「家のカネは俺が管理してるから心配するな!」36年連れ添った夫と離婚した59歳女性、720万円の年金分割を捨てて〈夫名義・築32年の自宅〉を選んだワケ【FPが解説】
生活費にも教育費にも困ったことはない59歳女性。夫は大手メーカーに38年勤め上げ、住宅ローンも完済しています。傍目には順調な老後のはずでした。ところが夫の定年を境に、これまで見ないようにしてきた「お金の見えなさ」が、現実の問題として立ちはだかります。将来の年金か、これからの暮らしの基盤か。彼女が最終的に優先したものとは--。FPの三原由紀氏が解説します。
「ちゃんと返しているから問題ない」…夫のお金が見えないまま36年
「個人年金、解約したってどういうこと?」
鈴木真理子さん(仮名・59歳)が尋ねても、夫ははっきり答えませんでした。
夫は61歳。大学卒業後、大手メーカーに入社し、60歳で定年後も継続雇用で働いています。真理子さんも短大卒業後に同じ会社へ入社し、23歳で職場結婚しました。
真理子さんが27歳のときにマンションを購入しましたが、直後に夫の転勤が決まったため、退職して夫に同行することに。マンションは賃貸に出し、29歳で長男を出産、その後も転勤が続きました。
長男の中学進学を機に母子で自宅マンションへ戻り、夫は単身赴任に。真理子さんはパートを始め、45歳ごろからフルタイム、48歳で正社員となり、現在の月収は約25万円です。
夫婦のお金の管理方法は、結婚当初からほぼ同じでした。夫は給与も預貯金も自分で管理し、妻には毎月決まった生活費を渡す。住宅ローンや教育費も夫が負担してきました。
生活に困ったことはありません。ただ、真理子さんは夫の預貯金がいくらあるのかを知りません。夫は車が趣味で、以前から時折カードのキャッシングを利用していました。「どうして借りるの?」と尋ねても、返ってくるのは「ちゃんと返しているんだから問題ないだろ」という言葉だけでした。
夫名義の個人年金保険が、勝手に解約されていた
一方、真理子さんは働いて得たお金をやりくりし、まとまった額になると住宅ローンの繰上げ返済に充ててきました。現金を手元に残すより借金を減らすほうが安心--。そう考えて返済を続けた結果、住宅ローンは夫の定年前に完済しました。
ところが夫が定年を機に単身赴任を終えて自宅に戻り、老後のお金を確認しようとしたとき、真理子さんは、老後資金の一つだと思っていた夫名義の個人年金保険が、すでに解約されていたことを知ります。
いつ、いくらで解約し、何に使ったのか……夫は何も説明しようとしません。
「退職金は? ほかに借りているお金はないの? 一度、これからのお金を全部整理しようよ」
真理子さんがそう切り出しても、「俺が管理しているんだから心配するな」と言って取り合いません。
「俺が管理している」--その言葉を聞いたとき、それまで別々だった出来事が、真理子さんのなかで一本につながりました。繰り返してきたキャッシング。教えてくれない使い道。知らない間に解約されていた個人年金。そして、夫が60歳で受け取った約1,900万円の退職金も、これまでと同じように夫が管理しています。
現役時代は毎月給与が入りましたが、これから夫婦が頼るのは、蓄えてきた資産と年金です。
「この人と老後を過ごしたら、家にいくらお金があるのか、私は一生知らないままなんだ」
怖くなったのは、個人年金がなくなったことだけではありません。老後のお金について話し合うことすらできない。そう気づいたとき、真理子さんは初めて、この人との老後は難しいと考えるようになりました。
離婚したい。でも「自分一人で暮らせるのか」という現実
気持ちが固まっても、勢いのまま踏み切れるわけではありません。次に真理子さんを襲ったのは、「59歳で離婚して、本当に一人で暮らしていけるのか」という不安でした。
長年連れ添った夫婦が老後を前に別々の道を選ぶこと自体は、珍しいことではなくなっています。厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)」によると、同年の離婚件数18万5,895組のうち、同居期間20年以上の離婚は4万686組。全体のおよそ2割を占め、36年連れ添った真理子さんのようなケースも、決して特殊な例ではありません。
とはいえ、離婚すればその後の暮らしまで楽になるわけではありません。特に50代後半からの離婚では、その後の住まいと老後収入をどう確保するかが大きな問題になります。
真理子さんの場合、退職金を除く夫婦の預貯金は約1,000万円。そのうち約600万円は、真理子さんが働きながら自分名義の口座に残してきたお金です。自宅マンション(夫名義)の住宅ローンは完済済みで、築32年の自宅の査定額は約2,500万円でした。
一方、65歳まで働いても、真理子さん自身の年金は月10万円程度になる見込みです。離婚時には「年金分割」という制度があり、婚姻期間中の夫婦の厚生年金記録を、合意の上で一定の割合に分割することができます。真理子さんの場合、最大限の分割ができたと仮定すると、65歳以降の年金は概算で月13万円前後まで増える可能性がありました。
離婚をすれば、月3万円が増える。年間なら36万円、20年間受け取れば、単純計算で720万円になります。老後を考えれば、決して小さな金額ではありません。
年金分割なら「月3万円増」でも、真理子さんが「家」を選んだ理由
FPの立場から数字だけを見れば、年金分割を求めない選択は必ずしも合理的とはいえません。月3万円、20年で720万円という差は、老後資金として軽視できる額ではないからです。
それでも真理子さんが最優先したのは、自宅マンション(夫名義)でした。夫婦で財産について話し合った結果、真理子さんは査定額約2,500万円の自宅と、自分名義で貯めてきた約600万円を確保し、年金分割は求めないことにしました。夫の手元には、退職金約1,900万円と残りの預貯金約400万円が残りました。
ただし「家をもらえたから安心」とはいきません。管理費や固定資産税もかかり、65歳以降の年金が月10万円程度では余裕のある老後とは言えず、しばらくは働きながら資金を増やす必要があるでしょう。
そもそも真理子さんにとって、この家は単に「2,500万円の資産」ではありませんでした。現金化しても、同程度の住まいを新たに確保できるとは限りません。息子と約18年間暮らし、自分の収入も返済に充てながら守ってきた生活の拠点でもあります。
そしてもう一つ大きかったのが、「家計を自分で把握できる」ということでした。夫の預貯金がいくら残っているのか、個人年金の解約金はどこへ行ったのか、退職金がこれからどう使われるのか。もう、それを気にしながら暮らしたくなかったのです。
FPとして見ても、熟年離婚のお金は多くもらえた方が得という単純な話ではありません。真理子さんが手放したのは、年金分割によって将来増える可能性があった月3万円。彼女が優先したのは、金額の大小では測れない「自分で管理できる暮らし」でした。
熟年離婚を検討する際は、年金分割だけでなく、退職金や預貯金、住まいまでを含めた離婚後の暮らしを数字で確かめておくことが大切です。その数字が見えて初めて、自分にとって「手放せるもの」と「手放せないもの」が見えてくるのかもしれません。
三原 由紀
プレ定年専門FP®

