出会いを明かした。
岩井監督は『undo』の着想が、とある雑誌からの依頼だったと明かした。その雑誌はフェティシズムをテーマにしており、監督は「緊縛」をテーマに作品を制作。隣のページでは別の監督が「瓶詰め」をテーマにしていたとのこと。この依頼がきっかけで、山口をモデルに写真を撮り、それがショートストーリーになり、最終的に映画化されたと語った。
30年ぶりに時を経て再会した豊川と山口に監督からメッセージが贈られる。「あの時本当に楽しかったっていう思い出しかないんですけど、当然暑くて大変な現場で、篠田昇の現場を体験してもらっていろいろ大変だったと思うんです。でも本当に小さな映画だったけど、当時流行りの3人組ユニットみたいでね、音楽ユニットのああいう感じの映画版みたいな感じで楽しくセッションできた感じでございました。30年経ちましたけど、また再結成して作れたら最高ですよね。ちっちゃいやつをね。本当に自主映画みたいなやつやれたらいいですよね、と思います」と嬉しそうに話した。
最後に観客にそれぞれからのメッセージ。豊川は「こういうチャンスをいただいて『undo』という作品がまた皆さんに見てもらえるということ自体が、すごくラッキーだし嬉しいことでもあります。お面白かったよっていうことを周りの人とか、お友逹とかにも宣伝していただいて、1人でも多くの人がこの作品に触れてくれたらなと、と思っております。どうぞよろしくお願いします」とコメント。
山口は「岩井さん作品は本当に何度も見返して時間を経て見てみて、自分の人生のいろんなポイントでまた見返してみたりすると、また新たな“怪しさ”がじわじわと細胞に染み込んできますから、何度でも味わい直してくださいね。私も味わい直しますということで、よろしくお願いします」。
監督は「30年経って今日、これだけたくさんのお客さんにまた見ていただいて、本当になんかもう幸せすぎます。赤鬼の居酒屋でね…あの時、3人で三茶で飲んで本当良かった。そんな青春もあったと思いながら、ぜひこの映画もまた多くの方々に出会ってほしいと思いますので、ぜひ長く愛し続けてもらえればと思います」と思いをコメントした。
