大切な人との別れのかたちはどうあるべきか。歯科医の井上裕之さんは「私がアメリカの大学で行われた専門分野の研修を終えて帰国したとき、すでに母の葬儀は終わっていたが、後悔はない。大切なのは、世間の物差しで別れのかたちを決めることではなく、自分と相手のあいだにあったつながりを、最後にどう受け取るかだ」という--。

※本稿は、井上裕之『悲しみを手放す。 大切な人との別れや失意の日々が教えてくれること』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

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■私が母の葬儀に出なかった理由

大切な人が最期の時を迎えるとき、できることならそばに寄り添い、その手を握って見送りたいと願うものです。

たとえその瞬間に立ち会えなくても、せめて葬儀に参列し、お別れをすることが供養になる。一般には、そうした考え方があります。

けれど、別れのかたちに正解はないと私は考えています。周囲の目にどう映るかではなく、当人同士がどのような思いでその瞬間を迎えたかが大切です。

そこには、外からはうかがい知ることのできない、2人だけの物語があります。

私の母が入院していたとき、歯科医である私は、アメリカの大学で行われる専門分野の研修を控えていました。

出発の前、病室を訪れた私に、母はいつも通り「いってらっしゃい」と声をかけてくれました。「これが母との最後の会話になるかもしれない」。そんな予感を抱えながら、私は日本を離れました。

その予感は、現実になりました。研修中に「母が亡くなった」という知らせを受けたのです。

母は、私が学ぶことを何よりも尊重し、いつも私の仕事を応援してくれた人です。「今のあなたにとって大切なことをまっとうしなさい」と言って送り出してくれるのが、母でした。

だから、たとえ最期の瞬間に私がそばにいなくても、母が悲しむとは思えませんでした。もし私が母を気遣って研修を断念していたら、母はかえって心を痛めたのではないかと思います。

■「都合のいい解釈」が自分を救う

研修を終えて帰国したとき、すでに母の葬儀は終わっていました。

「親の葬式にも出ないで外国に行っているのか」と、理解に苦しんだ親戚もいたと思います。

けれど、後悔はありませんでした。病室で母と目を合わせ、「いってきます」「いってらっしゃい」と言葉を交わしたあの瞬間に、私たちの別れは済んでいたからです。それは心が通じ合っている当人同士にしかわからないこと。

私の記憶に残っている母は、病に伏した姿ではなく、私を励まし、いつも通り送り出してくれた元気な姿です。

「自分にとって都合のいい解釈をしているだけ」「親の臨終よりも自分の都合を優先させたことへの言い訳にすぎない」と見られるかもしれません。

けれど、私はそれでいいと思っています。むしろ、自分にとって救いとなる解釈を持つことが、残された人には必要ではないでしょうか。

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大切なのは、世間の物差しで別れのかたちを決めることではなく、自分と相手のあいだにあったつながりを、最後にどう受け取るかです。

人前で見送ることだけが別れではなく、それまでに過ごしてきた時間や、最後に交わしたひと言を、一人静かに思い返すことも、別れになることがあります。

自分自身が「これで別れができた」と心から思えるのであれば、それはその人にとって、偽りのない別れだったといえるのではないでしょうか。

■仕事の価値を教えてくれた父の短い言葉

私の父は、会社経営の苦労を知る人でした。商売の厳しさを身に染みてわかっていたからこそ、息子である私に現実離れした理想論を語らなかったのでしょう。

私が父の歯の治療を行ったときのことです。治療を終えてから、父は顔を合わせるたびに、「なんでも食べられるようになって本当によかった。インプラントは最高だな」と繰り返しました。

その言葉の意味に、私はあとになって気づきました。

父は、私の仕事がどれほど人の人生を豊かにするものか、その価値を信じてくれていたのだと思います。「最高だな」という短い言葉の中には、「誇りを持って、これからもこの仕事を続けていきなさい」という、父なりの力強いエールが込められていたのではないかと、私は受け止めています。

私の勝手な解釈かもしれませんし、父を美化しているだけなのかもしれません。それでも、父からもらった言葉を指針にして、私はこれまで以上に仕事に向き合えるようになりました。

■悔いなく生きた人は、感謝を残していく

私の両親は他界していますが、2人ともよく似た言葉を残してくれました。

「いい人生だった。望みといえば、みんなが元気でいてくれることだけ」

病床の母に「何かしたいことはないの?」と尋ねたときも、

「ないよ。あとは兄弟が仲良くしてくれればいい。感謝しかないよ」

父も母も、病気について愚痴をこぼしたことはありません。

だからでしょうか。私の心に残った感情は、悲しみというより、悔いなく人生を生きた2人を敬う気持ちだけでした。

「やり尽くした人生は、残される人の悲しみをやわらげるのかもしれない」

両親の姿から、私はそう思うようになりました。もし、旅立つ人が否定的な言葉ばかりを口にしていたら、見送る側もやりきれない思いを抱え続けることになるでしょう。

写真=iStock.com/Goodboy Picture Company
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一生懸命に自分の人生を生き切ることが、残される人の心を癒やす、それが何よりのやさしさになるのだと両親から教わりました。

■次の世代へと受け渡していきたいこと

人がこの世を去るときには、なにか、よくできた自然な流れがある。両親との別れを通して、私はそう思うようになりました。

精一杯に命を使い切り、「自分の人生はこれでよかった」と心から納得して、旅を終えようとする。すると、「あれもしたかった」という欲や執着は次第に薄れ、代わりに、出会えた人々への感謝があふれてくる。

やがて訪れるのは、安らかな眠りです。死を目前にしながら、自分の歩んできた道を「良かったな」と肯定できる。悔いなく生ききると、「清々しい旅立ち」という最後のご褒美がもらえるのかもしれません。

「やり残したことはない」といえるように、今という時間を精一杯に生きる。

それが、両親から私へ、そして私が次の世代へと受け渡していきたい、もっとも大切な教えです。

■「親の人生を肯定する」という子どもの役割

親にとっての財産は、不動産やお金といった目に見えるものだけではありません。この世に送り出した子どもが、どのように育ち、どのような道を歩んでいるか。

子どもの成長こそ、何ものにも代えがたい財産です。

私の父は、会社の倒産という挫折を経験しました。当時は、言葉にできないほどの苦労や悲しみがあったはずです。

けれど、息子が人の役に立ちながら生きている姿は、父にとって別のかたちの救いになったのではないかと思いました。

親が味わった無念さを、今の私の生き方によって少しでもやわらげたい。その気持ちが、日々の仕事に向き合う力になっていきました。

■価値というバトンをつなぐリレー

子どもは、親から受け取った愛情や教えを、さらに大きな価値として世の中に返していく存在なのかもしれないと、私は考えています。

井上裕之『悲しみを手放す。 大切な人との別れや失意の日々が教えてくれること』(日本実業出版社)

親から受け取ったやさしさがその子の中で育ち、やがてボランティア活動を始めたり、誰かを支える場をつくったりすることがあります。

勤勉に働く親の背中を見て育った子が、自ら事業を立ち上げ、社会に新しい価値を返していくこともあるでしょう。

人に求められる仕事をしているか。

誰かの役に立とうとしているか。

自分なりに誠実に生きているか。

親が「この子を育てて本当に良かった」と心から思えるとき、親の人生は大きく報われます。

親のために自分の人生を捧げるわけではありません。

けれど、自分が今の場所で精一杯に生きることが、結果として親の人生を明るく照らすことになるのだと思います。

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井上 裕之(いのうえ・ひろゆき)
いのうえ歯科医院理事長
歯学博士、経営学博士、東京医科歯科大学非常勤、インディアナ大学客員講師など国内外7大学の役職を勤める。世界初のジョセフ・マーフィー・トラスト公認グランドマスター。ベストセラー『「学び」を「お金」に変える技術』(かんき出版)、『本物の気づかい』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、著書多数。
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(いのうえ歯科医院理事長 井上 裕之)